It's a small world ! 第四話
ヤナセ先生はそう言い終えると、もうこれで話は終わりだ、とでもいった感じに湯呑みにはいったお茶をすすった。ぼくは、なんだか長い夢をみていたかのようにぼーっとした頭のまま立ち上がり、軽くお辞儀をしてから先生の部屋から出た。
帰り道、ぼくはずっと考えていた。
つまるところ、先生の話はこういうことだ。人生は行くあてのない旅に似ていて、いくつもの分かれ道を判断基準も持てないままに選択しては進んでゆく……いや、選択していると思い込んでいるが実は恣意的に選ばされていて、しかも、ぼくたちを操っているその者も特に思想をもたないテキトーな思念体である。しかし、実はそう見せかけているだけで、必ずしもその限りではなく、実はすべて計算された行動であり、ラプラスの悪魔的なその存在は、あくまである目的を果たすためにぼくたちを導いているということだ。その目的とは、人類の有史以前から存在し、そして人類の有史以前から不明瞭であったために、まずはその目的をみつけるためにはどんな方法が適切であるかを求めなければならず、その前にまずその目的を見つける方法が存在する可能性はどのくらいあるのかを求めなければなかなかモチベーションを保つのが難しいものだという。そこで、まずは落ち着いた雰囲気の部屋でお茶を一杯飲んで、自然にやる気が出るのを待つことから始めようとしているらしいのだが、ただ待つというのも退屈なのでなにか余興をやれと命じられた召使いの一人が、なにをやったらいいものか思案した挙句に、ああそうだ、とポケットから取り出した小さなボールの中には小さな宇宙があって、その中のある惑星には亀がいて、つまり……ぼくたちにとっては大きな、とてつもなく大きな亀の甲羅の上で、ぼくたちは暮らしていて、端っこにいってしまったら最後、つるつる滑って世界から転落してしまうのだ。
……つまるところ、先生の話はまったくわけがわからなかった。
あれから年月がたち、幼かったぼくも勉強に恋にスポーツにいろいろと経験して少しは大人になった。そんなぼくは先生の奇妙な話にとらわれることはなくなったし、そんなものはぼくの人生にまったく関わりのないことで、理解できなくてもまったく問題ないと割り切るようになった。そもそも、ぼくはそんなことに時間を割けるほどヒマではないのだ。
目の前にあるサイダーを手にもってグイ、と一気に飲み干す。シュワシュワと弾ける泡粒がのどを通過して胃に落ちる。ヤナセ先生風にいうのであれば、この微細な泡粒のひとつひとつが小さな世界であって、そいつが今、ぼくの胃の中で破壊されまくっている、というのだろう。ばかばかしいけど、でも、そんな考え方があってもいいかな、とは思う。少なくとも、刺激的ではあるし。近頃はなぜだか退屈だと感じることが多いような気がする。幼いころはあんなに輝いていた日々がありふれたつまらないものに変わってしまったようだった。
この世界がコップの中のサイダーに浮かんでいる泡粒くらい、壊れやすくてちっぽけなものだと信じ込むことができたら、ぼくの見ている風景も違って見えるだろう。……ふふふ。くだらないかな。トイレにいこうと立ち上がると視界がゆがんで見えた。目眩かな、と思ってから数秒後、パチン、と耳の奥で音がしてもうそれっきり。ぼくの小さな世界は消えてしまった。