怖い話をしてみる
前置きとして記しておく。
怖かった話を語っていくが、オチがなかったり、怪談師が語る怪談話とかにあるような話のバックグラウンドとかそんなものはない。なので、読んでみてがっかりする話もあるかも知れない。が、何だかわからないけど怖かった、というのが本来リアルな体験談というのではなかろうかと思う。まあ、オチがなきゃ面白くはないが…。
1.赤い車の親子
あの親子がその後どうなったのか、今となっては僕に知る術はない。その当時も知ろうとも思わなかったし、今も調べるつもりはない。
そんな程度の怖かったというよりも、気味が悪かった話。
あれは十数年前、当時勤めていた会社に通勤していた時の事である。会社は自宅から20分程の距離にあり、市街地を通らないといけないため割と通退勤時は混雑する事が多かった。その道が国道であるというのも原因のひとつで、信号機と横断歩道が多いため赤信号に何度も停められてしまう。すぐに赤に変わるくせになかなか青にならない信号機にイライラすることも度々あった。
その日も、ちょうど家から会社まで半分くらいの地点で信号に捕まった。いつも車が混雑する交差点である。
僕はフーッとため息を吐きながら、周囲に目をやる。今もそうなのだが、僕には車外の景色やバックミラーに目をやるという癖、というか習慣がある。
あーあの人タバコ吸ってるなーとか、キレイな女の子なのにイカつい車乗ってんなーとか、大して興味のない朝の光景を見つつ信号待ちの持て余した暇を潰す。そんな行為なんだと思う。
色んな車に視線を巡らせる流れで、何となくバックミラーに目をやる。というよりも、この時はあの車の鮮やかな赤色が目の端に引っかかった感じだった。
僕の後ろには赤色の軽自動車が停まっていた。車には疎くて何というメーカーの何という車だったのかはわからない。
軽の赤い車には女性が2人乗っていた。
運転席には60代くらいの母親らしき女性。茶髪で長い髪は束ねもせず、いかにも寝起きという感じではあったが、化粧はしっかりしていて服も肩口しか見えなかったが高齢の女性が着るような白いブラウスに黒いカーディガンを羽織っているのが何となくわかった。隣の助手席には、30代半ばくらいだろうか、娘と思われる女性が座っていた。髪は黒く後ろで束ねていて、前髪はいわゆるぱっつん。眉より少し上でまっすぐに切り揃えられている。両耳に大きめのピアスをしていて、濃いめの化粧をしているのか唇は真っ赤なルージュを引いている。服装は首回りを見るに、たぼっとした大きめの白いTシャツを着ているようだった。
いつもならふっと視線を巡らせるだけの光景。普通の親子がどこかに出かけるんだろうなぁくらいの、何でもない日常の一コマ。しかし、その時はその親子から目を外すことができなかった。
2人の様子がどこか異様だったからだ。
まず、母親らしき女性は憔悴しきった表情で何やら娘に向かって話しかけている。話しかけるというよりも、何事か喚いているようにも見えた。何より異様だったのは娘の方だった。ぱっつん髪の下にある両目はかっと見開かれ、前方を凝視している。
僕の車をじっと見ているのだろうか?ブレーキランプが切れていたか?いや違う。
娘の目はどこもみていない。
カッと開かれた目は焦点が定まっておらず、左右別々の方向を見ている。頭はゆらゆらと左右に揺れ、薬でもやっているのかとも思える様子。
次に異様だったのは彼女の顔の白さだった。血の気がないというレベルの白さで、紙のように白い肌は彼女が着るTシャツよりもおそらく白かった。唇の赤が際立っていたのも、その白さのせいだったのだ。
相変わらず、母親は何事かを喚いている。それなのに顔面真っ白娘は反応せず、前方を無表情、無感情でずっと虚空を見つめている。
母親はそんな娘にしびれを切らしたのか、娘の肩を揺すり始めた。
ぐわんぐわんという音が聞こえるのではないかという程に、娘の肩を揺さぶる。前後左右に揺れる娘の身体。赤い車体もわずかに揺れる。
親子ゲンカだろうか?
2人の様子を観察する僕は思う。
長めに足止めされる交差点なので、信号はまだ赤のまま。
具合が悪くなった娘を病院に連れて行く途中?
その可能性が高いと考えた時に、肩を揺する母親の手が止まった。娘の揺れも止まる。
と同時に、娘の顔に変化があった。
今まで無表情だった娘の頬が徐々に上がり始めたのである。
ゆっくりとあがる口角。
真っ赤な唇が少しずつ開いていく。
まるで、二チャァーと音が聞こえてくるようであった。ぱっつん髪の真っ白娘が、ゆっくりと笑顔になってゆく。
開かれた彼女の口の中は真っ赤だった。
おそらく血だった。それしかありえなかった。
唇から覗く歯は真っ赤に染まっていた。
開いた口から血が溢れた。
唇から溢れた血は真っ白な顎に赤い線を作りながらポタポタと垂れ、Tシャツに赤い斑点模様を描いていく。
娘はまるでヘラヘラと笑い、血を垂らしながら、また左右に身体を揺らし始める。
そんな娘を見ながら、母親はまた何かを喚いている。なんて言っているのかはわからない。
何だ?何が起きてる?
僕は少しだけパニックになった。
視線を前にやると、信号がちょうど青に変わる瞬間だった。
僕は落ち着いてアクセルを踏み、ゆっくりと車を発進させる。僕の後ろにいた親子の車も少し遅れて発進したのがミラー越しに見えたが、違う車線からの車に追い越されて、やがて見えなくなった。
時間にして、ほんの数分の光景だった。
今でもその交差点を通るのだが、あの親子の車は見かけない。
娘の紙のように白い顔、ニヤリと笑った唇から垂れる一筋の血。生々しいあの光景が未だに僕の頭から離れない。