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Photo by
okanokura
8月6日 広島原爆投下の日
広島には高3の時平和学習で行った。
ガイドさんや語り部の方たちが当時の状態や自身の体験をお話してくれる。
綺麗に整備された街中で、
ここは焼け野原になった。
子どもが泣きながら親を探していた。
あの壁の焼け跡は爆発で焼き付いたものだ。
そんな話をしてくれた。
広島の街は今も原爆の記憶が深く刻まれている。
戦争を経験した方たちのお話を聞く中で特に印象深かったのは、人の死が日常になってたということだ。
家族や親戚、隣人が生きているか死んでいるかという話題が中心になる。
それに対して悲しんだり落ち込んだりする余裕もない。
死と不安がすぐそばにある毎日。
そんなこともう二度とあってほしくない。
そう強く思った。
話を聞いてどう思ったか生徒同士で話し合う時間もあったが、その中で核保有についての議題があった。
日本は世界で唯一の被爆国であるが、核兵器禁止条約には参加していない。
それは現在でもアメリカの「核の傘」に守られているからに他ならない。
当時の私は被爆国である日本が率先して核兵器禁止の動きを取ることが、核を無くしていくための1歩になると話した。
今もその気持ちは変わらない。
大きな力を誰かが振り上げ続けている限りそれに対抗するためにまた大きな力で抑えざるを得なくなる。
いくら核が私たちを守ってくれているとしても、その存在を肯定してはいけない。
原爆の怖さ悲惨さを体感した国だからこそ駄目だと声を上げ続け、無くすための行動を取り続けてほしい。