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料理

ちょうど一年前の今頃。
ヨシオと家庭内別居中で、離婚したがっているヨシオと離婚したくない私で、完全に上下がついた関係。
娘のお食い初め(別居になる前から予約していたので決行、現地集合現地解散)の翌日くらいに、LINEでヨシオからある「条件」が送られてきた。

お約束
●よっしー担当
1.掃除ちゃんとする
→カビ、ホコリ、豆太をもっと気にする
2.洗濯
→臭いとアイロンをきちんとやる
3.食事
 →料理ちゃんと覚えて欲しい
4.豆太と(娘)を共通で愛する
5.親を頼る
 →預けていいと思う。
気づかないとか知らない。
できないとか知らない。
“完璧”にやって欲しい。

名前以外は原文まま


(この抜粋加工するのに5分くらいかかった。)

で、この「お約束」が守れているか3ヶ月試行期間が設けられて、2024年1月10日まで毎日守られ続けていればそのまま婚姻関係続行(じゃあ1/11に破られてても離婚しないの?と突っ込んだが、当時の彼は今以上に狂っていたのでそういうのは通用せず)、このお約束を守れていないとヨシオが判断した場合には、私がいくら離婚したくないと懇願しても即離婚。どんなサバイバルゲーム??まるで正社員登用の試用期間。
期間中このお約束が守れてないとヨシオが感じでも、それは指摘してくれないらしい。ただの虐めじゃん。意味不明である。


このお約束を振り返るのも、今ようやくできた。
以前noteで回顧録を書いてたときに頑張ってLINEで検索かけてなんとか読み返そうとしたけどくるしくなってきて途中でギブアップ。

お約束やば…だが、お約束については今回の記事の主旨ではないので一旦置いといて、「3.料理をちゃんと覚えてほしい」に関して、彼は料理教室に通ってほしいと言ってきた。
私の料理は確かに美味しくない。
けれど原因は明確で、一度も作ったことない料理のくせに、計量せずに目分量でやるからだ。料理教室は結構費用がかかるので、ヨシオにこれに関しては抗議した。改善点はわかっているので教室は勘弁してくれと。

しかしヨシオもヨシオで頑なに通えと言ってきて、じゃあ一回でも行けば黙るだろうと、回数券ではなく近所の単発の料理教室に行くことにした。

結果、この料理教室は私の料理という概念を変えてくれて、今から考えるとむしろ出会えなかったと思うと恐ろしいくらいなので、私はヨシオに感謝することとなる。
基礎の基礎から教えてくれる教室で、包丁の持ち方や台所での立ち方、液体の計量は表面張力があるので溢れそうなギリギリを攻めるなど、普通に「へぇ〜〜」と勉強になって楽しかった。
このお教室なら継続して通いたいと思い、その日は4回目のレッスンだったが、ヨシオは子守りをするスケジュールを忘れていて(お料理教室の間はさすがに家で見てくれた。それでも親に預ければいいじゃんとか言ってきたけど)、泣く泣く全額負担で当日キャンセルして、それ以降行かなくなってしまった。
ちなみにお料理教室で習ったご飯を家で披露したけれど、ヨシオは「まあ食べられなくはない」という反応。


月日は経ち、ぬるっと仲直りして今。
ヨシオは依然として家でご飯を食べなかった。
別居前から飲み会などで家で食べるのは年に5回ほどで、生活リズムも食の好みも合わないし、作っても不味いと言われるから(塩分が濃いやら肉がぱさついてるという指摘ならまだいいのに)、彼に料理を作るのはストレスだった。
彼は「俺が好きそうなレシピを考えるのもあなたの仕事」というので、難しい彼の好みを考えながら頑張ってレシピを検索して、その日食べると分かったらスーパーに材料を買いに行って(彼が家で食べるのはランダムなのに冷凍食材は嫌だと言う)、今回はいけるかな?と思って作っても、私が料理が苦手であることを知っているのに労いの言葉ひとつもなく、一口食べて「美味しくない」と顔を歪ませながらはっきりと言う。作れば作るほど心が削られていった。

彼が家ご飯を食べないことで、私は苦手なことをせずに済むし、食費も浮くし、ママ友が「今日の献立何にしよう…」「今日は夜旦那帰ってくるから早く帰らなきゃー」とか言っているの聞いて、日々の手間なくてラッキーと思っていた。

けれど、心のどこかで、果たして一生のこのままでいいのか?とも思っていた。
彼の外食費だって勿体無いし、何より本当は娘と3人で食事をしたい。
わざわざ食事をするだけのために身支度をし外に行き、特段食べたくもない外のご飯を食べる。
もちろん彼が自分で作ればいいじゃん!なのだが、罪悪感はあった。

でももう怖くて作れない。
ヨシオの料理はトラウマになっていて、いくら私が今回は美味しいだろうと自信作を出しても思わしくない反応をされて、また裏切られたかとなる。(「不味い」という感情は個人のものだし、彼に作ってるのだからそういう意見は素直に受け止めて次回改善したい所存だが、にしてももっと優しく言ってほしかった)
あんなに張り切って準備して今回こそ喜んでくれるかもしれないと少しでも期待した自分があほらしくなる。
それでも次こそは次こそはと馬鹿みたいに信じることをやめられず、毎回ビクビク泣きそうになりながら料理をしていた。


先日、つけ麺レシピの唐揚げを作ったらとても上手くできた。
その数日後、つけ麺レシピのガパオを作った。するととてつもなく美味しくできた。あれは天才だった。私でも美味しい料理ができるなんて。
一緒に食べた母と妹も美味しいと言ってくれた。
自分でもびっくりするほど美味しかった。
実は先述のお料理教室以外にも、過去にタイ料理教室にも通ったことがあった。これは友人母がやっていて、参加メンバーも友人たちだったから、ほぼ作った料理を食べるため&おしゃべりのために行っていたが、レシピはちゃんともらって、何度か家で再現した。

そのタイ料理教室のガパオよりも、つけ麺レシピは美味しかった。
このガパオが自分の中でかなりの成功体験になって、しかもその日つけ麺さんが送ってくれた晩御飯が鶏丼で、鶏丼はヨシオの好物だ!と、つけ麺さんに鶏丼もレシピを教えてもらった。

ヨシオに日曜昼は家にいることを確認し、「昼食提供あり」とLINEでいう。
「内容は?内緒?なんで急に?」と聞かれたけど、「内緒。レシピ入手」とだけ答えた。


そして今日。
午前中買い出しに行き、お昼過ぎに彼が一度目を覚ましたので恐らく1時間後には起きるだろうと、ぼちぼち調理スタート。
鶏肉は皮がポイントなのに、はじめに一口サイズに切る時に鶏の皮がどっかいってしまって挫けそうになるが、なるべくレシピ通り忠実に進める。(小さじ1/3もがんばった)

鶏肉の皮目から焼く。
唐揚げで、下手に混ぜたりやたらとひっくり返したりいじるのは禁物と学んだので、今回も一度フライパンに置いてそのままじっとする。
だんだんと回りが茶色くなってきたのを確認し、ひっくり返してみる。

…あんまり焦げ目がついていない。
料理は見た目も大事と料理教室で習った。
このままではまずい。白っぽい鶏。全然美味しくなさそう。
せっかくヨシオの予定まで抑えて「昼食提供する」と堂々の宣戦布告、それでこの見た目パサパサ肉なんて許されない。
いよいよ私は本当に一生ヨシオにご飯を作らなくなるかもしれない。

しかしもう家にある鶏胸肉は使い切ってしまったので一旦工程を進める。
最後、お醤油と他の調味料を混ぜた液をかけて、強火で仕上げる。
するとどうだろう、どんどんレシピの表現通り「照り照り」に、そして黒くなっていくではないか。
そうだ、お醤油は焦げやすいんだ。確かお醤油とみりんは焦げやすい。
いま目の前のフライパンの中にいる鶏たちが、つけ麺さんが送ってくれた完成写真にどんどん近づいてくるのが嬉しくて、そのままじゃんじゃか火にかける。
そしたらあっという間に焦げになってしまい、急いでフライパンからあげる。

最後半熟ゆで卵を割って盛り付けるのだが、少し緩くて黄身が流れ出てしまった。
せっかくここまでいい感じできたのに!!!
黄身がぐちゃぐちゃで「なんか見た目汚い」と言われるのが想像ついて泣きそうになった。
なんとか卵を並べ、白身の縁とお皿に付着した黄身をティッシュで拭う。
うん、見た目は結構いい。

ヨシオを起こしていざ実食。
この緊張感はまるでジョブチューンのあれだ。
一口目、二口目と鶏と白米を口に入れ、無言で咀嚼を続ける。
これは、いい感じかもしれない。
美味しくないときは、ひとくちで食べることをやめて「うーん」というのだ。
今回、10秒くらい沈黙が続いたのちに、彼は頷き、親指を立ててグーと意思表示。
「そこそこ美味しい。これなら食べられる」
よかった。初めて報われた。

すぐにつけ麺さんとたねちゃんに、ヨシオの食べてる動画と共に報告した。
「あのヨシオが!食べてくれた!」
そして他にもつけ麺さんにいろいろレシピを教えてもらった。
今世紀最大の料理のビッグウェーブに乗っている私は、その夜実家に帰って、次はつけ麺豆乳坦々うどんを作った。
母が「家の味じゃない。お店で食べられる味だ」と言った。


鶏丼完食の後、ヨシオが「次回のチャレンジはいつ?」と聞いてきた。
次は、つけ麺チャーハン作ってみようかな。
つけ麺さんは命の恩人だ。