![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/104691681/rectangle_large_type_2_208e0f624efb062cce8d0f5558fbc791.jpeg?width=1200)
SMよ、人生をひっくり返してくれ⑫ 鞭道場ゲルニカ
バラ鞭、基本姿勢から教わる
鞭の打ち方を教えてほしいです。そうお願いすると、あっという間に黒いTバック姿のオーナーが召喚された。
「さ、さすがにいきなりオーナーさんは・・・、恐れ多くて打てませんよ」
うろたえる私に、ユリカ様はこともなげに言い放った。
「大丈夫ですよー。ヤンさんはMだから」
そのやりとりを見ていた別のS嬢様が、「そうそう」と調子を合わせた。
「他のお店はSのオーナーさん多いんですけどね、この辺じゃウチはめずらしいみたいですよ」
これはラッキーだから素直に波に乗れということだろうか。
そうこうしているうちに、「はいどうぞ」と太い声。
足元を見ると、四つ這いになったオーナーの大きなお尻が存在感たっぷりにこちらに向けられている。今立っているスペース――来店時に気になっていたフロア中央の空間は、Mの方がお仕置きを受けるためにあったのだ。
プロレスラーのようにガタイのいいオーナーのお尻は、Tバックの布の少なさもあって肉の的が広く、打ちやすそうだった。
鞭には主にバラ鞭と一本鞭があるが、「とりあえずバラ鞭でやってみましょうか」と、ユリカ様がお手本を見せてくれた。教材となったのは、ベージュで柔らかめの革製、穂は10本前後はあるような鞭だ。
身体は、的に対してやや斜めに構える。具体的には、利き手とそれと同じ側の足を的に向けて、反対側の足は軽く後ろに引くのだ。ざっくりだけど、フェンシングや弓道の構えに似ていなくもない。
「鞭は、利き手で柄を持って、反対側の手で穂の先をやさしく支えてください。本当に落ちないようにそっと添える程度です」
鞭は両手の間で直線に保たれ、長い剣のようになった。胸を張って鞭を斜めに構えるユリカ様は、気高く美しい。ユリカ様だけでなく、ここにいるS嬢様たちは皆さん姿勢がとてもきれいだった。姿勢、すごく大事だ。
ちなみに鞭を構えるポイントは、柄と穂が一直線になるように向きをそろえることだと言う。
「柄の根本が曲ってると、鞭が痛んじゃうんですよ。特に一本鞭は痛みが激しいので、バラ鞭のときから変なクセを付けないように気を付けることが大事です」
なるほど、だから最初にバラ鞭で練習なのか。オーダーメイドでつくるほどの大切な商売道具、長く使おうとするS嬢様たちの想いが垣間見えた。
そしていよいよ、その美しい悪魔が放たれる。
「鞭の動かし方は・・・、穂先をゆっくり引きぬいて、手首をすっと落とします」
「すっ」と言った瞬間、ユリカ様の手首がくるっと裏返って穂先が宙を舞い、パシャッとオーナーのお尻に落ちていた。「うっ」とくぐもった声がする。先のバラけた鞭ではあるが右のお尻にまとまって落ち、適度な刺激があったようだ。
ここは運動部か
「さぁ、やってみましょう!」
ユリカ様が満面の笑みで、私に鞭を握らせる。
おそるおそる言われた通りにやってみると・・・
シュパッ
お尻が、気持ちよく鳴った。
「あ、いい感じです」
オーナーが評価してくれたが、その声はM男さんのそれというよりちょっと冷静で、フィットネスジムや野球のコーチのような育成の色合いをまとっていた。まるでピッチャー候補生が、キャッチャーのミットにまっすぐ球を投げ込めたときのような。
「ありがとうございます!」
私もうれしくなって、運動部員のような声を上げてしまった。
ここからは、打つ、評価、打つ、評価。
なるべく穂の先が当たるのがいいらしい。あまり根の部分が当たると、ただ単に痛いだけのようだ。
オーナーは見えずとも、穂先の当たった位置で私の立っているポジションがわかるのか、
「あと半歩後ろに下がってください」
「近づきすぎ」
など的確な指示を出す。
その度に私は、
「はい!」「これで合ってますか?」
など確認を取りながら、全神経を集中させて特訓についていった。
気が付けば、私たちの周りに他のS嬢様たちも見物に集まっている。美しいみなさまが集まると、花に群がる蝶のようだ。
「ここにいる子たち、みんなヤンさんのお尻で練習してるもんねー」
とユリカ様が言うと、別のS嬢様がうしししっと不敵な笑みを浮かべて
「あ、そういえばこういう使い方もできるんですよ」
と私が持っていたバラ鞭の先を、首筋からお尻に向けてさわさわとゆっくり撫でおろしていく。
「はあああ~」
と身を震わせるオーナー。
「これやると気持ちいいらしいんですよ」
黒髪を京人形のように垂らしたその人は、新しいいたずらを教えるようにうれしそうに笑った。
ちなみに、鞭は強弱をつけて打てたほうがいいらしい。
「いいなぁ、私弱いのがうまく打てないんですよ」
とため息をつく蜜さんに、
「え、強いのだけじゃダメなんですか?」
と尋ねると、
「ダメなんです。受け手の方は、同じ鞭だけど痛かったり痛くなかったり、気持ちよかったりして『次は何が来るんだろう』と読めずにドキドキするのがいいんですよ」
とのこと。毎回、同程度の痛みだと、受け手の精神状態もマンネリ化してしまう。予測不能な状況をまるごと相手にゆだねてこそ、完全なる支配が確立するのだろう。SMとは本当に精神的な作業だ。
プロのオーナーとは
そしてオーナーは、Mであり、S育成コーチであり、やっぱり店のオーナーだった。
こうしている間にも、お客さんが続々と来店する。
オーナーはお尻をこちらに向けながら、顔は壁を向いている。ちなみにその壁は鏡張りだ。オーナーは鏡越しに客入りを確認しては、フロアのスタッフを呼びつけて人員配置を変更したりしていた。
お尻を丸出しで床に這いつくばり、従業員に鞭で打たれながら。
これをプロと呼ばずして、何と呼ぶのだろう。
(ヤンさん・・・すてきです!)
私はその想いを鞭に託し、振り下ろしまくった。
その様子を見守っていたユリカ様が「ではそろそろ、こっちにしてみましょうか」と別の鞭を持たせてくれた。
黒光りする、蛇のような一本鞭。
SMの世界に飛び込んだ動機は、怒りの練習や虐待の後遺症克服のつもりであったが、正直、このお店でそれを期待してはいなかった。Mの方とコミュニケーションするための技術習得が目的だったからだ。
しかし、この一本鞭が、私の心の扉を再び開けることになったのである。
(続く)
いいなと思ったら応援しよう!
![吉野かぁこ](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/1105848/profile_8c3c9320ed73ffa5e5eb462bf4c16269.jpeg?width=600&crop=1:1,smart)