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GEAIM:プロゲーマー、ゲーム公認プレーヤーとして活躍を続ける KeNNy 氏インタビュー

公開日:2011-02-22 11:26:43

世界的人気を誇るFPS『Counter-Strike』でプロゲーマーとして活躍後、オンラインFPS『Sudden Attack』や『Alliance of Valiant Arms』の公認プレーヤーとして活躍する KeNNyさんに現在までの活動についてインタビューをさせていただきました。

ーKeNNy さん本日はよろしくお願いいたします。まずは自己紹介を簡単にお願い出来ますか?

KeNNy: 皆さんこんにちは。14 歳から FPS をプレーし始めて 18 歳で 1 年間プロゲーマーをやりました。現在は 24 歳で『Alliance of Valiant Arms』の公認アドバイザーを務めております。

この度はわざわざこのような機会を与えてくださってありがとうございます。Yossy さんとは昔からイベントなどでお会いしたりと顔見知りでしたが、今回のような密会(笑)は、実は初めてなのでとても嬉しく思っております。

はじめてプレーした FPS タイトルは『Tribes』だとお聞きしています。どのようなきっかけでプレーされたのでしょうか?
KeNNy: そうですね。『Tribes』です。プレーしていたのは自分が 13 歳の頃で、親が買った PC を使っていました。当時は基本的にゲームよりも IRC で友達とチャットでコミュニケーションする事を楽しんでいました。

実はどのように『Tribes』を知ったかという肝心の所は覚えていないのです。プレーしていたのはデモ版だったのですが、おそらく雑誌か何かに出ていたのではないかと思いますね。それまでは一人称視点でマウスとキーボードを使ってプレーするゲームはやったことがなかったのでかなり斬新で、ずっとプレーしていましたね。

当時、STJ という日本人が集まる Tribes のクランがありまして、そこに加入させてもらいました。チームのメンバーは製品版をやっていたのですが、僕は学生で製品版を買う事が出来なかったのでデモ版をずっとやっていました。

ー『Tribes』をきっかけに FPS にはまるようになったわけですね。そこからプレーするようになったタイトルはなんでしょうか?

KeNNy: 他には『Quake3』をプレーしていたと思います。当時、渋谷に『ネッカ渋谷』というネットカフェがありまして、そこに一人で通って『Quake3』をプレーしていました。そこで、当時 DeadlyDrive という Quake3 日本トップチームのプレーヤーである松崎マーク(BRZRK)さん、廃人軍団の総帥である佐藤カフジ(KAF)さん、後に 国際的なeスポーツ大会『World Cyber Games』や『Cyberathlete Professional League』の日本予選を開催される犬飼博士さんや長崎潤さん達と知り合いました。

ある日、STJ のリーダーである TAKEZOU さんに『Counter-Strike』をめちゃくちゃ勧められまして、その次の日に秋葉原に行ってゲームの本体となる『Half-Life』を購入しました。当時の『Counter-Strike』のバージョンは 1.0 でした。ネッカ渋谷で知り合った佐藤カフジさんの廃人軍団と仲良くなり、ゲームで大騒ぎしながら遊ぶ事が出来て楽しかったですね。

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世界最高峰の人気を誇るFPS『Counter-Strike』

ーその後、大会などに出るようになったと思いますがいつが初めてでしょうか?

KeNNy: 一番はじめは、『ネッカ渋谷』にて開催された『Counter-Strike』のネットカフェ大会でしたね。おそらく『Necca CS Tournament2』だと思います。あまり詳細は記憶にないですが、かなり緊張していたことだけは覚えていますね。10代でしたし、周りはほとんど知らないプレーヤーばかりでしたから。

その後、いろいろな大会に出るようになりました。『Counter-Strike』をプレーするようになってからは Public のサーバーで当時 *AIR* というチームのリーダー meji-f 氏から勧誘を受けてチームに所属するようになり、『JAPAN CS CLAN TOURNAMENT2』に出場しました。予選を勝ち抜き決勝トーナメントで進みましたが、残念ながらベスト 8 で敗退してしまいました。後に開催された『JCCT3』は記憶にないのでおそらく出場していないですね。

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当時のゲームネームは Real

2002 年に開催された『JCCT4』には [GH] というチームで出場し準優勝しました。決勝戦の対戦相手は、世界大会に照準を合わせて活動していた DeadlyDrive でした。その後、廃人軍団で活動するようになり、DeadlyDrive を倒そうとプレーしていましたが勝てませんでしたね。

2002 年に仲の良いENZA 選手が DeadlyDrive に加入したのですが、彼に声をかけられて 僕もDeadlyDrive に参加することになり、世界を目指してプレーするようになりました。その時にチームでは『World Cyber Games 2002』日本予選に出場しようという話が出ていました。

世界を目指して活動している DeadlyDrive での活動ではどうでしたか?
KeNNy: 世界大会に出る事を目標に活動するというのは非常に不安でしたが、思いきってトライしてみることにしました。チームはとにかく厳しかったですね。チームリーダーの KRV さんには、何をしても怒られました。僕は練習が嫌いだったので、デモを見たり BOT 撃ちをしたりということはほとんどせずパブリックサーバーでプレーしている方が好きでした。でも、いろいろと指導していただいたため、かなり鍛えられましたよ。

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ADeadlyDrive は殿堂入りするほどの活躍を魅せた

一緒にプレーしているメンバーのおかげでがんばることが出来ましたね。当時は、若くいろいろと思うところがあったのですが、僕を誘ってくれた ENZA 選手が相談に乗ってくれて救われている部分が大きかったですね。プロゲーマーとして活動していた 4dimensioN 時代は、 XrayN 選手や paranoiac 選手が助けてくれました。

ちなみに、4dimensioN に加入したのは XrayN 選手に声をかけてもらったのがきっかけでした。4dimensioN は XrayN 選手、paranoiac 選手、マネージャーの kei さんが創設したチームです。チームはまさに当時のオールスターといえるメンバーで構成されていました。活躍が認められて 2005 年には株式会社 才民がスポンサーとなりプロとして活動を開始することになりました

ーCounter-Strike でプロとしての活動を終了してから、『Sudden Attack』の公認インストラクターとなりました。これはどのような経緯だったのでしょうか?

KeNNy: 4dimensioN の活動が停止となり、次の活動タイトルとして注目していたのが『Counter-Strike』に一番似ていた『Sudden Attack』で、個人的にプレーしていました。

しばらくしたところ、eスポーツイベントを運営する『Goodplayer.jp』の長崎さんから連絡がありまして、長崎さんの紹介で当時『Sudden Attack』を運営していたゲームハイ社の方とお会いし、「今後、Sudden Attackの公認インストラクターとして活動して欲しい」という提案をいただきました。僕は興味を持ったので、その提案を即 OK しました。以降は公認インストラクターとしてイベントに出演したりすることになりました。

ゲームハイ社で『Sudden Attack』を担当されていた岩間さんは、僕がアルバイトをしていたネットカフェ「トッププレーヤー」で店長をされていた方で、いろいろとお世話になりました。

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オンラインFPS『Sudden Attack』

ープロゲーマーとして活躍された後は『Sudden Attack』の公認インストラクターとなり、昨年からは『Alliance of Valiant Arms』の公認アドバイザーに就任されました。公認アドバイザーとしてどのような事をされているのでしょうか?

KeNNy: 基本的にはアドバイザーということで、『Alliance of Valiant Arms』をプレーされている方にアドバイスをする一方、イベントに出演するなどの広報活動をしています。その他には、いままで経験してきたノウハウをゲームに反映したり、プレーヤーの方々に伝えるということですね。

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2010年10月に開催された『Alliance of Valiant Arms Autumn Festival』にて電撃発表

プレーヤーと運営の間に入り、橋渡し的な役割を担当しています。システム的な面でも、新しく導入される新武器を試して、バランスが悪かったらこういう風にしたのでは良いのではないかとプロデューサに提案して改善してもらったりという事もしています。

FPS 以外にもプレーしているゲームはありますか?

KeNNy: いろいろとプレーしますが、初期のビートマニアから音ゲーをプレーしています。2005 年には『O2Jam World Championship』の日本代表になりました。個人的には、音ゲーのトッププレーヤー達が FPS をやったら強くなるのではないかと思っています。

音ゲープレーヤーの反射神経はものすごいので、FPS の射撃において有利なんじゃないかと。僕も実際効果があったのかはわかりませんけど、音ゲーをプレーしていた影響は多少あるのではないでしょうか。

ーゲームで使用するマウスやキーボードなどのデバイスに対するこだわりはありますか?

KeNNy: 僕は感覚が変わるのがイヤなのであまりデバイスを変更したりはしない方ですね。しかし、日本のゲーミングデバイスメーカー『ARTISAN』のゲーミングマウスパッド『ARTISAN Kai.g3 飛燕』を使わせていただくようになったのですが、これは本当に素晴らしくて気に入り使用しています。

また、アメリカを拠点とするメーカー『ZOWIE GEAR』のキーボードが開発されている段階からCEO の Vincent さんから「今度新しいゲーミングキーボードを作るから使ってみて欲しい」という連絡をいただいて、現在は製品版になった『ZOWIE Celeritas』を使用しています。

これまでは東プレ社の『Realforce』をずっと使っていましたが、個人的にゲームでの性能は『ZOWIE Celeritas』の方が優れていると感じています。このまま『ZOWIE Celeritas』を使い続けようと思っていますね。

ー『Alliance of Valiant Arms』でもプレーヤーとして公式大会に参加出来るよう練習していきたいと書かれていました。KeNNyさんは『Counter-Strike』『Sudden Attack』で日本トップとなった実績があります。新たなタイトルに取り組む時には、どのような点をポイントに練習されているのでしょうか?

KeNNy: 新しいゲームに取り組む時には、そのゲームの仕様や移動の細かい点に注目してプレーしていますね。こうすると素早く動けるとか、武器を有効に使うにはどうしたらいいのかとか、どのようにしたらアドバンテージを得ることが出来るかということを考えながらプレーしています。

基本的には負けず嫌いなので、「絶対に負けないぞ」と言う意識をもって取り組んでいます。僕がプレーしているのはチームベースのゲームなので、僕個人がどうというよりも、メンバーのおかげで上手くなれている、勝てているという部分もありますね。

ーKeNNy さんはゲームを真剣にプレーした結果、現在ゲームに関わる活動をされていると思います。プロゲーマーに憧れている人は少なくないと思います。プロゲーマーになるのに必要な事とはなんでしょうか?また、自身の活動を通じてこういうことをするべきというようなことはあるでしょうか?

KeNNy: そもそもプロゲーマーという定義が形としてないので、一概にプロゲーマーと表現するのは難しいと思います。世界大会で活躍する中、スポンサーがついてデバイスを提供してもらったり、デバイス企業と提携してオリジナルデバイスをつくったりなど、これらは全てプロゲーマーに位置づけされると思います。

ゲームが上手いことが前提ですが、何かしらの形で社会に貢献していれば、それはもうプロゲーマーと呼べるのではないでしょうか。上記を参考に、まずは自分がどのように活動していきたいのか明確なビジョンを設定する必要があると思いますね。

大規模な大会で実績を残してメディアなどに露出することが一番の近道ではないでしょうか。

ー最後にファンや読者の方にコメントをお願いします。

KeNNy: 現在は『Sudden Attack』と『Alliance of Valiant Arms』を両立しておりますが、今後は『Alliance of Valiant Arms』をメインに活動していきます。

僕が公認アドバイザーを務めている『Alliance of Valiant Arms』では、今年の公式大会スケジュールを発表し、選手がプレイしやすい環境づくりを目指しております。是非とも一度プレーしていいただけたらと思います。

また、今年は昨年以上に各地のネットカフェイベントなどにも参加を予定しており、皆さんの期待に応えられるよう精一杯がんばっていきますので何卒応援のほどよろしくお願いいたします。

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どのゲームでもトップに上り詰める KeNNy 氏の考え方等を知ることが出来、非常に楽しくお話を聞けました。レビューや今後の活動なども期待したいと思います。

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