小説 清掃人

 パッカー車を路肩に停めて、ごみ集積所に山と積み上がったゴミ袋を機械的に回収していく。仕切りも何もない集積所はボックスタイプよりも作業工程は少ないが、分別もなにもなく通りがかりがテキトーになんでも投げいれてくるなどモラルが崩壊してるのでかえって手間がかかる。そして、今日もその女はそこで寝ていた。
「おい、通報されてぇのか、こら」
「あら、おはよう。今日も元気ね」
女はあくび混じりに答える。
はじめは家出少女の類かと思い本当に通報しかけたが、若い見た目に反して口調や雰囲気が妙に年季を感じるものだったので保留している。
「作業の邪魔したらソッコーで通報だからな」
「ふーん。大人しくしてたら放っといてくれるってこと? 優しいのね」
微笑みかけられたのが気恥ずかしく、俺は女の顔を見れなくなった。さっさと回収を終えて次の集積所へ向かおう。
「シゲさん、終わりました。出してください」
「あいよ」
かすかなモーター音をだして、パッカー車が動き出す。
「今日はなんか機嫌がいいじゃねぇか」
「え、そうすかね。別にフツーですよ」
どうやら、俺は知らず、にやけていたらしい。

 次の日も、女はいた。
透明なビニールに包まれた可燃ゴミの山の上で寝そべっている。
紙やビニールなどのゴミが主だから、意外と寝心地はいいのかもしれない。
生ゴミの悪臭は別としてだが。
「アンタ、臭くねぇのかよ」
「関係ないわ。私のベッドはここだもの」
「……ここに住んでるわけじゃねぇだろ」
「ここに住んでるんだけど」
その可能性は考えなかったわけじゃないが、あまり実感が持てなかった。
浮浪者にしてはあまりに清潔感があるように思える。それに、肌の露出が多い服装だったから、てっきり……。
「……水商売帰りの酔っ払いかと思ってたんだけど」
「あら、あなた意外とスれてるのね」
やはり、ダメだ。わらいかけられると顔が見れなくなっちまう。
「シゲさん、出してください」
ハンドルを切りながら、シゲさんがつぶやく。
「若いってイイよなぁ」
俺は聞こえないフリをした。

 その日は雨だったが、女はいた。ゴミの山に腰掛けてつまらなそうに虚空を見つめている。不思議なことに、その光景はとても高貴なものに見えた。不思議だ。なんでだろう。風邪ひくぞ。それじゃ。
「風邪ひくだろ」
「風邪なんてひいたことないわ」
「なんの強がりだよ。子供か」
「強がってないけど、子供ではあるかもね」
「え……。アンタ、何歳?」
「生まれてから三年経つわ」
「言ってろ」
俺は回収を終えてから、パッカー車の座席に立てかけていた傘を取ってきた。開いた状態で女に差し出す。
「ほら、使っていいよ」
「いらないわ。私にそんな価値ないもの」
「いいから。ここに置いとくよ」
俺はパッカー車に戻る。
「お前、傘忘れてんぞ。いいのか、高そうな傘じゃねえの」
「彼女にあげたんです。さ、次いきましょうよ」
シゲさんは信じられないものを見たといった顔でこちらを見て、その顔のままで正面に向き直って出発した。

 夜、俺は彼女に会いにいった。傘を返してもらうためであるのだが、さすがに一日中あそこにいるわけではないかも知れない。不安だ。
「珍しいのね。まだ明るくなってないのに」
彼女の顔を見て、俺はほっと胸をなでおろした。
「ほんとにここ住んでるのかよ」
「嘘なんてつかないわ」
「……あのさ、変な意味じゃないんだけど、ウチに来ないか。毎朝毎朝見てられねぇよ。寝るのが抵抗あんなら風呂だけでも貸してやるから」
「あなた、いい人なのね。でも、大丈夫だから」
「言ってる場合か。そのうち蛆が湧くぞ」
「構わないわ」
「なんでだよ。断る理由ないだろ」
「私は価値がないから。ここは価値がないものを置く場所でしょ」
「そんなことねぇよ」
「……あなた、いい人なのね」
「ああ! もう! 無理矢理でも連れて行くからな! 警察呼ぶなら呼びやがれ!」

 俺は自宅アパートの一室に彼女を連れ帰った。
連れ帰ってる途中は夢中で意識が向かなかったが、玄関で靴を脱いだくらいから猛烈に意識してしまっている。
部屋に、いる。彼女が。俺の部屋に。
「あたたかい」
「夏だぞ」
「でも、なんだかあたたかいわ」
「……風呂を沸かしてくる。テキトーにくつろいでて」
風呂場の蛇口を捻りながら、この先の段取りを考える。どうしたらいいんだっけ。心臓の鼓動が大きすぎて、思考の邪魔をする。どうしたらいいんだっけ。どうしたらいいんだっけ。
「どうしたらいいんだっけ」
「何が?」
「何がって、そりゃあ」
俺は彼女の方を見て腰を抜かした。
「なんで脱いでるの!?」
「なんでって?」
「おかしいでしょ!?」
「おかしいかしら」
彼女は座ってる姿勢から立ち上がり、全身が詳らかになる。
「ねえ、どこがおかしい?」
「そういう意味じゃ……」
「触って」
それから先は、あまり覚えていない。

 パッカー車を路肩に停めて、ごみ集積所に山と積み上がったゴミ袋を機械的に回収していく。基本的には二人一組で行うのだが、その相方は周期的に変わる。この仕事を続けるにはコツがあるのだ。それを守れば俺のように何年もこの仕事を続けられる。
「でもぉ、別に長いこと続けたい仕事でもないっすよね〜」
「ケッ! 生意気だねぇ」
「ちなみに、そのコツってなんなんすか?」
「なんだい。やっぱり気になんのかい」
「だって〜、前のシゲさんの相方、ヤバいことになっちゃったじゃないすかぁ。流石に気になりますよ」
「ああ、あいつな。あいつはひどかったなぁ。毎朝、ゴミ捨て場のダッチワイフに話しかけてんのな」
「ダッチワイフ? ああ、ラブドールすか」
「なんでもいいよ。七面倒くせぇな。要するにコツってのは、ゴミに話しかけんなってことだ」
「え、それだけすか。なんだ、楽勝じゃん」
「そう思うだろぉ? 案外むつかしいのよ。人間は理由を探すからよ。なんでぇこんなの捨てたんだろな〜。捨てた人はどんな気持ちだったろな〜。捨てられたこいつはどんな気持ちだろな〜、てなもんでよ。無えよ。理由なんてよ。でも、探しちまうみてぇだよ? そんでもって、どこからか見つけてきちまうんだよ。存在してねぇはずの何かをよ」
ごみ集積所が見えてきた。数日前までラブドールの置いてあった場所だ。
「面倒くせぇから放置してたけど、ありゃ、どう分別すりゃよかったのかね。あの火事でも燃えなかったみてぇだし」
「いや、燃えたんじゃないですか? さすがに。主成分は樹脂でしょうから、火に晒されれば溶けてなくなりますよ」
「あいつ、ダッチワイフの持ち主の家、放火したろ? あー、捨てたんだから、元持ち主ってか? そんで、自分ち帰って、自分ちも放火して自殺しただろ。多分、部屋にダッチワイフ置いてたろうから、やっぱ燃えなかったってことだろ」
「……なんでラブドールが燃えなかったってわかるんすか?」
「なんでもよぉ。遺書をダッチワイフに握らせてたらしいのよ」
シゲさんはため息をつく。
「恥ずかしいよなぁ。三歳児みてぇな汚い字だったってよ」

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吉村トチオ
最後まで読んでくれてありがとー