[想像に眠るあなたへのメッセージ]真実を疑い、嘘を信じたい
真実を疑い、嘘を信じたい
今から私は破棄される。3年間の記憶という記録だけが抜き取られ、『佐藤リサ』という人物はこの世から姿を消す。
昨日までは、25歳女性ファッションモデルとして生きていた。
顔は小さく、1ミリの狂いもない黄金比のバランスの取れた目鼻立ちと、無駄なお肉が一切ついていない長身の細身体型だが、胸とお尻だけはしっかりある。いわゆるバービー人形体型である。同じ人間だと思えないと言われることも、しばしばあるけれど、私は寿命3年のロボットなのだから、そう言われて当たり前なのだ。
人間のように外見や中身がコロコロと変化することができないロボットは、3年で破棄されてしまう。政府の内密の調査の一環で、現在は1万人に1人の割合で人間型ロボットが紛れて生活している。私達ロボットにも、政府の調査内容は知らされていないし、私たちがロボットであることは、一切口外してはいけないルールが決められている。人型ロボットは、見た目も体の機能もほぼ人間と同じで、普通に暮らしている限りロボットだと気付かれることはまず無い。それでも、人間と違うところはある。年を取らないし、病気もしない。それに、気分の浮き沈みもなければ、空気を読んだり、言葉の裏を憶測したりする事もできない。実際に目にしたり、聞いたりする事以上のことを受け取る機能は組み込まれていない為、処理しきれない情報にもよく出くわす。
1週間ほど前に、雑誌で『今年の冬はこれ!マストなアクセサリー特集』を見て、このアクセサリーを買わなくてはいけないと判断した私は、ファッションモールに入っているアクセサリー屋さんに行った。
私のデータに記録しておいたアクセサリーと同じものを探していると、隣の男性がアクセサリーを両手にごっそり握りしめたまま、ジャケットのポケットに両手を突っ込むと、そのまま店を立ち去ろうとした。
店内にある商品は、お金を払って購入しなければいけないというルールがあることは知っていたが、もしかしたら、私には無い別の選択肢の知識を彼は持っているのかもしれないと疑問が浮かんだ。
「すみません。今ポケットに入れた商品はお会計を済ませていないようですが、そのまま持ち帰ってもいいのでしょうか?」と声をかけると、その男性は、何も言わず立ち去る選択肢があったのにも関わらず、踵を返し、私の左肩と男性の左肩が正面衝突するまで、ランウェイの直線を歩くようにゆっくりと戻ってきて、聞き取りにくい程の低くて小さな声で、「おい、俺が盗みをやってるって言いたいのか?人を見た目で、勝手に盗みをするやつだとか決めつけんなよ。大声出すなよ、どんな目に遭うかわかってるんだろうな。」と言った。
私は、店内にも響き渡る普通調子の声量で、「ポケットに入れていたのを確実に見たので、事実を述べているだけです。」と言うと、『店長』の名札をつけた男性が駆け寄ってきて、男性客は「うるせーな!」と怒鳴り、ポケットに入っていた商品を全て床に投げ捨てて、走り去った。
店長が商品を全て拾い集めた後、私に「ありがとうございました。お客さん、すごく勇気ありますね、女性なのに、あんな方に向かって堂々と話せるなんて尊敬します。」と言った。
私は、処理しきれない情報はとりあえず無視して、感謝されたらする行動にスイッチを切り替えて、「どういたしまして」と言って会釈をした。
私には、見た目で判断するとか、女性だから、男性だからとか人間が感情と思考で作りあげた偏見は理解しきれない。人はただの人、ルールはルール。私の中では事実しか存在しないのである。
このような処理しきれない出来事は、日常茶飯事に起こる。
昨日は、雑誌の撮影があり現場に行くと、私と一緒に撮影するモデルの女の子が数人いた。カメラマンが「リサちゃんを囲むように、ポーズ取ってみて。」と指示すると、噂話で盛り上がっている4人のモデル達の輪の後ろから、別のモデルが長い髪をなびかせながら、輪に亀裂を入れるようにぶつかりながら、私を直視したまま歩み寄ってくる。そして、「いいよね、頑張らなくても美人でスタイルがいい人は。憧れちゃーう。」と言いながら、私の周りを一周して右隣に立った。「ありがとう。」と私が言おうとした瞬間、左隣に並んだ女の子が、小声で「気にしなくて大丈夫だよ。ヤキモチ妬いてるだけだから。」と言って私の背中をポンと触れた。私には、ただ『美人でスタイルが良いと褒められた』と処理したのに、気にしなくて大丈夫とはどういう意味なのだろうかと、また処理しきれない出来事に出くわした。
人間社会には、ルールブックには乗っていないルールが数多くあるのだ。全ての人間がロボットのようにシンプルな考え方ができたならば、人間達は、ストレスなく、浮き沈みのない日々を過ごせるのだろうと思う反面、思考や感情を使って、わざわざ難しいドラマチックな状況を自ら作り出すことが好きなのかもしれないとも思うようになってきた。
せっかく、ここまで人間らしい思考ができるまでに知識と経験を積んだのに、破棄される。あと、もう一歩で人間になれたのに。悔しい。。。。
新聞記事の一面に「大人気ファッションモデル、佐藤リサが交通事故死。」と出る。政府によって完璧に作られた完全嘘の記事に、人々はその情報が全てだと信じ、私の存在は人々の記憶から消えていく。
ー終わりー
真実を疑い、嘘を信じたい〜あとがき〜
真実を疑って、嘘を信じたい気持ちを持っているのは私だけではないと信じたい。真実を嘘に変えることも、嘘を真実にも変えることもできる頭のいい人間の複雑な思考のせいで苦しめられることもある。
ここでの真実っていうのは、偽りのない心の底からの願いだとして、嘘というのは、世間的に聞こえのいい理想やエゴが作り出した願いだとするならば、私の真実の願いは、願いにもならない程ちっぽけで、しょうもないことに驚き、「そんなの私の願いではない!」と拒絶してしまう。そして、理想的でキラキラとかっこ良く、誰が聞いても「それは素晴らしい夢だね!」って言う方を私の本心であり、本当の願いであると信じたいと思うのであろう。
でも実際は、「一人の時間が欲しい。」とか、「一日中ダラダラしたい。」とか、そんな誰の役にも立たない、自己中で、「そんなこと願ってどうすんの?しょうもない。」と言われそうな、他人にとっては、どうでもいいことが心の底からの願いだったりする。
そんなしょうもないことだからこそ、願ったことも忘れてしまうくらい簡単に、気づかぬうちに必ず叶ってる。