集金係
夢のマイホーム、とは大げさだが今俺は苦労して建てた一軒家のソファーで横になっている。新築の家とはいいものだ。新鮮な材木の微かな香りが敏感な鼻腔をくすぐる。堂々と開け放たれた幅広の窓から春の風が吹き、レースのカーテンを上品に揺らしている。これで妻と子供が実家に帰省中なのだからなお良いというものだ。満足感に身を沈めていると、ふいにあくびがでた。
俺はいつの間にか眠ってしまったようだ。
玄関からのチャイムが俺を起こした。暗い部屋に灯りを点ける。時計を見てから窓の方に目をむける、カーテンはもう揺れてはいなかった。俺はわざとゆっくりと窓を閉めると安眠クラッシャー兼、訪問客に応答すべく玄関モニターのスイッチを押した。モニターに半ヘルメットをかぶった中年男性が現れる。
「はい?」
「N〇Kの集金にきました」
「生憎、つい先日住み始めたばかりの新築なものでね。まだテレビを購入していないんですよ」
「そうですか」
男はそういうと踵を返して立ち去ろうとした。
「ちょっと待ってください」
男の体の動きが止まるが、こちらを振り返ろうとはしない。
「今は夜中の12時ですよ? あなたは本当に集金係ですか? そうだとしたらクレームものだなぁ」
男は振り返るが表情は見えない。カメラに顔が映らないようにうつむいているからだ。直後、ドアに体がぶつかる大きな音がした。
がちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃがちゃ
ドアノブが執拗にひねられる。男はあきらめたのかうつむいた姿勢のまま早足でモニターの外へ去って行った。
思ったことをそのまま口に出したって得にはならない。せっかく諦めて去っていくところだった強盗を引き留めることにもなりえるし、、妻の機嫌を著しく損ねて実家に逃げられることにもなりえる。たかだか口喧嘩でいちいち実家に帰る妻は噴飯ものだが、しっかり鍵をかけて出て行ってくれたことには感謝しよう。
ふて寝していただけだが、半日も経つと腹が減る。俺はコンビニにいくことにした。
俺は油断していた。犯人は現場に舞い戻るというが、この場合は未遂だったわけだし、びびった俺が警察を呼ぶ可能性だってあるじゃないか。奴がそこまでのリスクを負って俺を襲うなんてことがあると思うか? 俺は些細だが重大なことに気が付いた。奴はヘルメットをかぶっていた。バイクに乗ってきたに違いない。奴がこの場から去ったならば聞こえていなければならないバイクのエンジン音を俺はまだ聞いていないのだ。
生憎、俺がそのことに気づいたのは、奴が俺の頭にバールを叩きつける直前だった。
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