見なくなった昭和感のある純喫茶
「チリン、チリン!」
ドアベルを鳴らして入る昭和感のある純喫茶。
最近はほとんど見なくなりました。
スターバックス、ドトール、タリーズなどは、入るとすぐにカウンターがあり、そこで注文するスタイルです。
こういうお店では、買ったはいいが座席がないということが起こります。
また、前の人の注文に時間がかかると、後ろで待つ人が増えていき、そこには多くのイライラが溜まっていきます。
ホットかアイスかの確認、サイズの確認、専門用語が機械的に飛び交うために起こる、聞こえにくかったとか、意味がわからなかったとかから来る「えっ?」の応酬問題。
昭和感のある純喫茶では、こういうことはありません。
ゆっくりと時間が流れると言えばいいでしょうか。そこにはイライラはありません。
入店すると、店内を左から右へ、奥から手前へと見渡し、座るところがなければ、他に行けばいいのですから。
注文にしても、座っていたら店員さんが来てくれるので、一服(今は無理でしょう)しながら、待てばいいだけです。時々、店員さんに見落とされ、無視され続けるという人災も起こりますが、カウンターでの立たされ、待たされ、イラつかされの三重苦よりよっぽどましです。
一杯200円そこそこで、珈琲が飲めるようになったのは、こういったチェーン店の企業努力あってのことですし、実際にこの安さに助かっているのですから感謝こそすれ、文句など言える立場でもないのですが、でもね、500円以上かかってもいいから、昭和感のある純喫茶に行きたい時もあるんです。
いやいや、わかりますよ。
商売そんなに甘くないよという声もわかります。
そうですよね、安い珈琲を出すチェーン店に客が流れ、企業努力だけでは、あの昭和感溢れるクオリティは維持できるはずがないじゃないか!とのお叱りも、ごもっともです。
でもね、でもね、本当にでもねなんですが、なんとかネバってくださいよ。
「チリン、チリン!」が聞きたいんです。
アツアツのおしぼりがでてきてほしいんです。
テーブルの上に銀色の灰皿(これは無理かな)がいてほしい、
珈琲と同時に手書きの注文書を置いてくれるあの懐かしさはどこに・・・。
デジタルではないアナログのレコードのように、
チロルチョコやセコイヤチョコレートのように、
坂本九さんの上を向いて歩こうのように、
SUZUKI自動車のジムニーのように、
早いうまい安いの吉野家のように。
昭和感のある純喫茶がずっと残りますように。
ではでは、また。
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