【小説】カホさんとポーターくん 🍃その2 旧車買うよ
そもそも、カホさんは車を持ってなかった。
自動車免許自体は、大学在学中になんとか取得した。「なんとか」だったのは、卒業するまでに何度か試験に落ちたからだ。
カホさんは、自動車学校は「車の仕組み」を教えてくれるんだと思っていた。ところがそんなことはなく、「車の運転」しか教えてくれなかった。
何事も本質的に納得しないと前に進めない(面倒な)たちなので、運転していても「どうしてわざわざ1→2→3→4とギヤチェンジする必要があるの?」とか、「ガソリンが爆発して動くというけど、爆発したら壊れない?」とか運転する上では割とどうでもいいことが気になって仕方がない。そんなわけで、家に帰ると自動車整備士の資格本を眺め、なんとか納得して自動車学校に行くと言うツラい時間を過ごした後、「なんとか」免許証を手に入れることができたときは感無量であった。
カホさんは新卒から十年間、福祉施設に勤務した。職場は、カホさんのアパートから自転車で五分だったから、特に車がなくても不便ではなく、そこまでして高額なものを買う気もなく、何より興味がなかった。
一回だけ、「社会人として、クルマぐらい持っているべきでは?」と思い立ち、近所のカーディーラーをまわったが、カホさんにとって、ほしいと思えるものがないつまらない時間となってしまった。
どの車を見ても、カホさんの乗ってるキャノンデールのクロスバイクの方が何百倍もかっこいいと思えてしまう。
気に入らないものに百万円以上費やすのは狂気の沙汰だ、と思ったカホさんは、それからもキャノンデール一台で十分楽しく生活できた。
その後、福祉施設を退職し、紆余曲折の末、山を買ってしまったカホさんは、買ってしまった山を開拓する必要があることに気付いた。
そのためには、相棒が必要である。キャノンデールは自転車としては優秀だが、山道具の搭載となるとかなり分が悪い。
・・・トラックが必要だ・・・
カホさんは決心した。決心したら早い。
その日の午後には、隣町の自動車屋さんにいた。
「軽トラがほしいです・・・」
知らない店なのでおどおどとカウンターに近づき、でもきょろきょろしてるのも不振だと思ったカホさんは、おもむろに店主に告げる。
あんまり若い女性が軽トラをほしがることは少ないので、少しばかり店主は面食らった気分になった。
「軽トラ?軽自動車じゃなくて?」
「割と大きい荷物を運ぶことになりそうなんです。で、荒れた道も通るんです。だから軽トラ。」
「はあ、ああそうなの。じゃあ・・・」
店主はパンフレットを数冊、カホさんの目の前に出した。
「最近の軽トラは、カラフルになってきてね。ピンクのやら、赤のやらあるから、女の人が乗るにはいいね。オートマ設定もあるし意外に快適かもね。うちの母ちゃんも乗ってるよ」
パンフレットを見ると、確かにいろんな色の「かわいい」トラックが載っている。
しかし、なんだ?このよそよそしい感じは?
じっと写真を見る。
・・・顔がこわい・・・
メッキされた部品が随所にちりばめられ、大きな四角いライトが強気なまなざしでこっちを見ている。
その「眼」を見て、なんかもう、カホさんは負けてしまった気分になった。
「・・・ほかにありますか?・・・もう少し優しい顔のやつ」
優しいって言われてもな。
「う~ん・・・。外に置いてあるお客さんのクルマ見てみる?気に入ったのがあれば、在庫調べてみるよ」
この自動車屋の顧客のクルマは、立地上、軽トラ率が高い。(つまり農作業と日常が結び付いてる人が多い)
店の駐車場は、見方によっては、ちょっとした「軽トラ祭」となってた。
店主と一緒に外の軽トラを見る。
さっきのパンフレットほどではないにせよ、やっぱりどの子からも睨まれてる気がする。蛇に睨まれたカエルのようにカホさんは硬直した。
「うーん・・・」
蛇たちから視線をずらす。県道の向こうを見る。そこには、明らかに走りそうにない、崩れたクルマが数台。なんとなく見たそこには丸い眼。
視線が合ってしまったような。
「あれは?」
カホさんが指差した先を見て、店主は首を振った。
「あ、あそこは廃車置き場。もう動かないやつとか、古すぎるやつとかしかないよ。」
「あの丸い眼のクルマは壊れて無さそうだけど・・・」
「えーと、」
「あれ?あれはダメダメ。むちゃくちゃ古いよ。もう古すぎて部品取りにもならない。」
「でも、」
「あ、近くで見てみる?」
しかたないなあ、といった感じで、県道を横切り、舗装してない「廃車置き場」に近づく。
つぶれたジムニーの隣にその子はいた。
「これは?」
「これは、すごく古いよ。お客さんの親かヘタしたらおじいさんの世代じゃない?昭和四十年代のクルマで、360ccしかない。確かに壊れきってはなかったから動くかもしれないけど、誰も乗りたがらないよ。だいたいオートマじゃないし、パワステもないから無理無理。」
「あ、私一応、MTの免許持ってます・・・」
「え、そうなの?今時珍しいね。でも教習所以来乗ってないんじゃない?・・・って言うか、普通オートマがいいでしょ?色も地味だし。」
が、もうこの時すでに、カホさんの心の中は決まってしまっていた。初めて目があった時から確信してしまっていたのだ。
「この子、買えますか?」
「えー!ほんとに?いや、止めといたほうがいいって。絶対。ピンクのハイゼットの方がいいって。」
「でも、買えないんですか?」
「いや、まあ、このまま朽ちてくばかりだから売らないことはないけど・・・。でも考えたこともなかったな」
う~ん、と空を見上げる。
「わかった。最低限、車検が通る状態にしとくわ。10日後に来てくれればいいよ」
「お値段は?」
「一応20万用意しといて」
「え、そんなに安いんですか?」
「まあ、うまく直せるかもわからないしな・・・。まあ、10日後のお楽しみってことで」
帰りしなに、店主はカホさんに一冊の本を渡した。
「これ読んどきな」
『360ccのすべて』と書いたその本の表紙の片隅に、さっきカホさんと目が合った子も載っていた。「マツダ ポーターキャブ」。そういう名前なんだ。
「あと、チョークの着いたクルマの乗り方調べといたほうがいいよ。下手したら親に聞いてもわからないかも。まあ、ネットでもなんでもいいから、なんとなく覚えておいて。あ、そういえば冷房もないよ!パワステもないよ。窓は手回しだよ。ほんとにいい?」
「はい、買います。買わせてください」
こうして、カホさんは旧車マニアでもないのに旧車を買ってしまった。
特に偏見もなくはじまったことはうまくいくことが多い。
カホさんとマツダポーターキャブ「ポーターくん」(・・・そのままだ)の付き合いも今のところうまくいっている。