『繁華街の真空空間』
福岡市の大繁華街である中洲の街も、コロナ禍の影響は大きくて、この冬はビルの間を吹き抜けるビル風を妨げてくれていた人の数もすっかり少なくなっていて、いつもにも増して寒さを感じるそんな週末。些細なことで上司と職場で口論となり、頭では謝った方が良いって分かっているのに、口から出てくるのは売り言葉と買い言葉。すっかり落ち込んでしまったトモ。そんな時はここに来る。いつものようにカウンターの奥から二つ目の席に座り、スコッチの氷が融けていくのをぼんやりと見つめ、隣の席に鞄を置いて、時々人を待っているかのように腕時計を眺めながら溜息を吐くのは、下心見えみえで声を掛けてくる若い男が煩わしいから。気に入った音楽はマスターが知っている。トモがそこに座ったら無愛想な彼がうつむいたまま、黙ってスコッチと音楽で歓迎してくれる。それが心地よくって時々ここで過ごす。職場での理不尽な扱いや複雑な人間関係が面倒になったとき、女手ひとつで支えている二人の多感な子供達との生活に疲れたとき、そして何よりも一人になりたいと思ったとき、繁華街の真ん中にある誰からも侵されないこの真空空間は、寂しがり屋のトモにはとても心地が良いのだ。
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