モンキーマン
「あー、2020年09月xx日、午後02:00、これから、インタビューを、開始します。インタビュイーは、xx県xx区在住の、佐藤、さん、です」
道ゆく人々の肌を照りつける日差しをよそに、冷房のきいた喫茶店で、向かい合う二人。インタビュアーたる月刊xxの記者は、ICレコーダーを机に置き、ボイスメモを取り始めた。
記者の向かいに座る佐藤は20代の女性であったが、血色のわるい顔と地味な服装のために40代といわれても驚かない。なぜだか周囲を気にしておどおどしている。
「本日は、ご連絡いただき、ありがとうございます。……早速ですが、佐藤さんが見られたという、アレ、ですが……。初めて見たのはいつ頃でしょうか?」
佐藤はか細い声で話し始める。
「あれは、そうですね。……2年ほど前になるかと思います。ちょうど、今日のように暑い日でした。その、道端に、倒れていたんですよ。ええ……、暑さに弱いんです。なにしろ、その、あの見た目ですし」
「えー、と……。道端に倒れていた、というのは、アレ、なんですよね? 日本での目撃は珍しいと思いますが……」
「はい、アレです」
記者、少しいらっとした口調になる。
「あの、佐藤さん。インタビュアーの立場的に、こちらからあの名前をだすと、誘導尋問のようになってしまいますので……」
佐藤、ハッと驚いた顔をする。
「あ、そうなんですね。アレ、というのは、毛むくじゃらで凶暴で目撃例の少ない、アレです」
「いや、佐藤さん。具体的に、あるでしょう。名前が。このままだと何のインタビューかわからないので。毛深い引きこもりのおじさんの目撃情報かと思われちゃいますので」
「え? あ……」
佐藤、気まずい表情をするが、記者は気にせず続ける。
「あーもういいや! モンキーマン! モンキーマンを目撃されたということでよろしいでしょうか?」
「うーん……」
「え……」
賛同しない佐藤をみて、絶句する記者。
「……まさか、見てないですか?」
記者、ぶるぶると首を振る。
「あー、いやいや! いいんですよ? あんまり自信なくても、見たかもしれないな、ぐらいで。むしろ、そっちの方が信憑性を感じますし」
佐藤、気まずそうに低い声で話す。
「見たというか、……一緒に暮らしてるんです」
記者、あ?、と声をもらす。
「あ、失礼しました。……一緒に暮らしてるというのは、その、モンキーマンと?」
「ええ。その……、モンキーマンというのは、つい先日、友人から言われて知ったのでよくわからないんですけど」
「あの、失礼ですが、本当にモンキーマンですか?」
「え? それは、どういう意味ですか?」
記者、あわてて取り消す。
「あ、いや、失礼しました。愚問でしたね。UMAに対して、本物かどうかなんて……。それで、そのモンキーマンとの出会いをもう少し詳しく聞かせていただけますか?」
「ええ、道端に倒れていたんですけど、本当に体調がわるそうで。顔が真っ赤で、息がアルコール臭かったです」
「わりかし歓楽街の明け方によくみる光景ですが……。それから、どうしましたか?」
「このまま、ほっとくのもどうかな、と思って、ウチにつれていったんです。すぐ近くだったので」
「しかし、成人男性をよく家に連れ込む気になりましたね。抵抗はなかったですか?」
「成人男性?」
「あ、いや、失礼しました。モンキーマン」
「まあ……、動物が好きなので。子供の頃も、よく野良猫や野良犬をウチにあげてましたし」
お待たせいたしました、と喫茶店員がアイスコーヒーを2つ運んできた。記者はガブガブと飲み下す。佐藤は手をつけず、うつむいている。
「それで? その後の彼はどうしましたか?」
「はい。彼は、そのまま、家に居ついています」
「ほう」
「昼間からお酒を飲むばかりで、働いてくれなくて……」
「んー」
「私もそろそろ子供がほしいなーなんて思うんですが……」
「いやいや、ちょっと待ってください? それはモンキーマンというよりは、その……」
記者、深呼吸をしてから、質問をする。
「ヒモですか?」
「はい?」
記者は意を決する。腕組みをして、椅子に深く腰を据える。
「あのねぇ、こっちも仕事でやってるんですよ。あなたの身の上話を聞いたってしょうがないんだ」
「……」
「どういうつもりか知りませんが、この件はこれで終わりにしてください」
「……あの、私、彼に暴力を振るわれていて……」
記者、ため息をつく。
「……それは気の毒には思いますが、相談する相手が違うでしょう。……」
記者は椅子から腰を浮かせる。
そのとき、佐藤がブラウスをまくって腹部をみせた。
記者の目はそこに釘付けになる。
佐藤の腹部には無数の赤い筋が刻まれていた。とても人間によるものではない、鋭利な爪で引っ掻かれたような。
「これは……」
記者の目が好奇心にぎらつく。
「もっと近くで見せてください!」
記者は机に身を乗り出す。
しかし、佐藤は正面を見たまま動けなくなっていた。目を見開き、微動だにしない。驚きの表情を浮かべ、だんだんと恐怖に歪んでゆく。
「なんで……なんで……」
記者、佐藤の様子がおかしいことに気づき、振り返って佐藤の視線の先を確認する。
そこにはモンキーマンがいた。