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F20-8 17歳の冒険⑧〜少女は現れない〜

8月4日 (15日目)

例によって公園で目を覚ました私は、まず札幌駅に向かった。
それから北海道大学に行って、クラーク博士の銅像の前で大志を抱いてみる。33年前の私は文句のつけようもなく少年だからだ。
男女平等が旗印となっている昨今では、「ガールズ&ボーイズ」に書き換えられている可能性もある。Be ambitious!
そして私は荷物をコインロッカーに突っ込み、自転車を駅の近くに停め、いよいよ時計台への道を歩み出したのである。
何しろ、まともに青函トンネルの事も知らなかったような男だ。札幌の時計台といえば大草原にポツンと立っているものだと思っていた。
汽車を降りた少女の白い帽子が風に乗って飛んでいってしまい、黄色い小さな花たちに被さった所を私が拾い上げるのだ。
草原、白いワンピースの少女、風に飛ばされる夏帽子(リボン付き)、黄色い花。
これらは私の中で時計台に付随する一連の風景だった。

しかし……

立ち並ぶビルの隙間でばつがわるそうに立っている時計台を見つけた時には、私はある意味でカルチャーショックを受けた。時を刻むはずの時計を前にして、時が止まったように感じたのは正直なところである。
そこは草原ではなかったし、ワンピースの少女もいなかったし、花も咲いていなかった。

そして……

ちっちゃ。


うっかり口にしてしまったかもしれない。
もちろん、彼は悪くない。
時計「塔」ではなく時計「台」なのだ。
長身である必要はない。
問題なのは景観である。
半径1キロは建築物禁止にすべきだっただろうと無責任に思う。
あるいは、バベルの塔のごとく天空を目指していたならば、今でも誇り高きシンボルとして私を見下ろしていたかもしれない。そして、こう言っただろう。
Be ambitious!
自らの時を止めた時計台は、ただポツンと黙ってそこに立っているだけだった。


いくぶんセンチメンタルな私をよそに、札幌はお祭り騒ぎであった。
この日は札幌マラソンだったのだ。
2位以下を引き離した先頭ランナーの姿を間近で見ることができた。
街道の声援を受けながら、おそらく大志を抱いていただろう彼は、その思いを完遂しようとしていた。その勇姿を見送ったあとで、私は大通り公園のとうもろこしを食べた。
日曜日ということもあって、祭りは大賑わいだった。
1人もくもくと走ってきた私は、なにやらその雰囲気が心地よく、何をするわけでもないのだけど、暗くなるまで札幌市民みたいな顔をして同化していた。

七時半になったので、ラーメンを食べに行く。
ベタと言われようが、札幌に来たら札幌ラーメンだろう。それ以外の選択肢はない。
わりに大きな店だったが客は大入りで、熱気なのか湯気なのか、ひどく視界が霞んでいたような印象がある。
旅で不足しがちな野菜もたっぷり取れた

ぎゅうぎゅうなカウンター席で、おいしくいただいた。
他のラーメンと何が違うのかというのは正直よく分からなかったのだけど、札幌で食べたのだからきっと札幌ラーメンだったのだろうと思う。

銭湯でさっぱりした後で、あてもなくブラブラしていたら公園をみつけたので今夜の宿にする。
小さな公園だったのでトイレがなく、近くの居酒屋の外便所を拝借。
自販機でバドワイザーを買って札幌の夜に乾杯する。
「本当に札幌まで来てしまった……」
17歳の私にとって、そこは世界の果てみたいだった。
しかし、同時に私はこうも思っていた。
「もっと遠くに行ってみたい」
北海道を地図を改めて見てみると、その全土に対して、函館札幌間はフライドチキンで言うところの「持ち手」の部分である。
北海道の本当の広大さを私はまだ知らないし、出来ることなら全土を一周したいところである。
しかしながら、ここらが潮時であろうと私は思った。
時間は無限ではない。
というのも、

18日には武道館でリンドバーグのコンサートなのである。
(ファンだった)


公園に中学生くらいの男達がやってきて花火を始めた。
しゅるしゅるという音と火薬の匂いを嗅ぎながら、終着地と定めた場所で眠りについた。

       つづく


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
今夜の夜のお供にいかがでしょうか。


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