不登校の子どもたちを追跡調査して、データに基づいて日本の教育を見直すべきではないか
日本の大人は、みんな学校教育を受けてきました。そのため、「学校に通わなければ、動画やゲーム、マンガ、図書館などがあふれる情報化社会の中で、本当に生きていくための基礎学力が身につくのか?」という疑問を経験的に理解することは難しいのです。
その結果、多くの親や教育者は、効率が悪そうに見えるアナログな学校環境や、1人の先生が大勢の生徒を管理するという形態が、唯一の方法だと考えがちです。学校のような場所で勉強をしないと、基礎学力が身につかず、将来困るのではないかという不安から、なかなかその思いを手放せません。
また、学校や先生が不要だと言われると、困る大人たちも多くいます。
しかし、現状の日本の教育制度が行き詰まっているのは明らかです。このままでは、高齢者とその影響を受けた若者たちが、日本社会をゆっくりと低空飛行させてしまうかもしれません。もしそれで良いと考えるなら問題はありませんが、改善が必要だと思うなら、今こそ変革が求められています。
最近、不登校が急増しています。個々の事情は異なるかもしれませんが、学校そのものが急激に変わったわけではありません。この急増は、コロナをきっかけに情報化が進んだことや、「むしろ学校に行かない方が良いのでは?」と考える子どもたちやその家庭の選択によるものではないでしょうか。(学校側は「無気力」とすることが多いですが、実は子どもたちには十分な気力があり、だからこそ学校に行きたくないのかもしれません。)
今こそ、不登校の子どもたちがどのような道を歩んでいくのかを知る絶好の機会です。従来の教育システムにとって「積極的不登校」は都合の悪い話かもしれませんが、日本全体として、そして日本の教育を本気で見直すのであれば、国が資金を投じてでも彼らのその後を追跡し、データを収集すべきです。そうすることで、理念や理想論ではなく、現実に基づいた教育改革の土台が築かれるのではないでしょうか。
これは、「ゲームで学び遊ぶシン・スクール」を経験した高校生たちとの対話から考えたことです。