ずっと夢がなかった私が、今夢を持ってmikanに入社した理由
こんにちは。株式会社mikanの石田です。カスタマーサポートをしています。
これは、ずっと夢がなかった私が夢を持ってmikanに入社したお話です。
ずっと夢がなかった
私は小さい頃から、ずっと夢がありませんでした。
卒業文集などの「将来の夢は?」という定番の質問には、その時私の身近にあった職業をなんとなく答えていました。ピアノを習っていたから、ピアノの先生。歯医者に通っていたから、歯医者さん。身近な職業を適当に答えながら、横目で「将来は絶対に先生になりたい!」とキラキラした目で話している友達を見て「すごいな〜」と思っていました。
「なぜあの子にはしっかりとした夢があるんだろう?」
この問いは、小学生の頃からずっと私の心の奥底にありました。でも、夢がわからなくても進級していかなければいけない。中学校はそのまま近くの学校へ行き、高校も近くの普通科に行き、夢について考えるのを避けたまま高校生になりました。しかし、小学生の頃に芽生えた「夢がないコンプレックス」は高校3年生の時にまた顔を出しました。
そう、進路を決めなきゃいけなかったのです。
その時も同じクラスの子が「小学生の時からずっと変わらない夢があるからこの大学に行きたい!」と話しているのを聞きながら、夢がない自分との違いに愕然としたのを覚えています。
仕事について本気で考えた一つの質問
迷いながらも、大学は保育を勉強できる大学へ。小学生の頃に通っていた学童保育が大好きだったことと、中学生までは学校が好きで教育という分野にも興味があったから。
卒業後は幼稚園教諭として働きました。3,4,5歳の担任を経験し、毎日子どもたちの成長を感じられるこの仕事はものすごくやりがいがありました。一方で、保育も好きだけど、全く違う職種にもチャレンジしてみたいという思いが湧いてきて、20代後半で転職。
今度は新車販売のディーラーに勤めました。ここでは接客や事務、経理などを経験しました。接客で、得意のコミュニケーションスキルを活かしてお客さんとの信頼関係作りに励む日々。大きい会社で制度や福利厚生もしっかりしている、同僚も良い人たちばかりだし、ここにずっと居ればお給料も上がっていくし、安泰なのかもしれない。そんな安心感に包まれつつも、ある一つの問いに出会い、私の心は大きく動き始めました。
「1年後に死ぬってわかっていても、今の仕事を続ける?」
答えはNOでした。
なぜか即答できました。別に今の会社に不満はない、感謝もしている。でも1年後に死ぬならこの仕事じゃない。そこから私の心の中に大きなモヤモヤが湧いてきました。
「自分が本当にやりたいと思うことを仕事にしたい。でも、本当にやりたいことって何…⁉︎」
再発する夢がないコンプレックス。ここから、私のやりたいこと探しの旅が始まったのです。
見て見ぬふりしていた夢がないコンプレックスに向き合い始めた20代後半
「自分の本当にやりたいことって何⁉︎」
この問いに向き合い始め、自己啓発やビジネス書やさまざまな本を読み漁った結果、結局自分自身に向き合わないと答えは出ないことに気づきました。外側を探してても見つからない、答えは内側にある。そこから自分に向き合うために心理について猛勉強を開始。
1年後に死ぬならこの仕事じゃないとわかっていても、すぐに辞める勇気もありませんでした。でも仕事を続けながら休日は本屋に通って勉強、自分の心と向き合うという習慣を作りました。
そんな風にして自分の本当にやりたいことを探すための行動をしていたら、なぜだか自然と出会いが変わって来ました。偶然友達の紹介で、未来のことについて語り合える友達が新しくできたんです。
私の「まだやりたいことってわからないけど、こんなことに挑戦してみたいな〜」といった曖昧でぼんやりとして発言に対しても、「じゃあどうやってやってく?」と言ってくれる友達。お互いの理想に対して「やってみようよ!」と言い合える関係性は、私のそれまでの人生ではあまりありませんでした。私はその友達に出会ってから、自分の未来を考えるのがすごく楽しくなったのです。
夢の中のお告げ
結局1年後に死ぬならこの仕事じゃないと感じていた会社は、出産を機に退職を決意しました。その後は、未来を語り合える友達と「なんかやろう!」と言ってノリで合同会社を設立。あれやる?これやる?と全て自分達で考え、形にしていく道のりはすごく楽しかった。お金はなくても、本当に充実した毎日で、心が満たされて、自分がイキイキしていくのを感じていました。その道のりの中で、ある日私の身に不思議な出来事がありました。
「やりたいことを見つけたい人のお手伝いをしなさい」
夜中の3時に、夢の中でこのお告げが私に降ってきたのですw 嘘みたいな話なんですが本当なので書きますw 私はそのお告げを聞いて咄嗟に「これは忘れちゃいけない!」と感じて、枕元に置いたはずの携帯を探し「やりたいことを見つけたい人のお手伝い」とメモを取りました。
そういえば、私はやりたいこと探しをしていたんだった。会社を作って突き進んでやりたいことが見つかった気がしていたけど、私のやりたいことはこれだ!と言語化できているわけじゃない。このお告げを機に、私自身のやりたいことをしっかり言語化し、私以外の人もやりたいことを見つけられるように、一冊のテキストを作ろう!
そう思い、やりたいことを見つけたい人のために、今まで私が勉強してきたことをまとめて一冊のテキストにすることにしました。
得たものと失ったもの、プラマイプラス。
テキスト作りは難航。それもそうです。テキストを作るのなんて初めてなんですから。でも、できるかできないかを考えずに始めてしまう私の習性が功を奏し、始めたんだから終わらせなきゃという気持ちで作り上げました。1年かかりました。以前の私と同じように「自分のやりたいことがわからない」という状態の人が、やりたいことを見つけるまでに必要なことを6stepにして、段階的に取り組めるようなテキストを作りました。そのテキストのおかげで私のやりたいことはしっかり言語化することができ、そのテキストを元にコーチングを受けてくれた合同会社の友達もやりたいことが見つかりました。
でも失ったものもありました。ノリで一緒に合同会社をやっていた友達全員のやりたいことが明確になった結果「みんなのやりたいことをやって生きていくためには会社じゃなくてもいいね」となり、会社は解散することに。失ったと書きましたが、みんながやりたいことを実現していくための前向きな解散です。ケンカ別れでもなんでもなく、今でも変わらず応援しあっています。
壁にぶち当たり、就活開始。
その後は個人事業主「やりたいことを見つける専門コーチ」として、一生懸命作ったテキストを元にコーチングの仕事を始めました。結局一緒に合同会社をやっていた友達も運営を手伝ってくれて、個人事業と言えどチームでやっていました。
HPを作り、やりたいことを見つけるためにコーチングを受けたい!と来てくれる人もいて、これからどんどん頑張っていこう〜!というタイミングで、私の目の前に壁が立ちはだかりました。やりたいから始めたことではありますが、仕事としてやっていくには自分の知識、教養、心の器が足りなすぎると痛感していたのです。今目の前にあることに集中して取り組みつつも、未来の動きも考えていかなくてはいけない。しっかり数字も見ながら続けていく方法を考えていかないといけない。しかもチームでやっているため、自分だけではなく、チーム全員が幸せになるように考えていかないといけない。
「私はもっと勉強して心の器を広げなきゃいけない」
直感的にそう思いました。そして今の自分に課題だと感じている部分を書き出してみると、「経済とは、お金とは、について勉強するべき」「チーム全員が幸せに働くには、を勉強するべき」この2つの課題が見つかりました。
この2つの課題は、独学では難しいだろう。どこかに所属しながら学んでいった方がいい。そう思いました。そこから私の心の器を広げるための就活がスタートしました。
mikanとの出会い
就活でMeetyを徘徊していました。そこで「mikanへの転職に興味がある方、超気軽にお話ししましょう!」という文字が目に入り「mikanって何する会社?」となぜかものすごく気になりました。そこからmikanのHP、社員の
さんが書いたnoteまで隅々読んで調べました。
mikanという会社を全く知らなかったのに、読めば読むほど気になって 「ミッションやバリューにも共感するな…」 「チーム感に魅力を感じるな…」 「もしかしたら私の2つの課題を学べる場所かも…」
と深みにハマり、気付いたらCSポジションに応募していました。
1回目、2回目の面談を終え、私が感じたことがありました。「私はこの人たちと未来の話をしていきたいと思っているな」と。それはノリで一緒に合同会社を設立した友達に感じたものと、すごく似た感覚だったのです。「こうしたい」って言ったら「じゃあどうする?」って一緒に考えてくれるような人たちなんじゃないかな、って思ったんです。
mikanで「人生の可能性を広げる仕事」をしたい
その私の直感は当たっていました。「個人事業も続けたいし、学びたいことがある。私のできることでmikanに貢献しながら、私自身の心の器を広げる場としてjoinさせてほしい」という、わがままな想いを受け入れてくれ「一緒にやっていこう」と言ってくれました。そして今、私はmikanのCSチームの一員になりました。
mikanのミッションは「本質的なテクノロジー活用であらゆる人の英語学習によりそい人生の可能性を広げる」です。
私が自分の研究で見つけたやりたいことは「自分で人生の選択をし、元々持っている魅力や資質を活かして生きる人を増やす」ことです。
mikanのミッションと私のやりたいことは、重なる部分があります。「人生の可能性を広げる」というところです。私は世の中の人みんなに、本当にやりたいことをして生きてほしいと思っています。そしてやりたいことをして生きるために大切なことは「自分で人生を選択する」ということです。
英語ができないから諦めていることがある人、英語が苦手だからそもそも視野が広がらない人、英語を勉強するという壁が高くて重い腰が上がらないという人って、結構いるんじゃないかなと思います。「本当にやりたい!」と思っていることに対して、英語が壁になっている人がいるんだったら、それはmikanでサポートできます。選択肢を広げることができるんです。mikanで英語を学習することで、見えなかった選択肢が見えてくるかもしれないんです。
私はmikanのメンバーとして「人生の可能性を広げ、本当に選択したいものを選択できる人」を増やす仕事をしていきたいと思っています。
私が入社して感じたmikanの魅力Best3
入社して間もない私ですが、ここには書ききれないくらいの魅力をすでに感じています。頑張ってBest3に絞ってみました。
①社員の可能性も広げてくれる
「本質的なテクノロジー活用であらゆる人の英語学習によりそい人生の可能性を広げる」がミッションのmikanですが、mikanアプリを使ってくださる方だけではなく、社員の可能性も広げてくれる場所だと感じています。私はWeb業界って、未経験可と書いてありつつも結局即戦力しか採用されないんじゃないかという謎の偏見を持っていました。だから、Web業界のCS未経験の私はmikanに応募しつつも「ダメ元」という気持ちでした。入社が決まった時は信じられませんでした。そして入ってみるとなんと、私以外にもWeb業界未経験から始めた人がたくさん居たのです。即戦力だけを採用するのではなく、カルチャーフィットし熱量があれば育ててくれる会社ってなかなかないんじゃないでしょうか。その懐の深さに、感動しました。
②物理的距離は遠いのに、心の距離が近い
mikanのみんなはフルリモートで働いています。私はフルリモート稼働している会社に入社するのが初めてだったので、すぐ慣れることができるか心配でした。でもその心配は無用でした。本当に皆さん寄り添ってくれて、物理的距離は遠いのに温度を感じることができるんです。皆さんの心の温かさを。隣に居るみたいに「これ教えてください!」とわからないことや心配事を聞くことができます。しかも、私が上手くヘルプを出せなくてもそれを感じ取ってくれて、先輩が不安解消のための先回りをしてくれていることもありました。リモートでこれが出来るのは本当にすごい。私は安心感の中で仕事をすることができています。遠いのに、メンバーの距離がすごく近い会社です。
③とにかく人が良い
「心の器を広げる」が私の今回の就活のテーマだったわけですが、入ってみてすぐに「ここは心の器が広い人が集まっている場所だ」と感じました。まず目の前の出来事を受け止める、そして受け入れる。そこから自分の頭で考える。挑戦してみる。仲間を信頼して頼る。こういうことができる人の集団です。ここでしっかり目の前の仕事に向き合ってコツコツ頑張っていけば、私の目標は達成されるだろうという自信があります。仕事を「誰とするか」を重要視している人は、ぜひmikanを視野に入れてほしいなぁと思います。
一緒にmikanで働きませんか?
20代後半大手会社員時代「1年後に死ぬってわかっていても、今の仕事を続ける?」という問いに、即答でNOと言えた私ですが、今の私は「1年後に死ぬってわかっていても、mikanの仕事を続ける?」の問いに、即答でYESを言えます。1年後に死ぬとしても、mikanを利用してくださるたくさんの人と、自分自身の可能性を広げるということに挑戦したいから。それってすごい楽しそうって、ワクワクしている自分がいるから。
これを読んでくださっているあなたは、もしかしたら「自分の夢ってなんだろう?」「やりたいことってなんだろう?」とモヤモヤしているかもしれません。まだそれがハッキリと見えていなくても「mikan気になる…」と思ったら、まずはそのまま気軽にお話ししてみませんか?その一歩が、もしかするとあなたの未来のワクワクに繋がるかもしれません。直感的に「なんか気になる」と思ったらGOです!ぜひお待ちしています!
https://mikan.link/careers
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?