第一章 脱出 五
昼頃になると、親戚が集まる音がしました。
近所の従兄弟達四人がいつも通り二階に上がって、俺の部屋に来ました。
俺の部屋の扉は階段を上がってすぐ目の前にあったので、扉は開いたままだったし、従兄弟達が階段を上がって来るのがベッドの上から見えました。
「あけおめー。今日は寝てないんだ」みたいな事を、生意気な口調で従兄弟の颯が笑いながら俺に言ってきました。俺は颯が来た事に安心しましたが、無視しました。
「あけましておめでとう。お年玉いつになったらくれるの?」って颯の妹の華が聞いてきた事を覚えています。後ろめたさを感じました。
俺は華を見て「もう少ししたらね」とだけ言いました。
颯は「もう少しっていつだよ。無理だろ」と笑ってきました。
真子と正樹も正月の挨拶をして来ました。俺は正直颯以外はどうでもよかったので、適当に挨拶をしました。
「颯、おばあちゃんがお前だけ来いって呼んでたよ」と俺は颯に言いました。
颯は意味が分からないという声を出したけど、すぐに「お年玉かな」とか言って一階に向かいました。他の三人も行こうとしたけど、俺はその三人に声を掛けました。「颯以外は来るなってさ」とでも言ったかな。
「はぁ? なんだそれ」って正樹は不満そうに俺に言ったんですけど、俺は朝方考えていた事を実行しようと思いました。
「夕方になる前くらいに、叔父さん達置いてコンビニまで散歩に行かない? 付いてきたらお年玉やるよ」って正樹、真子、華に言いました。
「お年玉くれんの? てかバイトしてんの?」って正樹は聞いてきました。
俺が金があると言うと、真子も華もお年玉が欲しいと言ってきました。
「じゃあ十五時になったら颯を置いて散歩に行こう。颯にはお年玉をあげたくない」俺は三人に言いました。
「やった。了解。颯抜きね」と無邪気な正樹は言っていました。
「お兄ちゃんには内緒」とか華は笑っていたかな。
俺は、こいつらはなんて単純なんだろうって思ったんですけど、真子は五つ年下、正樹は七つ年下、華なんて八つ年下で当時九歳でした。まだ子供です。俺以外は皆年齢が近かったんです。
俺は、最初従兄弟を皆殺しにしようと思っていました。でも、まだ未来のある、俺にそこまで害を与えていなかった三人は殺したくないとその時思ったんです。三人はその後すぐに一階に戻って行きました。
前年と同じく、十三時位になったら華が申し訳なさそうに俺の部屋に顔を出しました。
「優希君、おばあちゃんがみんなに挨拶に来いって、一階に来なさいって呼んでるよ」と華は俺に声を掛けてきました。
俺は去年布団の中で怯えていたけど、その日は大人しく華についてすぐ一階に向かいました。
華が、俺がすぐについて来た事にびっくりしていた事を覚えています。
「嫌じゃないの?」と華は俺に聞いてきました。
俺は、華が少しでも罪悪感がある様子なのが嬉しかった。この異常な連中の中で、まともな思考が育つ事を俺は願いました。
俺が一階の居間に入った瞬間、祖母が「あけましておめでとう。今年もよろしくね」って笑顔で大きな声を掛けてきました。朝と大違いです。祖母のこの二重人格のような豹変には慣れていましたけど。祖母は外面だけは良かったので。
同居時代、俺にセクハラをしてきた小崎家のロリコン叔父は俺に向かって何故か拍手をしてきました。苛つきましたが、その時は無視しました。
母親はいつも通り俺を無視してきました。
小崎家の叔母は「ヒッキー、やっと降りて来た」とか言って俺を笑って、三谷家の叔母は苦笑しながら気まずそうに「おめでとう」とか言って、その夫の母親は「お年玉いる?」って嫌な笑いをしながら俺に声を掛けて来た事を覚えています。
三谷家の叔父と俺の祖父は始終無言でした。俺は、俺を精神科に連れて行けと昔言っていた三谷家の叔父の事が苦手でした。でも今日で全て終わりだと思ったら、少し安心しました。
その時居間を見渡したけど、例年と同じく祖母と仲の良くない祖母の弟夫婦だけが来ていませんでした。弟夫婦は隣町に住んでいて、祖母の弟の隆二叔父っていう、叔祖父は俺に昔優しくしてくれたんです。俺は実家を燃やして親と祖父母と親戚を殺した後、警察に捕まる事もなく、この時現れなかった叔祖父夫婦の家で暮らして、通信制高校に転入して卒業をして、今一人暮らしをしています。
その時生き残った従兄弟のその後? 本当に詳しくは知らないんですよね、噂で色々聞いたりはしたんですけど、あまり覚えていません。
あ、はい。続きを話します。
「あけましておめでとう。今年もよろしくお願いします」って俺は居間の扉の所に立って、その時久しぶりに一同に挨拶をしました。
皆驚いた顔をして一瞬沈黙した事を覚えています。
祖母が「あんた何言ってんの、珍しい。ちゃんと挨拶出来るようになったの」とか言っていました。
ロリコン叔父は「偉いよ」と笑いながら俺に声を掛けてきました。気持ちが悪かった。
俺は親戚に「もう戻るね」と言って二階に戻ろうとしました。
「おせち食べて行きなさいよ」とか祖母は俺に言いました。
俺が人前で食事するのが苦手な事を知ってるくせにです。
俺が親戚の前でも食事が上手く出来ないでいるのを、三谷家の叔父が見て精神科に通わせろと母親に言ったくらいです。親戚中、俺が人前で食事が出来ない事を知っていたと思います。
俺はその時祖母に「お腹空いてない」って言い訳をして、二階の自室に戻りました。
十五時に近付いたら、正樹が階段を登って俺の部屋に来ました。
「散歩ってさ、外寒いじゃん。今ここでお年玉くれないの」とか、こう聞いてきました。
「俺が久しぶりに外に出る手伝いをしてくれたら、あげる予定だった」俺はこんな事を言って誤魔化しました。
正樹は納得したようで、新作漫画を買って欲しいと俺にねだって来ました。
「分かった。でも少し遠くまで出てみたいから、遠くのコンビニでいい?」って俺は聞きました。遠くに連れ出す事で少しでも時間稼ぎをしたかったからです。
「どこのコンビニ?」って正樹は聞いてきました。
「消防署の向こうのコンビニまで」俺はこう言いました。
「遠すぎない?」正樹は聞いてきました。
「ついでに皆で河原で雪合戦でもしようよ。勝った人に一番多くお年玉やるよ」と俺は必死に嘘を吐いたら、正樹は納得してくれました。
「勝ったら全部そいつのお年玉にしてよ。お年玉全部俺のものね」とか正樹は言いました。
「いいよ。そろそろ支度してこいよ。颯には言うなよ」って俺はベッドから立ち上がって、財布の入ったボディバッグを背負って出掛ける準備をしました。
ボディバッグの中の財布には、五百円玉を何枚か入れておいていました。
これは事前に祖母の貯金箱から盗んでいたものです。俺は小遣いがないから、たまにこうして祖母の定期的に貯めていた貯金箱から、五百円玉を盗んでいました。盗む方法は簡単でした。細く切った下敷きを五百円玉投入口に入れて、上手く五百円玉を下敷きの上に乗せたら、それをゆっくり引き出すだけです。少しずつ抜いていたので、祖母は貯金箱の中身の減りに気付いてないみたいでした。
この方法はこの頃見つけたものだったんですよ。もっと早くに気付けばよかったと思いました。そしたら貧乏な生活をせずに家出も出来たかもしれない。
俺は外行きの格好で一階の居間に顔を出して、扉の一番近くに座っていた三谷家の叔母に声を掛けました。
「ちょっと正樹達と雪合戦する予定になったので、近所の河原まで行ってきます」とか言いました。
正樹の母親はかなり驚いた顔をして、「河原? あんた外に出るの? 正樹も行くって?」とか聞いてきました。そりゃあ引きこもりが久しぶりに外出しようとしているのに驚かない方がおかしいですよね。
「うん。正樹から言ってきたから」って俺は嘘を付きました。
叔母は少し思考していたけど、俺に向かって「わかった。外寒いから気を付けるんだよ。真子も行くの?」って聞いてきました。
俺は真子を見て「行くんだよね?」と念の為聞きました。
真子は居間の椅子に座ってお茶を飲みながらこっちを見て「行くよ」って言ってくれました。俺は安心しました。
「あんたたち、行くならあったかくして行きなさいよ。風邪引かないように」って叔母は真子と正樹を見て言って、「よろしくね」って最後に俺を見て言ってくれました。
「了解です」俺は叔母にこう言いました。三谷家の叔母を殺す事に若干罪悪感が芽生えましたが、計画をこれ以上狂わせる訳には行かないと思って、居間に向かって声を掛けました。
「俺についてくる人ー」って声を掛けました。
「はい」華も正樹も真子も返事をしてくれました。
際に座って一人ゲーム機で遊んでいた颯だけが「は?」と睨みつけながら俺を見てきました。
「颯は来るな」俺は言いました。少し緊張しました。
「なんで。どっか行くの? お前。引きこもりが?」とか颯は俺に向かって聞いてきました。
「お前が大人しく家で待ってたらご褒美やるよ。さぁ、もう俺行くからね」って俺は颯を無視して他の従兄弟達を急かしました。
颯以外の従兄弟達は上着を着て俺の後についてきました。颯だけ上着を着ずに玄関までついてきて「お前らみんなで行くの?」って聞いてきました。
「そうだよ。お兄ちゃんは家で待ってたら優希君がお年玉くれるって」とか華はブーツを履きながら笑って颯に言っていました。
颯は訝し気だったけど「俺寒いし行かねぇし」とか言って、結局居間に戻りました。
俺は従兄弟三人と家の外に出ました。小さな三人を連れて消防署の向こうにあるコンビニまで歩いて行きました。
途中何処のコンビニに行くのか知らなかった真子と華が、何処に向かってるのか聞いてきたけど、正樹が全部事情を説明してくれました。華は雪合戦を楽しみにしてるようで、真子は面倒くさいとか言いながらも、大人しくついてきてくれました。
俺はコンビニで、正樹に発売したての漫画を買ってやりました。
真子と華もジュースが飲みたいと言ったので、買ってやりました。
その後は約束通り河原に行って、四人で雪合戦をしました。河原は祖父母の家の近所の河川敷の事です。近所の海に向かって流れてる川に沿って公園みたいに広い土地が広がってて、その上を一部道路が覆ってる場所です。河川敷には雪が沢山積もってました。誰かが犬の散歩をした跡だけが残ってて、ブーツでも歩きにくかった。途中で真子が「本当にこんなとこで雪合戦するの?」って聞いてきたけど、正樹が「お年玉もらえるんだよ」って言って譲らなかったので、俺は正樹の馬鹿さ加減に助けられました。
四人で雪合戦を初めて間もなくして、消防車のサイレンの音が聞こえてきました。
「消防車だ」正樹がまず初めに上の道路を見て声を出しました。俺も道路の方を見ました。消防車は河原の近くの祖父母の家の方向に向かって行きました。
「おばあちゃん家の近くじゃねぇ?」正樹は俺にこう聞いてきました。
「そうかもね。そろそろ戻ろうか? 寒いし」俺は正樹に言いました。
「おばあちゃん家が燃えてたらどうしよう」正樹が笑ってこう言っていた事を覚えています。「ていうかお年玉。まだ勝負決まってないよ」と正樹が言ってきました。
「そもそも雪合戦で勝負って決まるの? お年玉は家に帰ったらみんなにあげるよ」俺は適当に言いました。
正樹は不貞腐れながらも納得したようでした。
「もう遅いし帰ろう。風邪引いたら困るしね」俺は暗くなってきた空を見て言いました。ジャンパーのポケットに入っていた携帯電話を確認すると、もう十七時でした。
三人を見ましたが、三人共納得した表情をしていました。真子なんて随分前から帰りたがっていたし、皆寒さで顔が赤くなっていました。
俺は三人を連れて祖父母の家に向かいました。祖父母の家の近所の住宅の前を通っていると、家から人が沢山出てきて祖父母の家の方に向かって歩いてるのを見ました。
「優希君」俺は突然近所の叔母さんに声を掛けられました。「あんたたち家の外に居て本当に良かった」と言われました。
俺は従兄弟達三人を見ました。三人は不安そうな顔をしてお互い見つめ合って、俺を無視して急いで祖父母の家まで走って行きました。
俺はその後を追うように、でも焦らずに、ゆっくり歩いて祖父母の家の前まで行きました。
住宅街を曲がったらそこには祖父母の家があります。庭が広くて、壁が白くて青い屋根で二階建ての、近所では一番大きな一軒家です。家の前には車が二台分入る大きな車庫があります。
俺は祖父母の家を見ました。家の前には消防車が停まっていて、急いで消火活動をしていました。祖父母の家は白い壁が真っ赤に染められて、所々黒ずんでいました。家は巨大な炎に包まれていました。
従兄弟三人は祖父母の家の前で、何か叫びながら救急隊に止められていました。華は泣いてました。
俺はそれを遠くから黙って見ていました。心の中で安心してました。
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