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個人的過ごし方=ギター編

色々書きたい事はあったのだけど、一週間空いてしまいました。

Instagramで、世界各地の自宅ギタリストさん達によるギター演奏動画が沢山あり、GAFAだけでなく、SNSはAIによって表示される種類の傾向が顕著に現れるそうなので、自宅ギタリスト動画を幾つか観ていたら、各ギタリスト達の動画を集約しているアカウントなどが次々に表示された。

各人が色々と工夫していて、例えば弾くフレーズに合わせて音符やタブ譜が流れながら付いてくるアカウントや、ギター講習を正面からでなく、弾き手側からのアングルで行なっているアカウントもあり、

片端からフォローすると次々に現れてきて、世界のアマチュアギタリストの層の厚さを実感させられてます。

ブライアン・メイも早い頃からギター講座をやっていたし、

以前のインスタ動画は1分という制約があったけど、今は長めの動画も載せられるので。

ぱっと見の印象では、名のある一流ギタリストは個性が確立されており、凄腕のアマチュアギタリストの方が「器用」だなと思いました。

歌手でもそうだけど、「何々節」という、その人ならではの型というか、個性があるのがプロ。

日本のYouTubeアカウントは地域による制限があるのか、改定されたのは知っていたけど、洋楽のカバー動画も、以前は海外からのコメントもあり、再生数も多かったと思うのだけど、その辺を考えると、インスタ用とYouTube用のギター演奏動画の種類は変えた方がいいのかもしれない。

ギターに興味持ったのは、文字通り厨二、いや、中二位の時で、
学校にはアコースティックギター部みたいのがあった気がするけど、
その時はアコースティックギターには関心がなく(10代の頃はボクシングチャンプとか、80年代バブル期の影響もあったのか…?派手な事に関心があったので。今はエレキギターでアルペジオやろうとすると、自分はかなり指が太いので、フレットの間隔が広くないとコード抑えるのも難しいので、自分に合った弾きやすいアコギを欲しいです)

かといって、バンド作ろう!と声掛けても、

エレキギターなんて誰も持ってなくて(近しい友達では)

バンドやってる同級生とも…
自分は現在と違って、子供時代は東京と九州時代だけでなく、よく「灰色の時代」と自分で称する関東に戻って来てからも、派閥に属する事もなく、相変わらず分け隔てなく多くの連中との付き合いがあったので、バンドやってる連中とも付き合いはあったけど、

何故か一緒にやろうと思わず、人脈…という言い方の代わりが思いつかないので「人脈」と仮に書くけど、
昔も今も、人脈を活かしてないなあとは思います。

なので、結局いつもの仲間達と同級生(その子は沖縄出身で父親と二人暮らしだったので溜まり場になっていた)の部屋に毎日学校終わりに集まって漫画読んだり、ファミコンが出始めた時期なので、やりたい奴はゲームしてたり、ダラダラ過ごしていた。

そういう、無駄な時間の過ごし方も、相変わらず自分は変わってないなあと…

今も、
とりとめもなく寝てたり、ダラダラしながら、何かやる気が湧いてくるまではゴロ寝して時間を気にせずにのんびり南国暮らし気分でいたい願望もあるけど、
せっかくの一度きりの人生なのだから、
限界突破サバイバーしてやる!!

という気持ちとが、誰の中にも相反する願望というのはあるのかもしれないけど、

自分にも真逆の側面があり…

YouTubeで長らく続けてるギター投稿は、工夫も何もしてないからか、特に努力している事柄ではなく、ルーティンであるのだけど、
こんなに長期間やってて(アカウント作って直ぐに投稿してきたのだけど、登録したのは2009年)

登録者数が200人未満なんて、有名YouTuberさんや
やたらに目立つ、芸人さんからYouTubeに参入した人とかからしたら、
再生回数も底辺だし登録者も増えないのに続けてる動機が不思議だろうけど、

自分にとって努力要らず…と言ったら語弊あるけど…で出来るのがギターを弾く事だから続けてるし続けられている。
ただ、自分の居る場所が住宅密集地で防音機能も無いので毎日弾けるわけでもないし、
一日に複数アップ出来ないという足枷があるので、もっともっと弾きたい。

そういう点では側からしたらマスターベーションではあるのだろうけど、
何事に於いても「上達・向上」するのは何よりも楽しい「快」であるので。
それがあるので続けられている。
今のところはギターを弾く行為は趣味でしかないのだけど。(元々2009年時点では収益化はされてなかった記憶があり、途中から自分のアカウントでも収益化が可能となり、その後再び規約が改定されて、収益化からは外されたのだけど、本来が収入を期待して始めたわけではないので、再生回数や登録者数は自分の役者としての知名度の低さを表していると思っているのだけど、勝手に周囲でYouTuberという存在が盛んになったりしていただけで、自分は無風状態でマイペースには変わりないのです)

今回書きたかった要旨は

「向上心持って上達・向上する事は楽しいし、生き甲斐の一つの側面である」

という事です。(でも睡眠時間削ってまで何かする、という事はないけど)

収入になる役者の方は、現在、身動き出来なくなる迄に、
「これまで、如何に実際的な努力をしてきたかしてこなかったか」
の途中迄の決算というか、現時点での総括として、
結局発信力の無い自分というものを痛い程自覚させられているので、
今出来る事はギターを弾く事が手っ取り早い「表現行為」であるので、そちらを優先しているわけです。

YouTubeは…収益化出来ずとも、たとえ観る人がおらずとも、

なるたけ曲数を多く、イメージとしては
「ギター版ジュークボックス」
のつもりで曲をギターで弾いて投稿しているのです。

FBでもマイスペースの頃も、やたらと海外からメッセージが来ていたし、海外からの視聴が出来ないのは不本意だ、と自分は思います。海外志向は昔からあるので。

で、これまで上手くやってきてたら書く事はなかったネット事情…

一時期芸能活動する人にとっては不可欠だったアメーバブログは、アメブロ立ち上げ当初から自分は始めたし(実は自分はインターネットに触れ始めた頃で、元々ITに詳しい姉に「ブログやりたい」旨を話したら、アメーバがいいのでは?というアドバイスに従ったまでだけど)

YouTubeは前述した通り。

InstagramもSNS化する以前からたまたまやっていた。

目の付け所は「たまたま」良かったのだけど、「要はその先」であり、「後から来たのに追い越され」という水戸黄門の主題歌を体現しているなあと…まあこれは、自分「先見の明ある」アピールです。隙あらばマウンティング。←今迄自己アピールというものを、皆無という程やってこなかった反動です!実際にはどーでもいいことっす。

ネット時代が当分続くのはこれに拍車が掛かるだろうから、めんどくさい…というか、色々と考えて刺激受けて学んでも、実地で活かせないのが歯痒い…

自分がギターを最初に弾き始めたのは演劇活動を辞めた後で、その時は、最初はローリング・ストーンズのタブ譜付きの楽譜を買って、
「ブラウンシュガー」
を観ながらやったけど、
ぶっちゃけタブ譜は数字が小さくて見にくいし、
自分にとってはめんどくさい事甚だしいので、
耳で覚えた方が早いという感じで、それは今なら尚更小さな字が見にくいので、音は耳で取るのが当たり前となってます。

後、ギターマガジンだかプレイヤー誌だかのタブ譜を一曲丸々覚えたのは、
クラシックの小曲を幾つか。
それはすっかり忘れたけど、
発表会とかあるのならば、それで覚えてしまえばいいので、タブ譜自体は無駄ではないです。
それを血肉とするのもその曲限りにするのも本人次第でせふ。

ギターに関しては、自分独自の考え方で長い事音程をイメトレしていたので、実際にはギターを持ってない頃に培った「相対音感」が基盤になってます。

脳と耳の間に音程聞き取り装置、マシンを装着した様なイメージ。

マシンで思い出したけど、

身体的にも精神的にも厳しいバイト仕事をしてた時は、

自分がロボットやサイボーグである、という思い込みをしてたら、暑さも寒さも凌げました。

人間の潜在能力を引き出す事や、限界突破していくには、やはり思い込み力の使い方だと思います。

と、言い切りにしたのは語弊あるので…

手掛ける事によって具体的努力が不可欠なのは勿論、あまりにも当然過ぎるので、それにプラスαとして付け加えるならば、という意味です。

イメージングは、プラスにもマイナスにも作用するので、
如何にその時々の状況なりに於いて有効なプラスのモデルを見つけてイメージして成り切るか、だというのが自分流の生き方と言えるのかもしれません。

表に出る仕事でなくても、様々な仕事の数だけは自負出来るとは思うので、これは追記だけれど、自虐的に書き過ぎたきらいがあるかなと。

これまで役者業は自分なりに頑張ってきたつもりだったけど、結果や広がりが全ての世界なので、そこはしっかり受け入れねばと思います。仲間内でわちゃわちゃやりたいわけではないのだし。
つまり、あまりにも計算諸々してこなかった、役柄さえきちんと演じれば良しとしていたのは自己満足なだけだったのかも…という点が反省大なので、
早くこの状態から脱したいというのが本音です。
なので、遊びたいというのはまずなくて、

やる事だけやって、兎に角結果を出して、
遊びはそれが達成された後かなと。

演劇学校に入学した当初に、某ベテラン新劇俳優さんでおられた講師の方が
「遊びの勉強みたいなものだから、楽しいよ」
みたいな事を言われてて、
だから軽い気持ちで入ってくる人は多いのだけど、
自分はストイックな面もあるので、その点ではまだまだ修業が足りてない、足りてなさすぎる。
だから世に出れてないのだ、と思う傾向が実はあります。

自分の人生の記憶は東京からなのだけど、
児童向けの伝記全集が家にあり、
嘉納治五郎先生やクーベルタン男爵などのスポーツ界の偉人やシートン、ファーブルといった、子どもが興味持ちそうな生き物学者や北里柴三郎博士といった医学者等々

物心ついた頃から伝記を読んで努力が大事という刷り込みがあります。

他の人と違う点は幼い頃の、この読書体験が基盤にあるのかもしれません。

今でも俳優という仕事について「自分には分からないから」という理由で読んでいて、
主に内外のエンターテイメント業界の人のインタビュー番組はほぼ欠かさず録画してるし、
本も買って読んでいて、
特に海外の人はミュージシャンにせよ俳優にせよ、自伝は訳し方にも理由があるのか知らないけど兎に角分厚いので、この時期に読めるだけ読みたいものです。

学生時代は勉強は興味が無かったから赤点ばかりで、そのせいで夏休みにも毎日学校に通っていたし、
前にも書いた剣道も、その時は気付かずにいた鈍感な自分だったけど、
恐らく入部を期待されていたのだろう、
毎日道場に自分一人だけ通って素振りをさせられていたり、
応援団でも毎日通っていて(応援団という言葉の印象とは少し違っていて、アクロバティックなダンスもあり、学校周辺の地元では花形で、体育祭後にはよく声掛けられてました)
その他にも文化祭の委員長もやってたりと、

帰宅部のくせして、夏休みとかは全然遊んでいなかった。(書いてるうちに思い出したから並べてみたけど、当時も今振り返ってみても、充実感というものはなかったです。思春期の憂鬱に囚われていたという事)
学校嫌いだったのに人より多く通わせられていたといふ…
せっかく自分を活かそうという先生方の期待に応えられなかったのは残念過ぎる自分だけど

YouTubeとかで勉強チャンネルを聴くと凄く良く理解出来るので、
人間はベクトルが上に向いていれば亀の歩みであらふとも伸びていくのだといふ事は確信してるので、
今は例え牢屋の中にいる感覚になろうとも、自己成長する機会としては打って付けであるので、
華々しい活躍は出来ないけど、
本来大好きであったかもしれない、幼少期から独自に学ぶのが好きであった勉強に励もうと思います。

役者としては、具体的に言い訳を書かないけど、不運は全て被ってしまったと思っているので、後は幸運しかないので、堂々とやるだけ。

役者は一般的に集中力あるのだけど、自分の場合、アンテナを尖らせたままだと感性が鋭敏なので、雑音(雑念)をも拾ってしまう。

毎日のギター動画をノーミスでやる事は、そうした妨害に打ち勝つメンタルを鍛える意味合いもあったりします。防音じゃなくて、外に丸聞こえだからこそ失敗出来ない、と自分を追い込む。

成人して来し方は、ネットもそうだけど、妨害が多い印象。

メンタル強化にはこの期間は打って付けだと捉えております。

サミー・ヘイガーと仲間達によるロックダウンセッションの3回目は、ヴァン・ヘイレンでの曲。

この出だしのサミーの掛け声を久しぶりに聴けて嬉しかった!!

ギターのヴィク・ジョンソンは元々ヴァン・ヘイレンのファンだったのか、凄く嬉しそう。

サミーのメインボーカルにマイキーのコーラスは、全く衰えてなくて、実に気持ち良い!!

そのベースのマイケル・アンソニーは、古巣のヴァン・ヘイレンではリーダーのエディーに散々な言われ様、扱われ方をされてきて気の毒だったけど、サミーとコンビになってからは、こんなにベースが上手いのかと(当たり前なのだけど)、楽しそうだし、本当にサミーの人徳は素晴らしいと思います。そして、マイキーの家の外はまるで、ドラマ「マイアミ・バイス」でよく目にしていた様な風景で、憧れる。

これはボブ・マーリーの曲。

今回はジェイソン・ボーナムが新たな面を見せてくれている。



最初に追記しようかなと思ったけどここに。

新たに知った人に一々説明するのもめんどくさいのだけど、仕方ない。

自分が「歌のメロディー」をエレキギターの単弦で弾くのは、マーティー・フリードマンのアルバム「TOKYO JUKE BOX」の影響。

簡単な曲ではソロギターぽく「ベース・コード・メロディー」を一本のギターで弾いたのも何本かアップしてます。

自分の基本はハードロックギターです。

日本でいうと、緩ポップの代表格、奥田民生氏も元々ハードロックのギター(マイケル・シェンカーとか)を弾こうとしていたそうだし、小山田圭吾氏もメタルギターに憧れていたみたいだし、

エレキギターというものにはよく言われる様に、男の子のオモチャ的な特性があるのだと思います。

YouTubeに速弾きギター動画を載せていた時に、ハードロックギターインストの最高峰、ジョー・サトリアーニや、今はアカウント作り直したのでフォローされてないけど、ジミ・ヘンドリックスにもギターを教えたという巨匠ジョン・マクラフリンにSNSをフォローされたのは、もっと大きな声でアピールしても良かったと思いました。

そもそもはボーカルとか、役者も主役しかやりたくなかったというのが本音だったし(今は違うけど)

元々は昔からフロントマン志望だったのだけど、裏方の美学や面白さを知った事や、声質が理想とする声ではなかったのでギターを上手くなろうとしたのも正直なところです。

ハードロックに限らず色々聴くけど、原点が80年代のメタル全盛期のギタリストをMTVとかで目の当たりにした事かなあと。

歌が上手ければ弾き語りも出来たらいいなとは思うけど、それにはアコギを手に入れてからだ!!

元々ギター弾いてたわけでないし、指を大事にしてもいなかったので、めちゃくちゃ指が太いので、ネックが細いエレキギターではコード押さえるのが割と苦手。

なんにせよ、限界設けない方がいい。

何事も限界なんてない!!

苦しい事もあるだろう。だけど苦しさから逃げてチャラチャラと楽な事ばかりしてても楽しいとは思わないですね。

インディーレーベルではあるけれど、自分の親族のツテにジャズギタリストさんがおり、

関根彰良さんというのだけど、上記の販売サイトでは左上に表示されているのが最新作で、4/22に届き、早速聴きました。

これまでのアルバムではジャズのビ・バップなフレーズが多く、基本のしっかりした凄腕の「ジャズ」ギターを弾く方だなと思っていたけど、

今作は最後から二番目のビートルズのカバー「Come Together」はソロフレーズをオーバーダビングしてると思うけど、

それ以外は全て「ソロギター」で、ジョー・パスを彷彿とさせる、まさにギターテクニックの極みを聴かせてくれる!!

ジャズのアドリブは一聴しただけではなくて、まるでクラシックギターの様でした。

ギターの技術の究極的な面では色々な意見があるとは思うけど、このアルバムで聴ける関根さんのソロギターは、ギターテクニックの究極の一枚に数えられるものだと思います。

ある意味極められているギタリストさんでも、需要が無いとインディーレーベルからのリリースとなってしまう…

自分の役者業だけでなく、表現、エンターテイメントの世界の厳しさ、理不尽さをも感じさせ、またしても考えさせられる…

兎に角、ギター好きな方や音楽好きな方には迷う事なくお薦めしたい一枚です。

イングヴェイはインスタストーリーで、一般の人のイングヴェイコピーやネオクラシカル演奏を公開してます。昔のイングヴェイからすると、かなり寛容になった印象ですが、スウェーデンから単身渡米して戦ってきたイングヴェイは、如何に天才でも、プロの世界はどんな業界でも甘いものではないので、相当に気持ちを戦闘体制にして武装してきたのでしょう。自分が見た感じでは、スティーヴ・ヴァイとのイベントでの共演が増えてから変化してきた様に思いますが、実際のところはどうなのでしょう?

兎に角イングヴェイがエレキギター界にもたらした革命的奏法、そして可能性を大幅に広げた功績は、今の10代のキッズも魅了してるのを、彼のインスタストーリーを見ると感じられます。

自分はネオクラシカルはハードル高くて苦手意識が強くあるので、挑戦しません💦

この時期は、ちょっと色々と勉強して地力を付けたいので、ツイッター見ないので情報に弱くなるだろうけど、

それよりも、情報よりも自分の価値を高め、引き出す為に勉強したいので…

正直、身の置き所の無い程に、これまで怠けていた分を取り戻さずにはいられない、仕事したくて堪らないので、まずは自分第一にしたいのです。

何かご要件のある方は直接LINEなり、メールにて。

yoshipiyo313@yahoo.co.jp

良かったら今後共宜しくです。

追伸・YouTubeのコメントに、かなり後から気づいたのですが、弾いて欲しい曲のリクエストもあったのに、全然気付かずに申し訳ない事をしたなと反省してます。

今は役者仕事が出来なくてめちゃくちゃ悔しいですが、YouTubeのギター演奏、そして機材が揃ったら曲作りしたいです。

人間、何事に於いても飛距離を伸ばし、人としての可能性を伸ばしてこそ、大きい事言いますが、人類史に貢献出来るものと思います。

皆さんも立場により大変さは違うかとは思いますが、免疫つけて、コロナを乗り越えて、出来る事なら笑って人生を有意義なものにしましょう。

今回は命に関わる事なので、本当に袖すり合うも…袖すり合う距離感はダメですが…お互いに思いやりで接して、参りましょう。

ツイッターを辞めた原因は、枕詞の様に観てもいないのに「メディアが云々」とか高齢者を蔑ろにする人達が物凄く目立つのと、デマの蔓延etc

一人暮らしのお年寄りの方がどんな気持ちで過ごされてるのか考えた事ありますか…

自分は接客業してた頃から、雰囲気や態度や眼差しなどから、スピードよりもその人その人に合った対応を心掛けていたつもりです。

例えば芸能の世界やどの世界でも出世競争が付き物で、それは弱肉強食の世界であるわけなのだけど、譲り合ってると自分がバカを見てしまう…けど、困っている人、心優し過ぎて図々しく出来ない、それこそ日本の美徳とされてきた事が染み付いている人が困ってしまうのが現代に見られる日本の姿…かもしれない。

人によって境遇は様々なので、決めつけないで優しくいよう。

ハリウッドのドル箱シリーズ、マーベル・ヒーロー物は、手塚漫画と同様で、ヒーローはほぼ全て、ハンディキャップを持っている。

だからこそ、ヒーロー足りえる…それは分かりやすいキャラクター造形なのかもしれないけど。

オリンピックを無くせという声が大きいし、それに非を唱えるのは誤解生みそうだけど(努力した人が努力してない、または失敗したとしても、何かに打ち込んだ事の無い人や努力自体をした事がない、してなくても良いけど「人の気持ちを推し量れない人達」によって馬鹿にされて嘲笑われ、背中に匿名アカウントによって石をぶつけられる醜悪な光景を沢山目にしたので、日本の民度、思いやり、人の心は何処へ??と絶望的になった)

人生をその事に賭けてきた人の気持ちを推し量らないと、と思います。オリンピックに関してはたまたま書いたのだけど、クーベルタン男爵が創設した原点に全てがあるから、初心に帰る事。

「天網恢恢疎にして漏らさず」

「お天道様が全てお見通し」

修羅場と化したツイッターを始めとした匿名アカウントによるインターネットの無法地帯化に思う。

昔から伝わる天国では向かいの人に長い箸で食べさせてあげて、

地獄では我先に長い箸で食べようとするから食べられない

などなど、

「因果応報」を説かれた説話が多いですね。

横文字の新しい言葉の「ソーシャル・ディスタンス」

人の邪魔をしない。お互いに。お互いを尊重する事。

時代が変わっても、大切な事はずっと変わらない、忘れてしまうだけなのだと思います。

誰も見てないからいいや…と思ったら、お天道様が見ている、と思い出す。

きちんとした宗教の教えの無い日本だけど、

古来からの言い伝えの中に、口伝えで大切な事が伝えられてきたのだと思うので、それらを思い出す事かなと考えたりもしてます。

蛇足が長く説教みたいになってしまったけど、一人のとある方の姿を見て、色々と考えてしまい、書かずに居れなくなったのです。

元気があれば何でも出来る!!

「みずです!みずです!みずです…」

もうね、各自治体が「和歌山モデル」みたいに国から独立して、早急にロックダウンして全員検査みたいにして、中央にプレッシャーかけてかないと、ズルズルと後ろ倒しになっていって、いつまで経っても収束宣言なんて出せない。

こんな相方欲しい!

この時は、同じ猪木チャンネルにある、愛弟子の藤原喜明さん達と会食した後なのかな?

100万人に一人という、家系(DNA)による奇病と闘っておられて、その薬がかなり高額なので、本当は家から出掛けたくないのに…とこぼしつつも、

コロナで先行き不透明な世相に対して、まずは「気持ち」からだ!と、某学校の卒業生への言葉を。

猪木さんが座右の銘にして、生きる支えにしてきたのは、ブラジル時代、少年期に祖父から掛けてもらった言葉が基礎になってると、他の動画で話されてました。

この学生達もそうだけど、社会に出てつまずいて転んで痛い目見たり、チャンスと巡り合って死にものぐるいで格闘したり、

そういった血肉になる事を実体験しないと猪木さんの言葉も腑に落ちないかもしれない。

今はバーチャルなリモートワークやリモート飲み会が盛んだけど、

少しでも早く、実体験を積める日が来ます様に。

ネット上で広く知られている、

「でも、幸せならOKです!」のにいちゃんも、

「自己防衛おじさん」も、

動画で観れる!!

途中ひろゆき氏の「嘘を嘘と見抜けないと、掲示板は使えない」という発言が挟まれてるけど、

今のツイッターランドは、嘘を嘘と、ユーモアで書き込むのではなく、

平気でデマを信じ込んで垂れ流している人達がかなり多くて、日本の教育制度が機能してなかった事や、匿名性で何でも脊髄反射的に書いたり、

世相に対して撹乱する情報と言えないデマとしか言えない事を平気で書き込む人が増えていて、

世も末感がハンパないです。

リテラシーとか吹っ飛んでます。

でも自分は「お天道様がお見通し」「天網恢恢疎にして漏らさず」という言葉を信じて生きて参ります。

世界の終わりの日にも木を植えるおじいさんの様に生きたい。

電波少年は色々な無茶振り企画として実施されたけど、なすびさんのはよく観てました。

芸能人が仕事でやってたんだから!

と、これも脊髄反射とバイアスで距離取る前に、想像してみたらいいと思います。

なすびさんも触れられているけど、やむを得ない仕事で出勤している人達は自分の家族もそうですが…そこにもちゃんと触れていて、苦労体験が活きておられるなあと思います。

YouTubeでも増えてますが、自粛する必要ない!と好き勝手やってたら、この国はいつまで経ってもこの状態のままです。

各自が勝手な判断をYouTubeやツイッターで振りまいてるけど、匿名でない、顔出しされてる人も、

「責任は120%とりません!!」

これだけは確かです。

自分は今は勿論、仕事の案内も遊びの誘いも全て断ったりスルーしてます。

ツイッター辞めたのは、耐えてる自分にとって、気持ちを逆撫でさせられる事をやたらと目にするからというのもあります。

インターネットの「負」の側面だと思う。

革命なんて要らない。

憲法に定められている通り、国民の義務である投票行為をこれまできちんとしていたら、きちんとした代議士が国政の場にいた筈。

自分もどんな状況でも楽しみを見つけたり作って過ごす事を、拘束のキツイ仕事や不便な土地でしてきました。

もう一度書きますが、国がコロナ封じ込めに成功した韓国や台湾の支援を受けるつもりがないなら、各自が「和歌山モデル」を見習って勝手に出歩かない事が大前提にあると自分は考えてます。

そうでないと、いつまでもこのまま。

個人としてはいつ、いかなる時でも希望を持ち続ける事は非常に大切だと考えてるし、それには芯の強さが必要。

兎に角デマとしての自粛不要論は、個人的には厳禁だと強く考えてます。

ネットリテラシーを今一度心に問いましょう。

バーチャル全盛な現在だからこそ、ネットでの発言は慎重に、です。

それと、ネット民に一々言いたいけど、時間の無駄だからスルーしてるけど、

テレビに対してあーだこーだ言うけど、

テレビで政権批判したら安倍が電凸して「お前の会社潰すぞ!」と恫喝してる事くらいは周知の事かと。

情報の格差が酷すぎるし、各々の立場に都合の良いバイアスかけて勝手な事ばかり言ってるので、

ほとほとウンザリ。

自分は自分の人生歩むので、邪魔なものは排除するし、関わらないでほしい。

不屈の魂。

人を支配しようなぞとは夢にも思わぬ事です。

これは真実。真実というのは、何も隠されたこの世の秘密とかではなく、あなた方が単に経験してない、怖くて避けてきた事どもだ。

テレビやSNSでは、綺麗なインフルエンサーとかが目立つけど、

失敗を怖がってたら一歩も前には進まないし、SNSで間違った事を書いて誤誘導したなら謝るとか、要は何事も誠実に受け止め、誠実に対応する事で信頼されていくのだし…

て、ネタ投稿に真面目コメントするのもなんだけど、映画や伝記や小説、エッセイを観たり読んだりすると、あの人もこの人もみんな手痛い失敗を沢山たくさん、山ほどしている。

今は失敗でもその先の成功でも、その様な経験をしたくとも、動けないのでなかなか経験値が増えないというジレンマにあるけど。

この機会には読書や映画鑑賞すると、人生が豊かになるので、自分はそうしてます。

成功する為には手段を選ばないというのも、その裏には色々とあったのだろうな…と想像する必要はある。だから「ジョーカー」にしろ、「スターウォーズ」の所謂厨二用語で使いたくないけど、ダースベイダーが闇落ちした逸話が人気あったりするのだし。

基本的な自分の考えは、「天は自ら助くる者を助く」です。

救世主がこの世を救うなんて事はない。

ですよね。

国のトップにリーダーシップが無い事は致命的で、幾ら三密を避けて自粛していても、

国民は馬鹿だから忘れるという姿勢だと、なし崩しに自粛が解けて、政策も何もあったものではなくなり、国家体制は現政府によって壊滅してしまう。

基本的に武道や護身術は、女性にこそ身につけてもらいたいもの。

YouTube検索してたら表示されて、一見して韓国人かな?と思ったら日本語の字幕が流れてたから、日本人か…と思ってグーグル検索したら、韓国人YouTuberとの事。

最近のストレスは、下手に日本語出来るのに意思疎通が出来ないことにあるので、

もはや最初から他言語の方が情報量がカットされるし理想だなと思ってる。

周囲に人のいない「こんな所に一軒家」みたいな場所に住みたい。

勿論SNSなんかやらない。やるわけが、ない!!

ストレス!!

自粛してるからストレスがあるわけではない。

馬鹿ばかりなネットを開くとそこはストレスの海、いや、ストレス大バーゲンの宇宙だからだ。

ここはわざわざ開かないと目にする事もないから書いてる。

わざわざ検索して目にして不快感覚えても知らん。

日本のインターネット、SNSは、もはや壊滅したと思ってます。

何処が言霊の国だよ…

最近読んだ漫画「剣豪 柳生十兵衛 一千年の呪いの幕開け」の、盤石の幕府を作ろうとする三代将軍家光と、日本を闇の世界に堕とそうとする、虐げられてきた某一族との攻防が非常に示唆的であった。

江戸時代より21世紀現代の日本の方が、国の中枢が脆弱だという事実。

漫画や映画や小説諸々、娯楽とされるものから学べる事は多い。

何故なら、表現者とは現代の預言者と言える様なアンテナを研ぎ澄ましているし、物語の展開や人物の思考、行動を予測していると、普遍的な法則なりが見えてくるから。

「古典を読め」と常に言われてきたのはそういう事なのだろう。




































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