誰そ彼(1/2)

目覚めて窓の外を眺めると夕暮れだった。 

1回目は何も思わなかった。2回目はああ、またかと思った。3回目はあれ、おかしいなと思った。4回目には考え込んでしまった。俺が家にひきこもるようになって何日になるだろうか。幸いなことに金には困っていないし、食糧や衣類も通信販売を利用することでなんとかなっている。生活上、なにも問題はないし、不満もない。ストレスもない。

つまり、精神衛生的には…少なくとも今はまだ…異常はない。

異常はないはずだ…あくまで自己判断だが…。

 では、今の状況はなんだ。何度寝ても起きても夕暮れだ。家中の時計が午後6時ちょうどをさしたまま動かない。電話はどこにも通じない。どこにも連絡がとれない。そうだ、食糧を買うこともできないではないか。このまま引きこもっていたらそのうち食糧がなくなって餓死してしまう。そう思ってから気がついた。ここ数日の間、冷蔵庫の中の食糧は全く減っていない。俺が食事をとらないからだ。なぜ食事をとらないのかというとちっとも腹が減らないからだ。 

 どうやら俺は狂ってしまったようだ。今のような状況では俺が狂ったか世界の秩序が狂ったかどちらかだと思うが、どう考えても前者の方が確率は高いだろう。まあ、もともと世捨て人のような生活を送っていたのだ。今更狂ってしまったところで何が変わることもないだろう。むしろこの状況を楽しむべきではないか?そう思うと急に愉快な気分になった。

狂人は狂人らしくするべきだ。 

身に着けている衣類を全て脱ぎ捨てた。家中の窓ガラスを素手で全て叩き割った(興奮していたためか痛みはなかった)。冷蔵庫の中の食糧をすべて床に叩きつけ足で踏みしだいてバラバラにした。電子レンジをテレビに投げつけた。手の甲に熱いものが触れた。頬の切り傷から流れ出した血液が腕をつたって手先まで流れていく。頬には微かな痛みがあった。いつの間にかガラスの破片で頬を切っていたらしい。目からは涙が流れてきた。俺はまだ狂ってはいない。家の中は惨憺たる有り様で片づけには手間がかかったが苦ではなく、その日はいつもより深く眠りに落ちた。

目覚めて窓の外を眺めると夕暮れだった。

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吉村トチオ
最後まで読んでくれてありがとー