イッツ・ア・スモールワールド①
バスの車内での出来事だった。
道路上のくぼみかでっぱりか何か小動物の死骸か定かではないが、何かしらをタイヤで踏みつけたバスは上下に揺れた。当然、これに乗っている人々も上下に揺れた。この揺れがスイミングスクールの帰り、疲労でうとうとしていた少年の脳に異変をもたらした。正確に述べると少年の人生経験、疲労の度合い、今朝食べたヨーグルトの消化具合、これらの要素とともにバスの揺れが少年に異変をもたらしたのだった。バスの揺れはいわば異変をもたらすジグソーパズルの最後の1ピースとなったのだった。
少年は一瞬のうちにすべてを理解してしまった。人生の意味を。地球の行く末を。恐るべき陰謀を。長い歴史の中で人類が追い求めていた真理がついに解き明かされたのだ。
なんということだ。一刻もはやくみんなにこのことを知らせなくては。行き着く先は滅亡だ。
少年はとなりに座っていたサラリーマンに飛びついた。サラリーマンの肩を渾身の力でゆすりながらなにごとかを大声でわめきたてる。サラリーマンは驚き、しばらくは動揺していたがやがて大人の落ち着きをみせ、少年よ何か伝えたいことがあるならばゆっくりと落ち着いてから話すようにと諭した。 少年はこれを聞き入れ、一度だけ深呼吸をしてから噛んで含めるようにサラリーマンに言い聞かせた。この世の真理を。通常であればとても信じられぬような内容であったが少年の必死な様子と絶対的な存在である真理のもつ有無を言わさぬ肯定感のためにサラリーマンはその内容を完璧に理解し、完璧に理解したがために発狂した。じっと天井をみつめたまま動かなくなってしまったのだ。これではだめだ。少年は前方に座っていた老婆に話しかける。この老婆は急に白目をむいてぶくぶくと泡をふいてしまった。2人用座席にふんぞりかえっていた不良は走行中のバスの窓をつきやぶり、体中にガラスが突き刺さりながらも車外へ転がり出てしまった。バスの車内では瞬く間に狂気が満ちたようだった。
だめだ。出直してから良い方法を考えよう。少年は座席に戻ろうとして踵をかえしたが、バスの前方の方で人が争うような物音が聞こえたため振り返った。中年の男と老人が夢中になってチャンバラをしていた。やれやれ、少年はもう一度後方を向いてから、猛烈な勢いでチャンバラの方へ体を向けた。中年の男が持っているのは引き抜かれたブレーキペダルだった。
翌日、地方紙の片隅にバスの墜落事故の記事が載った。ブレーキの効かなくなったバスは乗客とともに山の中腹から崖下へダイブしたようだった。乗客は全員死亡し、この世界の唯一の希望は絶たれた。