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F23 ヨッシャマンVSマッチングアプリ
1年前の事である。
covidという名の小人のウィルスに感染した私は、「万能薬」と言われる塩水を頼りになんとか生還を果たした。
7キロ体重が減ってふらふらの私に、
「話がある」とトドメを刺すみたいに恋人からメールが来た。うすうす感じていた予感は現実のものになるのだと私は覚悟を決めた。
そうしてまんまと振られたわけなのだけれど、
「これからは友達として仲良くしようね」などというオタメゴカシに納得できるわけもなく、私はその2日後に再起を図る。
2日前までは恋人だったはずの女性を呼び出して説得を試みたのだ。
「どんなカップルにも倦怠期というものはある」と私は言った。「まだたった1回じゃないか。ワンアウトだよ」
やり直させてほしいと私は頼んだ。
「チャンスがほしい。もちろん、もう相手がいるというならあきらめるしかないけれど……」
「……………」
「え…………?」
「……………」
「………いるの?」
ワンアウトではなく三振だった。
こうして私はご丁寧に2回も振られたわけで、このままでは再起不能になりそうであった。(下ネタではない)
失恋後の女は落としやすいなどとまことしやかに囁かれるが、間違いないと私は思った。
今優しくされたら、私はどんな悪女であっても婚姻届に判を押してしまいそうだった。
恋の病すら治せないお医者様や草津の湯に頼っても仕方なく、失恋に効く薬は1つしかないと私は思った。
そう。新しい恋である。
マッチングアプリに手を出した。
まったくご存じのない方のために少しだけ注意換起しておくと、見目麗しい女性の方からメッセージをいただいた場合、初心者は舞い上がってお返事をしてしまうが、すぐにお金の話になる。
そして、おそらく現れるのは性別が一緒というだけの写真とは別人である。
そもそもアプリの数が多すぎる。
私は得意の探偵調査で、若い人が少なく、真剣にお相手を探している有料の婚活アプリを見つけ出して登録した。
これが、非常に難しい。
いいなと思ってメッセージを送るも、ブラックホールに飲み込まれるみたいに消えていく。ポイントと共に。
やみくもにやってもダメなのだと分かったので、「いいね」を返してくれた人にだけメッセージをするようにしたら、少しはお返事が来るようになった。
しかし、なかなかそれも続かない。
何しろ女性には掃いて捨てるほどのメッセージが届くらしい。私のくだらないメールに付き合ってくれる奇特な人は少ない。
1人だけ、ものすごいプッシュをしてくれた女性がいた。「好みです」「りりしいお顔!」「お料理作ります」「一緒に飲みませんか?」
すごい勢いでメッセージが届けられる。
ひび割れた乾いた大地のような私の心は、癒され、ふらふらと吸い寄せられていった。もう少しで彼女の差し出した手を握り返すところだったのだが、送られてきたお写真を見て私の中のニコ・ロビンが言った。
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サバをよむにもほどがあるだろう。
この一件以来、私は多少は雰囲気の分かる写真をあげている人にだけメッセージをするようになった。
1ヶ月ほど奮闘しただろうか。
ようやくメッセージのやり取りが続く女性が現れて、なんと「会いませんか?」と誘っていただけたのである。
正直、メッセージのやり取りの段階で結構変わった人だなぁと思っていて、あまり期待をしてはいなかった。
ところが、ランチをご一緒することになり、当日現れた女性を見て私は驚いた。
浜辺美波じゃん!
いや、もちろん本物ではないのだけれど、それくらい素敵な人だったのだ。
こんな幸運があるものかと思った。
なんなら振られてラッキーだったのでは!?と思うほどである。
しかし、普通に考えればこんなに素敵な人なら周りが放っておくはずがない。普通なら。
そう。
彼女は、
致命的に話を聞かない人だった。
初対面である。
にも関わらず私への質問的なものはほとんどなく、一方的にお話をされていた。
もちろん、私は美女の話を聞くのは大好物だし、見ているだけでもありがたいことではある。
しかし、それにしても私に興味が無さすぎないだろうか?
恋人から三振をとられた私がしたいのは、何よりキャッチボールだった。
しかしながら、私がたまに放った球は、浜辺美波を通りすぎてお店のすみっこまで転がっていくのだ。
もやもやしてくる私に、彼女は驚愕のエピソードを笑いながら話していた。
それは、スマホばかり見て勉強しない娘さんにキレて、スマホを風呂に投げ込んだというものだった。
ヤバい人じゃん。
そして、次の約束はないままに私たちは別れたわけなのだけれど、数分後にメールが来た。
「来週、お茶しませんか?」
なぜそれを数分前に直接言わないのだろう?
きっと彼女なりのコミュニケーションの取り方があるのだろう。
そう、私が慣れていないだけなのだ。
そうして翌週に私はまた浜辺美波に会いに行った。
スターバックスの席に座り、バッターボックスの私に放たれた第一球はこうだった。
「私たち、もう付き合ってるってことでいいんですよね?」
デッドボールだった。
お昼ごはんを食べただけで?
こうして私はマッチングアプリから足を洗った。
失恋の薬としては、私にはいささか劇薬すぎたのである。
結局は「時間」というサプリが少しずつ効いてきて、恋人が去ったことによって空いたその大きな時間を使って私はまた何かを書こうと思えるようになった。
そうして、私は私のために書き始めた。
それが「彼女に振られたので山暮らししようと思う。」というエッセイだった。
それは治療行為だったのかもしれない。
結果的に私はnoteというプラットホームとそこに住み着いている一風変わった人たちのおかげで奇跡的な回復と新しい時間を手にしたのである。
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