イッツ・ア・スモールワールド③

 俺は何のために生きているんだろう。大人になってもなお、こんなことを考えているといかにも青臭くて幼稚な奴だと思われるだろうか。だが、誰だって一度は考えたことがあるし、万人が本当の意味で納得できる解答を得た人間は一人もいないんじゃないだろうか。種の繁栄のため、快楽のため、人間原理、スポーツのためと各人がそれぞれの胸のうちで折り合いをつけて日々を暮らしているのだろうが、どこか根の深い部分ではすわりの悪さを感じているのではないか。俺のように。 

 「おい、なにを考えている」

 副操縦士である山梨夕馬の声で我にかえる。目の前に広がる大宇宙。目指すは憎き毛玉生物どもの巣食うソゴル星。そして俺は戦闘機のパイロットだ。

 「今にも戦闘が始まるかもしれん。気を引き締めておけよ」

 「なあ、夕馬」 

夕馬はムッとした顔をこちらに向ける。戦闘機内にプライヴェートを持ち込むなというのだろう。昔から真面目なやつなのだ。 

「まあ、いいだろ? 俺とお前の二人きりなんだから」

 「…さっきみたいにボーっとされるよりはいいかな。敵には用心しろよ」

 「自分が何のために生きているのか考えたことはないか?」 

「…。それは誰だって考えることだろう。別に珍しいことじゃない。」

 「でもな。どうも妙な感覚なんだよ。確かに『俺は何のために生きているんだ』なんてものは物語や哲学のテーマでしょっちゅう扱われるようなものだし、青臭くてこまっしゃくれたガキどもが如何にも好きそうなものだ。だがな、俺はそんな小難しいもんが好きな性格でもないし、もう30過ぎのオッサンだぜ? それなのに最近はそんなことばかり考えてるんだよ」 

「死期が近いんじゃないか?」

 「縁起でもねえこと言うなよ!」

 内藤喜八は豪快に笑った。


 戦闘機は流線型のボディで暗い宇宙空間を裂くように進む。乗り物というよりは切れ味の鋭い刃物のようだ。 

 「…俺も同じことを考えていた」

 夕馬の発言に喜八は驚いた顔を見せたが、それは予想していたことが的中したことへの驚きだった。

「『なんのために生まれたのか』ってね。この1週間くらいかな。片時も頭を離れないんだ。普段から頭を使ってないお前も考えてるくらいだから、もしかしたら全人類が同じことを考えているのかもな」 

「…そんなバカなことがあるか」

 レーダー網に反応があった。敵機群が近いようだ。 

「しばらくおしゃべりはお休みだな」


 銃撃。砲撃。音もなく墜落する敵機。味方機。激突。挟み撃ち。迎撃。旋回。滴る汗。次第に数が減ってゆく敵機。宇宙の深淵へ流れてゆく味方機。不意にとどろく振動。コントロールの効かない自機。戦闘宙域をただ漂う。


 「…もう、俺たちにできることはなさそうだな」 

「ああ。…長く続いた戦争もこの戦闘で終わりになるだろう。地球、ソゴル、どちらかが致命的な傷を負うことになる。…おい、見てみろよ。いつの間にかこんなところまで攻め込んじまってたみたいだな」 

目の前にはソゴル星があった。緑色に輝いている。 

「先陣の俺たちがここまで切り拓いてきたんだ。これから後進が攻めてくれば地球有利だな」 

 「いや、アレをみろ」

 ソゴル星の表面に巨大な砲身が現れた。照準を合わせているらしく小刻みに先端が動いている。 

「なんだありゃあ。あんなもん食らったら地球もろとも木端微塵だ」

 「あれだけの大量破壊兵器の使用は戦争前に交わした条約で禁じられているはずだが…。もはやなりふり構わないということか」

 「そりゃあないだろうよ。そんなもん神様が許すわけねえよ」

 砲身の動きが止まった。不気味な沈黙が機内にただよう。静寂が耳に痛い、と思ったら砲身が人間がぎりぎり聞き取れるような高音域の音波を出しているらしい。次第に耳が痛くなり、その痛みがピークに達したころ、砲身から得体のしれない巨大な光の玉が飛び出した。得体は知れないが、一目見ただけで地球を破壊するのに十分な威力のあることは実感できた。

 ここで、時間がとまった。体を動かすことができない。現在視界に入っている風景にも一切変化がない。ただ、誰かが会話している声が聞こえる。誰だ?  

「さあ、やっと決着が着きましたね。ソゴル星は戦争条約を破った。よって無条件で地球の勝利です」 

 神様? 

「いや、ちょっと待て。あの兵器が基準外のものであるかはまだわからん。実際に地球が壊れるほどの威力があるのか…」 

「ん~。 ではもう少し、時を進めましょう。」

 ここで、時間が進み始めた。あまりのことに俺と夕馬は顔を見合わせた。なにも語れないままただ時間がすぎる。

ほどなくして、また、時間が止まった。

 「ほ~ら、やはり地球は木端微塵です。地球の勝利ですね」

 どうやら我々の母なる地球は木端微塵らしい。あまりの展開に俺の中の実感も感情もついてこれないようだ。なんの感慨も湧かない。 

「ではこの宇宙は用済みです。処分しましょう」

 時間が進み始める。 

 「夕馬、聞いたか?」 

 「聞きたくなかったけどね」 

「どうやら俺たちはもうじきお終いらしいな」 

「ああ、そうらしいね。なぜ急に『なんのために生まれたのか』なんて考えだしたのかが、やっとわかったよ。きっと答え合わせが近づいたから、みんな焦って考え始めたのさ。夏休み最終日の小学生が焦って宿題やるみたいにさ。」

 「答え合わせってなんだよ」 

 「さっきの神様の会話だよ」 

 「俺には悪魔の会話に聞こえたがな」 

「どっちも同じものさ。この宇宙、いや、仮に宇宙Bとしよう。宇宙Bは先に存在した宇宙Aの地球人によって創られたミニチュアだったんだ。戦争の道具としてね。やつら、戦争の勝敗をつけるために俺たちを自分たちの代わりに戦わせたんだ。さながら、古代の代闘士みたいにね」 

「あ~あ、まあどうでもいいや。どのみち俺たち死んじまうんだろ?」 

「まあ、そうだけど…。お前はなんというか楽観的だな」 

「でも、やっぱり癪だよな。なんとか仕返しできねえかな」 

「それなら大丈夫さ。そのうちやつらに報いがくるだろう」 

「なんでそんなことわかるんだよ?」 

 「それはな…」

 宇宙が終わるほどの衝撃が宇宙全体にはしり、宇宙が終わるほどの轟音が宇宙全体に響いたあと、宇宙は終わった。  

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吉村トチオ
最後まで読んでくれてありがとー