イッツ・ア・スモールワールド②
「どうぞ、こちらへ」
死を覚悟して臨んだ賭けであったが、相手方の対応はごく丁寧なものだった。どうやらこの事態をなんとか収拾したいのは相手方も同じらしい。思ったよりも成功する確率は高いのかもしれない。それにこちらにはとっておきの秘策があるのだ。地球の外交官であるY氏は下唇に歯を突き立てる彼独特の笑みを浮かべた。
会談に応じた数名の中にはソゴル星の大統領もいた。まさかトップが出てくるとは思わなかったが好ましい展開だろう。それほどこの緊急会談を重くみているということなのだから。
「突然の来訪にも関わらず、ご対応いただきありがとうございます。ご存じの通り、我々には時間がありません。失礼ながら、我々の提案のみ端的に述べさせていただきます」
さすがに緊張でのどが渇く。なにしろ戦時中に敵の星に乗り込み、あろうことかその星の大統領を目の前にしているのだ。さきほどまでの友好的な態度から相手星もこの戦争を和解に持ち込みたがっているようだから、私に危害を加えることはないだろうが、なにしろ異星人が相手だ。どのような反応が返ってくるか知れたものではない。ソゴル星の大統領は緑色の巨体を大儀そうに動かして居住まいを正した後、風船のように膨らんだ腕をゆっくりと振り上げた。どうやら続きを話せという意味のジェスチャーのようだ。
「まず、我々は現状で和解するつもりは一切ありません」
会場がざわめいた。ソゴル星人どもは互いに顔を見合わせて短い腕を上下に動かし、なにやらゴニョゴニョとささやき合っている。大統領などは緑色の体をピンク色に染めて私を正面から睨みつけている。Y氏は場が静まるのを待ってから口を開く。
「しかしながら、これ以上争いを続けてもお互いに不利益でしょう。戦力が拮抗しているがためになかなか決着が着かず、双方ともに被害が増えてゆくばかりです」
大統領を真正面から見つめかえす。1、2、3、3秒間。左の端からぐるりとソゴル星人どもを見回す。ゆっくりとできるだけ大きなモーションで。今までにいくつも修羅場をくぐってきた。今回もその一つに過ぎない。思わず笑い出しそうになったため唇を口内にひっこめてかみ殺す。真面目な表情は崩さずに済んだ。
「そこで皆様に提案があります」
「かつて地球でおこなわれていた戦争制度の1つに双方が代闘士をたて、これを争わせることで決着をつけるというものがありました。この制度によって最小限の犠牲で勝敗をつけようとしたのですな。しかし、このやり方はいかにも古い。現代ではいくらでもイカサマのしようがありますな。戦闘中に巧妙な手段で誰にもわからぬように外部から相手の代闘士を攻撃することもできるし、相手代闘士にそっくりの替え玉を用意して隙をみてすり替え、わざと負けさせることもできるでしょう。また、イカサマが発覚したとなれば余計に事態をこじらせる顛末になりかねません」
あと一息だ。不自然でないぎりぎりの間をあけてから、続きを話す。
「そこで1つ工夫をしてみました。こちらをご覧ください。」
Y氏は履いていたジーンズの小さなポケットからそれを取り出した。
「これを使えばよいのです。もう説明は不要ですね?」
驚愕するソゴル星人。それはあまりに小さく精巧で、なによりも究極的に残酷だった。
「それは、できない」
大統領が重い口を開いた。地の底から響くような低音だった。Y氏は怯まない。
「なぜです?この戦争を続ければどれほどの被害がでることか…。それに比べれば遥かによいでしょう。実験用のモルモットに同情が禁物であることは宇宙の共通認識でしょう」
睨みつけてくる大統領を尻目にY氏は会場を見渡す。ソゴル星人ども。緑色の毛玉生物どもは一心に大統領を見つめている。会場の空気が物語っていた。もう結果は出ている。あとは時間の問題だ。しばらくの沈黙の後、大統領は地球側の提案を全面的に受け入れる旨を述べた。
「では、さっそく準備いたしましょう」
Y氏は下唇に歯を突き立てて笑みを浮かべる。
なんと恐ろしい顔をするのだろう。大統領の胸の内にソゴル星にはかつて存在しなかった悪魔という概念が芽生えていた。
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