SHIFTのIR資料は何がすごいのか
だいぶ遅くなってしまいましたが、あけましておめでとうございます。
年始早々震災や飛行機事故等ネガティブなニュースが続いており、今年は少しブルーな気持ちでのスタートとなってしまいました。震災によりお亡くなりになられた方、事故によりお亡くなりになられた方のご冥福を心よりお祈りいたします。日々生きていられることに感謝しながら、我々も少しでも社会にインパクトを与えられるような存在になるべく、今年も邁進していきます。
さて、今年1本目の記事は、SHIFTのIR資料を取り上げたいと思います。昨年末にXで以下のようなポストをしたところ、結構な反響があり驚きました。
ポストにも書いたとおり、同社のIRは多くの上場企業がお手本にしていますが、「実際何がすごいのか?」「IRとして具体的にどの要素を参考にすればよいのか?」等を思われたことがある方は意外と多いのではないのでしょうか。
ということで本日は、Xのポストでは書ききれなかった、SHIFTのIR資料のすごい部分や参考にすべき部分等をまとめていきたいと思います。ちなみに本記事は、投資家というよりかは、主にIR担当者や経営者の方々に向けた内容になっています。ぜひ最後までお読みいただけると嬉しいです。
SHIFTのスライドはとにかく情報量が多い
SHIFTのIR資料をぱっと見たときにほとんどの人が思うであろうこと、それが「情報量が非常に多い」ということです。
例えば、以下のスライドを見てください。
非常に文字が多い上にグラフも記載されており、一見すると「少しごちゃごちゃしてるな…」という印象を受けるのではないでしょうか。
こういう資料をぱっと見た上で、「SHIFTのIR資料がすごいらしい」ということを聞くと、「なるほど、SHIFTのように情報量を増やせばいいのか!」と思うかもしれません。しかし、ただ闇雲にスライドの情報量を増やすだけでは、ごちゃごちゃして寧ろ何が伝えたいのかが極めて分かりにくい資料が出来上がってしまいます。
SHIFTの決算説明資料は、1スライドあたりの情報量が多いことは間違いないのですが、必ず以下の要素がナラティブに盛り込まれています。
明確な中期経営計画と成長戦略
市場ポテンシャルの大きさ
解像度の高い施策と定量的な成果の開示
これらをうまく盛り込んでいくことで、「説得力があり、事業に対する解像度の高さが伝わるIR資料」を作成することができるのではないかと思います。以降で各項目について解説していきます。
明確な中期経営計画と成長戦略
SHIFTの直近通期である23年8月期の売上高は約880億円で、24年8月期は1,140億円〜1,220億円を予想していますが、同社はまだ売上高が81億円であった17年8月期から、以下のような中長期の成長イメージを開示しています。
売上高が10億〜100億、300億〜1,000億、1,000億円超のときに、自社がどういう状態になっているのかを明確に説明しています。また、18年8月期からは、それぞれのフェーズにおいて想定されるグループ会社数、営業利益、給与水準等の定量情報も示されるようになっています。
このように、中長期的な自社のなりたい姿や、各マイルストーンにおける状態目標を示すことは、投資家に「どこを目指しているのか」を伝えるのに有効かと思います。
しかし、当然これを示すだけでは、「具体的にどれくらいの時間軸でどのように達成していくのか?」という疑問を抱かれてしまいます。
この点同社は、「SHIFT○○」という形で、中期経営計画を打ち出しています。例えば、同社は、21年8月期まで、売上高1,000億円を目指す「SHIFT1000」という中計を掲げていました。
方向性としては、既存事業のオーガニック成長に加えて、M&Aとプラットフォーム事業への転換を通じたインオーガニックな成長により、早期に売上高1,000億円達成を実現していくというものです。
では、具体的に何をやっていくのか。同社は、これを「四隅戦略」として説明しています。
なぜこの4つなのかという点も重要です。
同社は、「ソフトウェアテスト」のサービスを主軸として、様々なITソリューションを顧客に提供しています。
その上で、同社の売上高を最もシンプルなKPIに分解すると、顧客数×顧客単価となります。そして、この顧客数を継続的に増やしていくためには当然ながら十分な数のエンジニアが不可欠になってきます。
また、先に掲げた「M&Aによる非連続的な成長」を実現するためには、十分な数のM&Aも必要となってきます。
つまり、売上高の成長をシンプルに分解したKPIを伸ばしていく戦略が、まさに四隅として定義されているということです。
Ⅰ:アカウント/営業→顧客数
Ⅱ:人事/採用→エンジニア数
Ⅲ:サービス/技術→顧客単価
Ⅳ:M&A→グループ会社売上
さらに、四隅の項目についてもそれぞれシンプルなKPIに分解し、目標を開示しています。
例えば、「アカウント/営業」では、顧客数を増やすために、営業人数と営業1人あたりの売上にKPI分解し、それぞれ伸ばしていくためにどのような取り組みを行なっていくのかを開示しています。
こういった具合で、各項目について「何をすることで、どのようなKPIを伸ばしていくのか」ということが、人事/採用、サービス/技術、M&Aの領域でも記載されています。
まとめると、中期経営計画を開示することに加え、売上高をシンプルなKPIに分解し、各KPIを達成するための戦略を開示しているという点が、1つ目の重要な要素だと言えます。
市場ポテンシャルの大きさ
同社は売上高1,000億、3,000億、5,000億円とマイルストーン目標を置いていますが、「そもそもそこまで拡大するマーケットなのか?」ということは当然示す必要があります。
この点同社は、市場ポテンシャルについても分かりやすく説明されています。
まず、同社の祖業でもある「ソフトウェアテスト」の市場規模が約5.5兆円あり、そのうちアウトソースが行われているのは1%にすぎない旨の説明が行われています。
これだけでもある程度市場の潜在ポテンシャルがあることは伝えられそうですが、同社はこのソフトウェアテスト市場を業種別に区切り、各業種での潜在ポテンシャルと現時点での実績売上も示しています。
これにより、あらゆる業界に根を張っていること、更に各業界でまだまだポテンシャルがある旨を伝えることができています。
更に興味深いのが、同社が21年8月期頃から、「うちはもはやソフトウェアテストだけをやる会社じゃなく、DX全般を手がける会社だ」ということを伝え始めている点です。
たしかに同社はソフトウェアテストのサービスを通じて既に様々な顧客と接点を持っていますし、先ほどの「四隅の戦略」を駆使することでソフトウェアテストに留まらないサービスを提供することは可能だと言えます。
実際に、同社は現在、ソフトウェアテストに留まらず、クラウドの導入・移行支援や新規開発の支援等も行なっており、これらに人事コンサルやIRコンサル、営業支援等も組み合わせて、企業価値全体を引き上げるコンサルティングまで行うようになっています。なお、この企業価値全体を引き上げるコンサルを同社はEVAC(Enterprise Value Acceleration & Communication)と呼んでいます。
このようなサービス範囲の拡大に伴い、直近の決算説明資料では、ソフトウェアテストの5.5兆円に加えて、11兆円の開発市場にリーチしていくことが説明されています。
実際にはIT市場に留まらない領域にも参入しているためもう少し大きなポテンシャルがあるものだと思われますが、いずれにせよ、売上高数兆円単位の企業規模にまで成長していくことが十分に可能だということを投資家にうまく訴求できているのではないかと思われます。
解像度の高い施策と定量的な成果の開示
同社は、明確な中計とそれを達成するための戦略、市場ポテンシャルを開示していると述べましたが、これらは何らかの形ですでに開示している会社も多いかと思います。
ただ、なかなか他社が真似することが難しいと思われるのが、「解像度の高い施策と定量的な成果」の開示です。
例えば、これはXでも記載しましたが、「来期人を採用していきます」というメッセージを打ち出す際に、同社は単に目標値を出すだけでなく、19個の施策を実施・未実施に分けて開示しています。
そして、施策を開示して終わりではなく、ちゃんと翌年の決算説明資料で「実際何をやったか」と「どれくらい効果が出たか」も開示されています。
これはあくまで一例ですが、とにかくほとんどのスライドが以下のいずれかを詳細に説明するようになっています。
どのような施策を行なった結果、どの指標がどう変わったのか(過去の説明)
今後、どの指標を伸ばすために、どのような施策を行なっていくのか(未来の説明)
ポイントは、「解像度の高い施策」と「定量的な成果」がセットで開示されているという点です。
「こういう施策をやっていきます」という説明が行われているものの、それがどの指標を伸ばすことが目的なのかという説明が行われていないことは往々にしてあります。また、施策を実行した結果、何の指標がどのように変わったのかが説明されていないことも結構あります。
そのため、施策と成果をセットで開示することを意識することで、より一層説得力のある説明資料になるのではないかと思われます。
当然、実際にこれらを開示しようと思ったら、日頃からかなり解像度の高い施策管理やKPI管理を行っている必要があります。先ほど「他社が簡単には真似できない」と言ったのも、そのためです。
逆に言うと、このような開示ができていると、それ自体が自社のオペレーションや経営管理の強さを投資家に訴求することに繋がるかもしれません。
ちなみに、SHIFTの開示をかなり参考にしているのではないかと思われる事例として、M&A総研ホールディングスが挙げられます。同社の開示も参考になるので、ぜひご覧いただければと思います。
ということで、本日は「SHIFTのIR資料の何がすごいのか?」ということについて簡単にまとめてみました。上記に挙げた着眼点が少しでも参考になれば幸いです。
最後までお読みいただきありがとうございました!!