台北旅行 一日目⑥ 中正紀念堂
侵入
中正紀念堂を囲む白壁に突き当たってからは、それほどかからずに中へ入れそうな場所を見つけた。中正紀念堂の広場に隣接するように建っている荘厳な建物があり、その入口へスロープが伸びている。坂道から建物のテラス
づたいにまわって広場へ下りられそうであったので、ここでいいのか少し迷いながらもスロープを登って行った。歩き疲れ、痛む足を引きずりながら坂道を登っていく私をあざ笑うかのように、子供たちが走り回って遊んでいた。
人の居場所
寺院や、先ほど見かけた台北駅もそうであったように、この建物も、みかんのようなあたたかい黄色の屋根に、真っ赤な柱、ヒスイ色の梁で、とにかく目立つ。登りきって気づいたが、このテラスのそれなりに広い空間に、何グループも若者が集まっていた。ほとんどの若者が動きやすい恰好をしていて、グループごとに音楽を流している。ダンスを練習しているのだった。互いの踊りを確認し合ったり、座り込んで談笑していたりと、のびのびとした空気が漂っていた。結構奥行きも幅も広いので、グループごとで音楽が重なったり、場所の取り合いで互いに迷惑をかけたりなどもなさそうだった。
ふとテラスの下に目をやると、植え込みにかこまれた空間では、太鼓をたたいて旗を振る、何らかの催し物の練習をする一団がある。警備員もいないわけではないが、誰も彼らを注意したり、追い払おうとしたりしていない。
龍山寺駅地下の文創基地で感じた「コミュ」のように、台北の街には、空間に集まる人を排除せず、時には意図的にそれを用意してまで、それぞれの居場所を奪わず受け容れる、広くてやわらかい空気があった。
でかい、でかすぎる
テラス伝いに建物の正面へまわると、真っ白で、大きな広場が目に飛び込んできた。遮るものが何もなく、直射日光でギラギラに輝く白い広場。見ているだけでも暑くなってきたし、実際暑かった。この広場を挟むようにして、先ほどの建物と、もうひとつ同じような建物が立っていた。
広場に降りて振り返ると、先ほどの建物の額が見えた。「国家音楽廟」とあった。おそらく国立音楽ホールってことだよね。向かいの建物は「国家戯劇院」で、ちょうど日陰になっていたため、階段では多くの人が休憩していた。
この広場はもともと旧日本軍の砲兵部隊の用地だったらしく、広いのも納得だ。ちょうどよく広さを形容できそうな我々の良く知る何かがないか考えてみたが、思いつかない。そのくらいひたすら広い。足元には真っ白な広場のタイルが草原のようにひろがり、上には真っ青な空がどこまでも伸びている。その広場のずっと奥に、蒋介石の像があろう、鐘のような堂があった。それなりに遠くにあるはずなのに、とても大きく見えて、実際とても大きな建物なのだが、土地の使い方も建物の大きさも、日本で慣れ親しんでいるスケール感とはかけ離れており、ゲシュタルト崩壊したような感覚をおぼえてしまった。
照りつける陽光から逃げる場所もなく、ひたすら広場を奥に進み、武骨な階段を登りきる。堂の中からは、バシン、バシンと床を叩くような音が響いてくる。ちょうど、堂の衛兵の交代式の時間だったようだ。交代式を見に来た観光客でかなりの人だかりができており、あまり背の高くない私はつま先立ちになってのぞき込んで観覧した。巨大な蒋介石の像の手前で向かい合うようにして二人の衛兵が立つ。衛兵の立ち台のうしろには、屋外用の送風機が置かれており、暑いこの国でビシッと制服を着てひたすら立ち続ける仕事の苦労がしのばれた。
ふつう台湾でこれだけの人だかりであれば、それはもうペチャクチャワイワイとにぎやかなのだが、ここではみなかたずをのんで交代式を見物しており、しゃべるにしてもひそひそ声で、ただ衛兵の力強い足音ばかりが響き渡っていた。
「倫理 民主 科学」という中華民国三民主義の精神は、共産党の社会主義革新価値観より端的でよっぽど上品に思われて好ましい。左右の両壁にもスローガンが飾られている。だいたい言いたいことがわかるもので、漢字をもたらしたご先祖様と、漢文の授業に、感謝感謝である。
衛兵の交代式が終わると、観光客は一斉にハケていったので、広々とした堂の中でじっくりと蒋介石の像を眺めることができたが、どこまで近づいてよいものか迷ったのと、衛兵の放つオーラが少し怖かったのもあり、やや遠巻きに眺めた。三人の中でこの像をじっくり楽しんでいたのは自分だけのようで、二人を堂の外でしばらく待たせてしまった。
なかなか見ごたえがあったので、足の痛みも忘れてホクホクとしながら、我々は広場を後にして、台北101へと向かうべく、すぐ近くのバス停へと向かった。広場の両脇は背の高い並木通りのちょっとした公園になっていて、木陰が涼しいのか、多くの人がくつろいでいた。茂みにはハトがいたが、日本の街中でよく見かけるドバトではなく、キジバトだった。
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