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F20-6 17歳の冒険⑥ ~上陸は嵐とともに~
7月30日 (10日目)
青函トンネルを走破するという夢を失った私ではあったが、米がなければパンを食べればいいように、パンがなければおかしを食べればいいように、自転車貴族はフェリー乗り場へと向かうことにした。
その前に、青森駅の近くのコインシャワーでみそぎをする。
いよいよ約束の地へ足を踏み入れる。その前に身を清めようというほどの事でもないのだが、昨日は風呂に入っていないので。
しかし、この英断がなければ私はまる2日以上も汗のベールをまとい続けなくてはならないところだった。
青森港のフェリー埠頭に着いたのが13時15分。
出港の手続きを済ませ(料金は2100円と書いてある)、時間があったので館内でラーメンを食べて、長旅に備えて少年ジャンプを購入。
14時20分。フェリー初心者の私を乗せた大きな船が、まるでものぐさな動物が動き出すみたいにゆっくりと港を離れていった。
17歳にして初めて本州を出た私は、しばらく甲板で海を眺めていた。
正確に言うと、海を眺める女の子達の風になびく髪を見ていた。
不吉な予兆を感じさせる雲に気付かなかったのはそのせいだ。
船内には広い雑魚寝スペースがあって、それぞれのグループがそれぞれの縄張りでのんびりと過ごしていた。
少年ジャンプを三回読み直していたらさすがに気持ち悪くなってきたので昼寝をする。
はーるばる来たぜ、はーこだてー♪
と歌ったかどうかは覚えていないが、船は海賊船に襲われることもなく、3時間40分の航海を終えて北海道は函館に着いた。
未開の地を開拓する冒険者のように揚々と船を出ると、私を出迎えたのは25メートルプールをひっくり返したような土砂降りだった。
どうやら、台風と共に上陸してしまったようだ。
動くわけにもいかず、待合室に閉じ込められる形となった。
しかし、野宿をしている時でなくてよかった。屋根も壁もあり、売店まである。
東北地方の地図までしか持っていなかったので、北海道の観光雑誌と食料を買う。
どうやら、今夜はここで眠ることになりそうだ。
行き場を失い、取り残された数人の中に1人女性がいた。
まさに私の後ろの列の席に座っていたのだが、イスを4つ占拠して横になり、被っていたキャップを目深に下ろすとそのまますぐに眠ってしまった。
見たところ1人旅のようだ。
なんというか、肝が据わっている。
軽い気持ちで手を差しだしたら、がぶりと肉を噛みちぎる山猫のような寝姿に私は恐怖と憧れを感じた。
「朝になったら話しかけてみようか……」
そうは思ったのだけれど、私が目を覚ました時には山猫の姿はもうなく、2度会うことはなかった。
こうして私の北海道1日目は、荒れ狂う波の音に怯えながら、どうか魔物が僕に気付きませんようにと死んだ振りをする夜なのであった。
7月31日 (11日目)
フェリー乗り場の売店のソフトクリームがとてつもなく美味しかった。
北海道にきて、まずこの味に会えたことが嬉しい。
雨止みを待って、私は出発した。
今日は函館を観光しようではないかということで、礼儀正しく五稜郭から訪ねてみる。
上から見てみないことには、歩く分にはただの公園である。
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しかし、展望台は有料な上に順番待ちの列が出来ていたので、私はとりあえず五稜郭の空気だけ吸って次に向かった。
なぜかダイエーに行っている。
北海道に来てまで行くところなのかと思うが、ちょっとホッとしたかったのかもしれない。本日2本目のソフトクリームを食べて、このあと腹を壊す。
展望台を目指して、私は脂汗を垂らしながら函館山を登っていた。お腹は下っていた。
登頂と同時にトイレに駆け込む。
事なきを得た後の景観は素晴らしかった。
夜景もまた良いのだろうな、と思った。また夜に来ようかとも思ったのだが、夕飯をとって銭湯から出ると、また山を登ろうかという氣にはならなかった。
その一番の理由は、多分繁華街のネオンだったのだろうと思う。
手記によると、私はいい感じの公園を見つけたあとで、函館の街中を徘徊している。荷物はどうしたのだろうか?おそらく公園に置きっぱなしなのだろう。海外では考えられないくらいの油断っぷりである。
夜の7時には商店街がゴーストタウン化する田舎町に育った私は、夜の繁華街というものを初めて歩いた。
飲み屋さんが軒を並べ、雑居ビルの看板はこうこうと輝き、何より火事場のような人の数。
大人の遊び場。
北海道を避暑地などと考えてはいけないと私は当時思った。北海道は熱い。
明らかに酔っ払ったお姉さんが、おぼつかない足取りで私に近寄ってきた。
「かわいー」と彼女が言った。
固まる童貞少年。
(こ、これは……)
千載一遇のチャンスなのではないだろうか。
意を決して、
「お、お姉さん!僕とアバンチュールはどーですか?」
ああ……。
そんな勇気があったらな、と思う。
素敵なドラマが生まれたかもしれない。
少なくとも、例によって寝袋の中で1人悶々とした夜をすごさなくてよかったのではないだろうか。
つづく
~おまけ~
理生さんが、Blue handさんの笑い袋を作ってくれました。
4つ購入して、部屋の四隅に置いて笑いの結界を張るといいと思う。
さらに、保存用と布教用にもぜひ。
スタエフのラジオ「ブルマの秘めごと」もアップしました。
ちと長くなってしまいましたが、よろしければどうぞ。