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「日常生活」に必要な言語と「学習」に必要な言語(BICSとCALP)【297】

 私たち夫婦が家族でオランダに移住すると決めた時、「新しい言語圏で暮らす」ことが子どもにどんな影響があるのかを知る必要があると思い、子どもの言語習得について学ぶことにしました。
 そこで分かったのは、子どもが外国に暮らし、その国の言葉を第二言語として習得する場合、生活で求められる言語能力(生活言語)と学習に求められる言語能力(学習言語)は、それぞれ習得するまでにかかる年数が異なるということでした。

 一般的に、教科学習に必要な「学習言語能力(CALP)」は、日常会話に必要な「生活言語能力(BICS)」よりも習得するのに時間がかかるとされています。
 実際に、私が日本語学習のサポートをしている生徒に当てはめて考えてみると、小学校高学年でオランダに住むことになったその生徒は、こちらに来て3年ぐらいになりますが、学校では英語で学んでいます。その生徒の話によると、友達との会話での意思疎通ができるようになってきたものの、授業で先生が説明がしていることやプレゼンをする時はまだ分からないことがあると言っていました。確かに、学習言語に関しては専門用語や概念的なものも出てくるので、日常会話で必要な語彙力よりも高いものが求められるのだと思います。

両言語の基盤はつながっている

 かつては、子どもの頃に複数の言語を学ぶことはデメリットしかないと考えられていたようです。その元には「分離基底言語能力モデル」という考えがあります。これは第一言語と第二言語が相互に影響し合うのではなく、どちらかの言語がもう一つの言語の発達を妨害するという考えです。
 この例えとして用いられるのは、2つの風船があって片方が膨らむとそのもう片方はしぼむというイメージです。仮にこの考えを支持する場合、その子の母語を否定し現地の言葉を優先的に身につけさせたり、日本の家庭で英語教育に力を入れるために子どもに話しかける言語を急に英語だけにしたりすることなどの取り組みがあります。しかし、これは本人にとって非常に強いストレスを生み出してしまうことが今では分かっています。どの言語を使う場合でも、その子のアイデンティティーに関係します。
 時間が経過するとともに研究が進み、これまでの当たり前が変わることもあります。そのため、私たち大人はそれを常に把握しておく必要があります。
 結論としては、どちらかの言語習得だけに焦点を当てるのではなく、どちらの言語もバランスよく発達できるように環境を整える必要があるということです。

 第一言語と第二言語の言語能力は、それぞれが別個に存在するわけではありません。それぞれの言語に共有する部分が根底にあり、第一言語の発達が第二言語の学習を助けることがあります。例えば、第一言語で算数の掛け算の概念が理解できていれば、第二言語で学習した時に理解しやすくなるというものです。特に、数学などの概念的知識や学習態度などは両言語間で転移しやすいとされています。
 また、第二言語を習得している際には第一言語の発達度合いが影響してくるとされています。

 子どもが2つの言語(それ以上もいる)を習得する環境にいる場合は、そのどちらの言語能力も引き上げていかなくてはならないため、保護者も子どもどちらにとっても大変かもしれません。そのため、保護者がどのような環境を整えサポートするかをじっくりと考えなければいけません。大変なこともたくさんありますが、子どもの間に複数言語を身につけることは、思考の広さや他者への配慮などを身につけることができるというメリットもあります。そういったメリットを最大化し、デメリットをなるべく小さくできるような環境整備が求められます。

<参考文献>
・中島和子『バイリンガル教育の方法ー12歳までに親と教師ができること』(アルク選書シリーズ、2016)の「カミンズの相互依存仮説、敷居仮説(1979)およびBICSとCALPの概念(1984)」より

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