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カンヌ映画祭2024日記・追記

カンヌのDay0やDay1にマーケット試写で見て、まだ公式プレミア上映の前だったので感想を日記に書くのを控えていた作品について、せっかくなので言及しておこう。
 
まずは、コンペで、デヴィッド・クロネンバーグ監督新作の『The Shrouds』(扉写真も/Copyright Pyramide Distribution)。ヴァンサン・カッセル扮する発明家にして実業家の男が、妻の死を悲しんだあげく、死後も死者に寄り添える装置を開発する。それは、妻の肉体が墓の中で朽ちていく一部始終を見ていられるアプリの開発だった。しかし、彼は妻の遺体に不審物が付着していることに気付く…。
 
タイトルのShroudというのは、遺体を包む布のことで、この布にセンサーを付けて遺体が変化する様が中継できるというわけ。いやまあ、本当にクロネンバーグの着想は尽きることを知らない。ただ、本作にはクロネンバーグの最愛の妻が亡くなったことが背景にあるのであって、あまり喜んでばかりもいられない。クロネンバーグの妻に対する深い愛が伝わる、哀悼の作品だ。
 
もちろん、上記は物語のきっかけに過ぎず、やがて全く意外な展開に発展するけれど、それは割愛しよう。少し会話が多めでアクションが少ないと感じてしまったものの、シャープな映像と、不穏で謎めいた世界観はたっぷり堪能できる。

"The Shrouds" Copyright Pyramide Distribution

続いてコンペで、ロシアのキリル・セレブレニコフ監督新作『Limonov - The Ballad』。ロシアの詩人、エドワルド・リモノフの伝記映画。ロシアからNY、そしてパリへと流れたリモノフの激動の人生を描く。活動家で、革命家で、ホームレスの詩人リモノフとは、いかなる人物だったのか?

"Limonov - The Ballad" Copyright 2024 - Wildside, Chapter 2, Pathé Films, Fremantle España, France 3 Cinéma

セレブレニコフ監督が描く激しいドラマを僕はこよなく愛しているけれど、本作はビジュアルの魅力は存分に発揮されているものの、人物描写には入りきれずに終わってしまった。とにかくビジュアルの鮮烈さは、本当に素晴らしい。70年代のNYの雰囲気と完全にマッチさせる画調や、年月の推移を見せる工夫ショットなど、息を呑むような激しく美しい流麗なショットに溢れる。
 
しかし、リモノフに扮するベン・ウィショーは熱演しているのだけれど、僕はどうしても「非英語圏の映画なのに全員英語をしゃべっている」映画にアレルギーがあって、ダメなのだ。なので、映画の問題というよりは、僕個人の問題。
 
『西部戦線異状なし』や『ラストエンペラー』の例を挙げるまでもなく、それは映画のお約束事だから指摘するだけ野暮、という立場があるのは重々承知しているのだけど、だからといって違和感が拭えるわけでもない。リモノフは、ロシア時代からずっとロシア語訛りの英語でしゃべり続ける。英語しゃべってるけど、ここは本当はロシア語ね、というわけだ。そもそもリモノフは詩人なのであり、言葉が重視されるべきなのに、最初から全て英語化されているというのは、詩への冒涜ではないのか…。ロシア語で話したからといっても理解できるわけではないのだけど、そういう問題ではないのだよな…。
 
と、ここまで書いていて、ふと思った。待てよ、これはもしかしたら、現在のロシアに対する、セレブレニコフなりの抵抗なのかもしれない。ロシア語を使わないという…。ロシアの反逆のアーティストの姿を通じ、現状に否を叩きつけ、そしてロシア語自体を封印する。まずい、これは見直さなければなるまい…。
 
とはいえ、リモノフの映画化の企画は10年近く前までさかのぼることが出来るようなので、それはないかな。ともかく、議論したくなる作品だし、再び機会があったら必ず観たい。
 
さらにコンペで、フランスのクリストフ・オノレ監督『Marcello Mio』。両親と比較され続けるキアラ・マストロヤンニがアイデンティティ・クライシスに陥った結果、父のマルチェロ・マストロヤンニとそっくりの姿になり、マルチェロとして生きることを決める物語。

"Marcello Mio" Copyright Les Films Pelleas

マルチェロ・マストロヤンニとカトリーヌ・ドヌーヴという、世界で最も有名な俳優を両親に持つキアラの苦悩と、彼女の選択に困惑する周囲の人々を描くファンタジー・コメディ・ドラマで、よくぞ映画にしたなあという驚きの内容。実母のドヌーヴ、元夫のバンジャマン・ビオレ、元カレのメルヴィル・プポーがみな本人役で登場し、「マルチェロ化」したキアラを心配するという、プライベートネタ満載の、映画ファンにはたまらない内容であるのは間違いない。

"Marcello Mio" Copyright Les Films Pelleas

なんというか、珍品の部類かもしれないのだけれど、題材が題材なだけに、唯一無二の珍品。そして、キアラは素晴らしく、両親とは別次元で良い女優だし、彼女のアイデンティティ苦悩も実感を伴って伝わってくる。マルチェロ・マストロヤンニももちろん追悼できるし、映画ファンには堪らない場面も多く、僕はなかなかに感動してしまった…。

コンペは以上で、僕は全コンペ作品のうち、ポール・シュレーダー監督『Oh, Canada』だけが未見。どうやら賛否を分けたようではあるけれど、シュレーダーがベトナム戦争の兵役忌避者を描いたドラマということでもあり、どこかで見られる機会があることを期待したい。
 
次は「ある視点」部門に選出されたアニメーションの『Flow』。『Away』が日本でも公開されたラトビアのギンツ・ジルバロディス監督の新作。『Away』に続き、『Flow』もセリフが無く、キャラクターたちの動きが物語を見事に引っ張っていく。そして、圧巻のビジュアルの美しさも健在。うっとりと、身を委ねるばかり…。

"Flow" Copyright UFO Distribution

ディストピア的な世界。人間による建造物は残っているが、人間の姿は見えない。一匹のネコが、ひとりで野を駆けている。夜は、無人となった廃墟の部屋のベッドで眠る。ある日、地上が大洪水に見舞われ、ネコも大ピンチに陥る。そんな時、目の前に舟が現れ、ネコは必死に飛び乗る。先客には一匹のアリクイ。かくして、船上の旅が始まる…。

"Flow" Copyright UFO Distribution

ネコの大冒険。途中から、サルやイヌなどが仲間に加わる。必要以上に擬人化されておらず、動物たちは互いに警戒しながら、ともにサバイブしていく姿に涙腺が緩む。リアリズムというわけでもなく、各キャラクターはたまらなく可愛く、いとおしい。これはもう、大人と子どもが共に喜び楽しめる、逸品。

"Flow" Copyright UFO Distribution

続いては、「スペシャル・スクリーニング」部門で紹介された、フランスの名優ダニエル・オートゥイユが監督した『An Ordinary Case』。妻殺しの容疑で逮捕された男と、彼を弁護する男性弁護士のドラマ。果たして、男は本当に妻を殺したのか、それとも…。

"An Ordinary Case" Copyright Julien Panié

事件ものとしてはかなりベーシックな設定ながら、役者の名演のおかげで見応えたっぷりの作品に仕上がっている。夫に扮するのは、巨体と対照的な内気な雰囲気でバイプレイヤーから主演級まで自在に魅せる、グレゴリー・ガドゥボワ。日本では『Délicieux』の主演が記憶に新しいかな(ちなみに邦題のデリシュ!には強い抵抗があって、決して発音はデリシュでない!)。
 
そして弁護士役が、ダニエル・オートゥイユ。自分が監督なので、自分の見せ場もじっくり設けているのは、ご愛敬。でも、それもいいのだ。ため息ついて、哀愁を表情に浮かべるシーンとか、普通にやりたいだろうね。いいではないか!そしてラストはなかなかに意外性があって、堅実で硬質、上々のエンタメだ。

"An Ordinary Case" Copyright Zinc

以上、追記でした!
 
 


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