カレーライス
「ほい、できたよ」
「うん……」
僕の前にカレー皿が置かれる。カレー皿の上にはカレーライスが乗っている。そう、カレー皿にはカレーライスが乗っかるものだ。それ以外は、らっきょうか福神漬けくらいしか乗っかることを許されないだろう。もちろん、カレーと同伴でなければ門前払いだが。
「くだらねぇこと考えてないで。さっさと食え」
え? まじ? こいつ僕の心読んでる? どうゆうこと?
「心なんか読めるわけねえだろ。食えってば」
いや! 読んでんじゃん! 心! 僕の胸の内が公開されちゃってるの? うわ、まじかよ! こんなことしてる場合じゃねえ! 早く……
「週刊文春はやめとけ。ジャンルが違う。いくならムーだ」
うわ! 心でまだ思ってないことまで! 未来予知までできんのかよ!
しかもなんかアドバイスされてるし! 親切かよ!
「……」
「わかったよ。ごめんごめん。もう、やめるけどさ。……でも、やっぱ無理だよー」
僕は机に突っ伏す。無理なものは無理だ。
「無理じゃない」
「無理だって」
「無理じゃない」
「無理……ではないけどさー」
僕は手をひらひらさせて彼にナンセンスをアピールする。
「意味わかんないよ」
「なにが?」
「いや、僕は君に相談したよね? 好きな子ができたから告白したいって」
「うん」
「そしたらさ、君が、『俺にいい考えがあるぅー』って言うから、君の家まで来たわけだ」
「そのクソみたいなモノマネは二度とするな」
「そうしたら、家に着くなり君はカレーを作り始め、その完成品が今僕にふるまわれている」
「そうだな」
「なんで?」
「まあ、わからないだろうな。説明してないし」
僕はペチンと自分の頭をはたく。
「ああ! ははは。そっかそっか。……説明願おうか」
「カレーは恋」
「うんうん」
「以上だ」
「わかるかーい」
僕は後ろに倒れる。足は大股に開いてVの字を描く。
「お前カレー嫌いだろ?」
「そうだよ! だからなおさら意味わかんないんだよ!」
「……なんで、カレー嫌いになったか覚えてるか?」
「え……。それは……。なんだっけな……。たしか……。いや……」
「2年前だな。お前には好きな人がいた」
「そうだっけか」
「でも、お前の一方的な片思いだったから、彼女に指一本触れることなく、その恋は終わった」
「ふむ」
「ところが、お前は、その人と再会することになる! しかもその人は事もあろうに! お前の! 友人の! 彼女となっていた!」
「!」
「そのことを知らないお前の友人は、彼女とお前を家に呼んで、カレーをふるまった」
「……」
「でも、お前はカレーを食わなかった。『僕ぅ、カレー嫌いなんですぅー』とか言って食わなかった」
「……さっきの仕返しかよ」
「もういいだろ。カレーが嫌いな日本人なんか存在しないんだ。さっさと食って俺の彼女のことは忘れろ。そんで、新しい恋に踏み出せばいいさ」
僕は、フッと笑う。
そして、静かに手を合わせる。
心の中で唱える。いただきます。
銀色のスプーンで茶色いそれを喉の奥までかきこむ。かきこむ。かきこむ。
そのカレーは、少しだけしょっぱかった。