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やっぱりおっぱい 〜がんサバイバーの奮闘記〜 第1話


「しこりが左胸に2つ、右側に1つあります。すぐに東京に戻って、精密検査を受けてください」先生から検査結果を聞いた時に、頭が真っ白になった。

2019年9月の連休。私は実家の青森に帰省していた。
今回は仕事もあったので、平日から帰り、帰る日も台風が直撃するかもしれないので、1日延ばすことにした。
そして、いつも通り、中学や高校の時の友達と会い、楽しく過ごしていた。

母親と乳がんの話が出て、「どうせ東京に戻ってもすぐに検査しないのだったら、こっちで受けて行きなさい」と母親が通っている病院に連絡したところ、東京に戻る日の朝一番なら大丈夫とのことで、予約を入れた。
田舎だとこんなに早く検査ができるだと、私は軽い気持ちでいた。

9月24日の火曜日。クリニックを受診した。
初めて受けるマンモグラフィー。友達からはかなり痛いと聞いていたが、私が想像していたほど痛くはなかった。超音波検査では、ジェルの冷たさとヌルヌル感におしぼりで拭いてもちょっと気持ち悪かった。
触診はかなり綿密に触られたが、1cmほどのしこりはよくわからなかった。

それでも、真剣な先生の眼差に、もしかして・・・という気持ちでざわざわし始めた。
良性の可能性もある。だけど、悪性だったらどうしよう。
私は自宅に帰る足取りが重かった。

案の定、母は動揺した。
うちは亡くなった祖母も母も乳がんを患っている。

最優先事項として、東京のどこで検査を受けるのかを考えていたら、医者は自分の専門分野ではなくとも、良い先生を知っているのかと思い、すぐに医者の知人に連絡をした。
「今の状態だと、大きな病院ではなく、クリニックでいいのでは?」と一つの乳腺外科クリニックを紹介してくれた。

早速、予約の電話をしたところ、早くて10月21日と言われた。1ヶ月先かと思った瞬間、私はどうやってこの1ヶ月を過ごそうかと考えた。

正直、よくわかならかった。ただ、期待よりも不安の方が強かったのは間違いない。
一人になりたいと思い、海を見に行った。徒歩5分。小さい頃は魚釣りをしたりしたなぁと思いつつ、綺麗に整備された海辺の公園をただただひたすら歩いた。

父が駅まで車で送ってくれた。玄関先で母親は泣いていた。
「そんな風に育ててごめんね」と。

いや私が悪い。もっと早く検査を受けていれば回避できた可能性は高いのだ。
遺伝も関係ない。私の怠惰な生活習慣のせいなのだと。

東京に戻って2日目。私は友達と東京ドームで行われる三代目J.S.Bのライブに行った。
チケットを取った時は楽しみでいっぱいだったのが、まさかこんなに憂鬱な状態でライブに行くとは思いもしなかった。

せっかく高校時代の友達が青森からこのために来るので、精一杯のおもてなしをしようと、ランチやディナーのお店を探していたりしていた。
でも、全く食欲がわかず、
「あまり食べてないけど大丈夫」と友達から言われる。

ライブ前。今の時点でしこりがある話はできない。まだ乳がんだとわかったわけでもない。楽しみにしている友達に不安感を与えても仕方がない。
私は笑って、「そんなことないよ」って答えた。

東京ドームのアリーナ席に座って、ライブが始まるのを待っていた。
私のためにわざわざグッズを用意してくれた友達。
自分の今置かれている状況。
私の心はぐちゃぐちゃだった。

ライブが始まった瞬間に涙が出てきた。気持ちが高ぶっていた。始めからこんな状態でどうする?と必死で涙をこらえた。
圧倒的なパフォーマンスと歌。作り込まれた世界観にすっかり虜にされてしまった。

その中でも、「東京」という曲で私の涙腺が崩壊した。恋愛ソングだが自分の東京生活とリンクしていた。ハンカチを取り出し、汗を拭くように誤魔化しながら、友達に気づかれないように泣いた。

#乳がん #がんサバイバー   #しこり #マンモグラフィ #日記   #エッセイ

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