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慶喜はなぜ戦いから「逃げた」のか?

最近、篤姫(全50話)を見終わりました。

元々は戦国時代が好きだったのですが、このドラマを通じて”明治維新”にすっかりハマってしまいました。その中で、あぁ、関与した人の数だけ事実はあるんだろうな…と思ったことがあったので、それを具体例を出して説明したいと思います。

鳥羽・伏見の戦いというものがあります。すげ~ざっくり言うと、海外に対抗するために、「有力大名が合議で政治をするべき!」という薩長派と、「徳川家でなんとかする!」という幕府派の喧嘩です。

本当に変わらない事実だけをいうと、

1.兵の数は、薩長(指揮官:西郷隆盛)5000、幕府15000

2.薩長は最新鋭の武器を用意

3.薩長は皇族(小松宮彰仁親王)を大将に据え、錦の御旗を掲げた。結果として、慶喜を朝敵となった。

4.開戦3日で慶喜は側近と大阪城を脱出し兵を置いて江戸に逃げた。

というもの。でね、4のなぜ逃げたのか?については、主人公の違いにより異なるんですよね。それを見ていきます。


慶喜はなぜ逃げたのか?(大河ドラマ 篤姫)

最初に見たのは篤姫視点(大河ドラマ 篤姫)でした。まず、このドラマにおいての、篤姫と慶喜の関係・設定を言っておくと、篤姫は13代家定の正室。そこから大奥を取り仕切り、実質、政権にも関与します。15代慶喜は、女性、しかも、身分が低い出である篤姫のことを心のどこかでバカにしているという設定です。

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慶喜が大阪から逃げ帰ったという知らせを聞いて驚く篤姫。なんで逃げたのだ?と説いただす篤姫に、慶喜はこう言います。「天皇に忠実に生きてきた水戸藩がなぜ朝敵になるのだ・・・・」「朝敵になったからには、我々には未来がない、自分の首を差し出せばよいのならそうしたい・・・・」と。篤姫は、それでも生きるのだ、と説きます。このドラマでは、数々の難局を裏からなんとかしてきた縁の下の力持ちとしての篤姫を描いているため、その対立軸として慶喜を「血筋よく聡明だが、脆い」人物に描きます。ま、わき役・引き立て役ですよね、慶喜は。役者さん(名前知らない)も、エリートならではの神経質さが出てますよねぇ。


慶喜はなぜ逃げたのか?(大河ドラマ 徳川慶喜)

次に、当人の徳川慶喜視点です。

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聡明で先見の明もある慶喜は、最新の武器を持つ薩長に対抗できず負けることはわかってました。それでも、部下たちが自身の正義のために戦うことについてやむなく戦いを許可したのです。そして、部下たちが自身の正義のためという大義を果たした後は、大将である自分が江戸に逃げ帰ることで、味方側の士気を下げ、無益な殺し合いを防ぐという芝居を打ったのです。主人公である慶喜を「血筋よく聡明なだけでなく、部下の思いも汲む人情派な」人物として描きます。もっくん、そういう温度感醸し出してる。



慶喜はなぜ逃げたのか?(大河ドラマ 西郷どん)

最後に、西郷隆盛視点です。

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西郷さんは、徳川慶喜の処遇をどうするかを決めるため、こっそり夜会いに行きます。慶喜が言います。「実は、フランスから交渉を持ちかけられていたんだ。『武器を渡してやる。その代わり勝ったら薩摩をフランスにくれ。』と。」「薩摩にはイギリスが付いている。戦争を長引かせれば、薩長と幕府のどちらが勝っても、日本は属国扱いになってしまう。」。これに対し、西郷どんは「よくぞ、日本を守ってくれました」というのです。

このドラマでは、人情派で民・日本国を思う西郷どんを描いているため、その対立軸として、慶喜を「人情派ではなく知性派だが、自分と同様に民・日本国を思う、超絶スケールがでかい人物として描きます。松田翔太も、すげぇ聡明な感じが出てる。デスノートでいうとこの、Lとキラみたいな感じですよね

まとめ

どれも部分的に違うし、部分的にあってるんでしょう。誰を主人公にするか?という視点の違いにより、慶喜がわき役/主人公/ライバルと変わるわけですよね。そうなると、慶喜の「エリート・聡明」という共通のイメージに付帯されるイメージも、「脆さ」「人情」「スケールのでかさ」と変わってくる。

視点の違いだけ事実がある。だからこそ、人生は面白いなと改めて思いました。次は、なんで西郷隆盛は江戸攻めを直前で辞めたのか?について考察しようかと思います。

#西郷隆盛 #徳川慶喜




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