小説 アフター・バレンタインデー

 付き合ってるか微妙な女友達とバレンタインデー当日に遊びに行く約束して期待してたけど結局チョコはもらえず、だけど諦め切れずその女友達を尾行してたら幼馴染の女の子と遭遇してなぜか一緒に尾行することになった。

 今、僕は幼馴染の牛崎マナと一緒になって、僕の想い人である馬渡ミロがコンビニから出てくるのを向かいの街路樹の陰で待っている。

「良くないと思うなぁ。ストーカーは」

「ストーカーじゃない。僕は馬渡さんと付き合いかけてるんだから、これは身辺警護の部類だ」

「きっつぅ……。言い訳が完全にストーカーのソレですわ。もう17だし、少年法は君を守ってくれないぞ?」

「うるさいぞ。大体なんでマナがついてくるんだよ」

「そりゃあ、犯罪に手を染めそうな幼馴染を見かけたらほっとけんでしょう。……アドバイスだけど、諦めて他にいったほうがいいと思うなぁ」

マナはもじもじと体を若干捩らせて自身の靴の爪先を見ている。以前から思っていたことだがマナは僕のことが好きなんじゃないだろうか。
しかし、僕には馬渡さんという人があるから、あまり気にかけてはいられない。

「いいや、まだ希望はある。今はまだ午後4時。この後でチョコをもらえる可能性は十分にある」

「いやいや、さっきまで一緒にいたでしょうが。渡すチャンスだっていくらでもあったでしょ」

「うっかりチョコを用意するの忘れてたとか」

「忘れられてる時点でお察しだよね」

僕が二の句を継げずにぐぬぬと唸っているときに馬渡さんがコンビニから出てきた

「あ、出てきたぞ。なんか手に持ってる。あれは……」

「ファミチキだね」

「チョコじゃないのかチキショウ。ワンチャン、コンビニで僕のためのチョコを買うかもと思ってたのに……」

「もう気が済んだ? これで君はファミチキ以下なんだってわかったでしょ?」

「そうなのか……? ファミチキ以下……?」

「そう。もう諦めるしかないよねぇ」

一転して嗜虐的な眼差しを向けられていささか怯んだがそうはいかない。僕は尾行を続行する。マナは舌打ちをしながら早足でついてきた。

次に馬渡さんはスポーツジムに入り、30分ほどで出てきた。プロテインバーと思わしきものを握っている。
マナが「プロテイン以下」と呟いたがもう無視することにした。

寄り道が止まらない馬渡さんはゲーセンに入り、また30分ほどで出てくる。手にはスヌーピーのちっちゃいぬいぐるみを持っていた。嬉しそうだった。マナはやはり「スヌーピー以下」と呟くが別に悔しいとかではないなと思った。

とどまるところを知らない馬渡さんは移り行く街並みを眺めながら小洒落たイタリアンレストランに入って行った。マナは大きくガッツポーズを決めた。勝利を確信したようだ。

「オッシャア! イケてるJKがバレンタインにイタリアンレストラン入っちゃったらおしまいですわ! 彼氏とデートですわ!」

「そんな……。馬渡さんに彼氏はいないはず」

「まだそんなことを……。かわいそうに……。君に名前を授けよう。そう。君の名は『キープ』」

「嘘だろ……。あんなに楽しそうだったのに」

「ガッハッハ! 恋は盲目ですな! まあいい経験じゃん? 節穴くん? あれ? どした?」

僕はあまりのショックに会話する気も失せてただ家に向かって歩き出した。とりあえずベッドで横になりたい。しばらく忘我の境地での徒歩を続けていた僕はいつの間にか家のすぐ手前の交差点まで着いていて軽く驚いた。

「あの」

耳元で声が響いて驚いた。マナだった。

「マナの家、とっくに通り過ぎてるだろ? どした?」

「さすがに悪ふざけが過ぎたっていうか、やり過ぎたっていうか、……ごめん」

「別にいいよ。今はそれどころじゃないし」

「あのさ、これ」

マナがリボンのついた小さな箱を差し出す。
僕は両手で受け取り、ありがと、と言う。小さな声だったから聞こえたか分からない。

「君を見てる子は他にもいるよって。それだけ。じゃ、元気だせよ」

マナは小走りで逃げるように去って行った。

僕はその場にとどまって動き出せずにいた。かなりの時差で心臓がバクバク鳴り始めた。
マナは僕のことが好きみたいだ。
意識すると落ち着かない気分になって謎の焦燥感で眩暈がした。とにかく寝よう。僕は忘我の境地で歩行を再開した。

次の日、寝不足でふらふらと徒歩通学をしていたら背後の人物に肩を叩かれた。

「おはよ。昨日は楽しかったね」

馬渡さんだった。
僕は謂れのない背徳感に胸中を抉られながら、うん楽しかったと早口で返した。

「はい。これどうぞ!」

馬渡さんはお洒落な柄の手提げ袋を僕に差し出す。
嘘だろ、と無意識に呟く。まさかそんな。

「チョコ。ほんとは昨日渡したかったんだけど、間に合わなくて」

僕は、ありがとう、と言おうとしたが口の中がカラカラに乾いており、舌が喉にくっついて、あひはほ、みたいな発音になってしまった。

「叔父さんがイタリアンシェフやってて、昨日、教えてもらいながら作ったんだー。食べたら感想聞かせてね!」

手を振りながら登校中の他の女子と合流していく馬渡さんを見ながら、俺はこれまでに体験したことのない悪寒を感じていた。いる。
背後に、いる。

僕は意を決してゆっくりと振り返った。

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吉村トチオ
最後まで読んでくれてありがとー