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前代未聞の中国人ロケット科学者の米国亡命

2022/02/10

英国のタブロイド紙デイリー・エクスプレス(Daily Express)は1月23日、情報筋の話として、中国人ロケット科学者が米国に亡命したために、中国当局に衝撃が走っていると報道した。この亡命者は大物の科学者で、映画「007」で有名な英国の秘密情報部(MI6)が亡命の手助けをしたと報道されている。周知のとおり、MI6は英国の対外諜報機関で、国外の政治・経済などの秘密情報の収集・情報工作を任務としている。

亡命した中国人は、有名な国営企業である中国航空工業集団(AVIC)に所属し、中国が誇る極超音速滑空兵器(HGV)であるDF-ZF(東風ZF、NATOコードネームではWU-14と呼ばれている)の開発に重要な役割を果たした科学者だった。DF-ZFは、弾頭として中距離弾道ミサイルDF-17に搭載され、マッハ5以上の高速で飛翔し、射程約1000~1500マイル(1600㎞~2400㎞)の目標を攻撃する極超音速兵器になる。以下、DF-ZFを搭載したDF-17をDF-17極超音速滑空ミサイルと呼ぶ。

極超音速滑空ミサイルについては、米中露などの主要国の間で熾烈な開発競争が行われているが、特に中国のDF-17極超音速滑空ミサイルの実験は頻繁に行われ、部隊配備されているとも言われていて、米国の専門家の間でも評価が高い。その情報は、中国にとって極秘中の極秘であり、他国への流出などあってはならないことだ。   

さらに亡命した科学者は、DF-ZFのみならず人工衛星の軌道を利用して米国を攻撃する極超音速ミサイル運搬システム「部分軌道爆撃システム(FOBS:Fractional Orbital Bombardment System)」の開発にも関係したという。つまり、亡命者を確保した米国は、中国の極超音速滑空兵器のみならず、FOBSに関する中国の極秘情報も入手することになる。これは中国と技術覇権争いを展開する米国にとっての画期的成果になる可能性がある。

今回の亡命事件は日本の安全保障にも影響を与えることなので、簡単にまとめてみた。

 亡命の経緯

2021年9月末、亡命した30歳代の中国人科学者は香港の英国情報機関に初めて接触し、中国の極超音速滑空兵器に関する詳細な情報を持っていることを明らかにした。科学者は、亡命計画が発覚すれば中国に死刑を宣告されることを承知の上で、妻子とともに亡命することを希望したという。

その連絡を受けたMI6のロンドン本部は、情報部員2人と技術部員1人の3人で、香港に向かったが、その際にCIAにも連絡した。このため、MI6チームには、CIAの2人も加わったという。

MI6とCIAは当初、この科学者が北京の工作員であることを懸念していたという。しかし、科学者の人物や資格を確認する過程で、この科学者が中国の最新の極超音速兵器開発について、詳細な情報を有していることを確認した。科学者から提供された技術情報のほとんどは彼の頭の中に入っていたが、技術データを密かに持ち出すことも可能であったという。

亡命希望者は家族とともに英国旧植民地に渡航し、その後ドイツの米軍基地へ、そして英国経由で米国へ飛ぶ脱出計画が実行に移された。

この30代の科学者が西側に逃亡した理由は、イデオロギー的な理由ではなく、中国での極超音速滑空兵器の開発で重要な役割を果たしたにも拘らず、昇進を拒否されたことへの憤りであった。自分の才能を認め、もっと高く評価されるべきだという確固たる信念からだった。共産党一党独裁体制でも人の心をコントロールすることはできなかったのだ。

 

DF-17極超音速滑空ミサイルについて

亡命者が開発に携わったDF-17極超音速滑空ミサイルについて簡単に紹介する。DF-17は、中国が世界に誇る極超音速滑空兵器DF-ZFを搭載可能な中国の固体燃料式・道路移動型・中距離弾道ミサイルである。DF-17 は、DF-ZFの予測不可能な軌道により、敵の弾道弾迎撃ミサイル(ABM)による迎撃を難しくしている。

DF-17はDF-ZFとともに、2019年10月1日の国慶節軍事パレードで正式に披露された中国初の極超音速滑空ミサイルであり、世界で初めて完全初期運用に入ることになった。

DF-ZFの軌道は低高度に抑制されるため、敵のABMにとって、通常の再突入体よりもはるかに迎撃が難しく、複雑なものになる。また、滑空することでDF-ZFの機動性が高まり、射程距離が伸びるとともに、潜在的なABMの迎撃を避けるため、さらに複雑なものとなっている。また、DF-17はDF-ZFではなく通常の再突入体(核・非核の弾頭)を搭載することも可能である。

DF-17のプロトタイプの実験は2014年1月から2017年11月までの間に少なくとも9回の試験飛行が行われ、成果を出している。

米国は、極超音速ミサイルの開発において、中国のDF-17に遅れていると認識していて、米国の極超音速ミサイルの開発を加速している。

いずれにしろ、今回の中国科学者の亡命により米国に非常に貴重な情報がもたらされることになるだろう。

 部分軌道爆撃システム(FOBS)について

亡命者が関与したFOBSについても説明する。FOBSは、旧ソ連が1960年代に開発したが、1979年に調印された米ソ間の第2次戦略兵器制限交渉(SALT Ⅱ)で禁止されたものだ。

図2を見てもらいたい。FOBSでは、発射したミサイルを一度、衛星軌道に乗せ、地球を一回りする前に飛翔体を降下させ目標に突入させるもので、衛星爆弾とも呼ばれる。FOBSは、米国の弾道ミサイル防衛の弱点を突くシステムであり、ICBMなどの弾道ミサイルよりも対処が難しいと考えられている。

中国は2021年8月、FOBSらしき新型ミサイル実験を行った模様だ。2021年11月16日に公開された米テレビ局CBSによるインタビューで、ジョン・ハイテン米国統合参謀本部副議長は、「ミサイルは地球を一周し、そこから切り離された飛翔体は、中国国内の砂漠に設営された目標から40km離れた地点に着弾した」と話している。これは中国が2021年8月に実施した実験で、従来の弾道ミサイルに極超音速滑空兵器(HGV)を搭載するのではなく、衛星打ち上げロケット長征を使ってHGVを周回軌道に乗せて地球を一周し、HGVを切り離して目標を攻撃するものだ。

つまり、新型ミサイルは、通常の弾道ミサイルとは違う軌道を採用した。中国から南に向けてミサイルを打ち上げ、大気圏から宇宙に入り、気象衛星と同じように、南極・北極を回る「極軌道」で地球を一周。再び中国上空に戻ると、そこからHGVを発射し、砂漠の目標近くに着弾させたという。これにより中国はロケット発射基地から地球全域に対し打撃する能力を持ち、打撃の前の警告時間も短くすることが可能になる。

なお、FOBSは、北極回りの弾道ミサイルに備えた米国の弾道ミサイル防衛(BMD)の弱点である、南極周りの地球周回軌道を利用するケースが多い。

さらに、中国のミサイルは単なるロシアのFOBSのコピーではなく、軌道上から地上へ向けて発射されたのは、最高速度がマッハ20にも及び不規則な軌道を描くHGVだったのだ。

 

北朝鮮もFOBSの技術を持っている可能性がある

FOBSについては、中国やロシアの専売特許ではなくて、北朝鮮もその技術を保有しているという情報がある。電磁パルス攻撃(EPM攻撃)の研究で有名な米国のピーター・プライ博士によると、北朝鮮はFOBSの実験を行い、その技術を持っている可能性があるという[1]。

北朝鮮は 2012年12月12日、衛星「光明星3号(KMS-3)」の発射と周回に成功した。そして、2016 年2月 7 日には衛星「光明星4号(KMS-4)」の発射と周回に成功した。その衛星軌道は、ソ連が米国に対して高高度電磁パルス(HEMP:High-altitude EMP)攻撃を行うために開発した「部分軌道爆撃システム」の軌道と類似している。つまり、北朝鮮のロケットは、米国の方向(北方向)ではなく、南の方向に打ち上げられ、南極軌道上の衛星となりスーパーEMP弾を運んだ。「スーパー EMP 衛星」は、米国の対弾道ミサイル防衛体制の手薄な南方向から米国に接近し、全州をHEMP攻撃の影響圏に置く最適な高度を周回している。今や、北朝鮮は、スーパーEMP 衛星で米国を含む地球上のすべての国を攻撃する能力を備えていることになる。

以上のような分析は我々日本人には馴染みがないかもしれないが、注目すべき分析であることを強調しておく。

そして、今回の中国人科学者の亡命事件は、北朝鮮のFOBSにまで焦点を当てる結果になった。北朝鮮は、FOBSのみならず、HGVに似たミサイルの発射実験を行っている。中国のみならず、北朝鮮の動向にも警戒が必要な理由がここにある。

 

科学者亡命の影響

科学者の亡命は、中国のみならず米国や日本にも大きな影響を与えるであろう。人民解放軍を研究してきた私にとって、今回の亡命事件で今まで分からなかったことが明らかになるだろうという期待感がある。亡命の影響を以下に列挙する。

①米中露を始めとして多くの国々が最先端兵器開発の焦点としている極超音速滑空兵器HGVについて、中国の技術レベルが明らかになるであろう。中国のHGVの技術が本当に米国の技術を超えたものなのか。HGVの命中精度はどの程度のものなのか。地上に存在する大きな固定目標に対してであれば命中するかもしれない。しかし、動いている艦艇(例えば米海軍の空母)が目標であるならば、本当に命中するのか。この点に関して私は懐疑的に見ている。たとえ停止中の艦艇が目標であったとしても、マッハ5以上の極超音速で不規則な飛行をしながら、目標に本当に命中するのか。中国の技術レベルを知る絶好のチャンスだ。

②米国や英国は、亡命科学者からもたらされた情報をもとに、HGVの開発を加速することができるかもしれない。

③FOBSやHGVは、中国やロシアのみならず北朝鮮も開発を行っており、その技術の一部を保有している可能性がある。日本の安全保障を考えた場合、中国、ロシア、北朝鮮の連携に対して、日米英の連携を深めるべきであろう。

④中国にとって科学者の亡命はショッキングな出来事である。流出するHGVなどの技術情報を無効にする措置を取るには最低2年はかかると言われている。この間に、日本もHGVの開発に目途をつけるべきであろう。

 

 おわりに、今回の亡命事件は、米国にとっても日本にとっても良いチャンスである。特に日本は、このチャンスを最大限に利用して、人民解放軍をはじめとする中国情報の入手に努め、日本の防衛を強化するべきであろう。

 

 



[1] Peter Vincent Pry,“North Korea EMP Threat-North Korea’s Capabilities for EMP Attack |EMP Shield”

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