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【Overseas-13】トランプの使者外交
〜2月28日 01:30
トランプ大統領の側近が、大統領の指令を受け、自分たちの責任領域に一斉に矢を放ち始めた。正確には、1月20日の就任式で正式に就任宣誓するより前に、既に一矢が放たれている。
一の矢:スティーブ・ウィトコフ中東特使
外交の素人
ドナルド・トランプは大統領選に圧勝したことが確定した2024年11月5日から、わずか1週間後の11月12日に、外交にまったく経験のないスティーブ・ウィトコフ(Steven Witkoff)を中東特使(Special Envoy to the Middle East)に任命した。
ウィトコフは不動産弁護士としてキャリアをスタートさせ、不動産投資家、デベロッパーに転身し、billionaireになった人だ。ウォール・ストリート・ジャーナル紙は彼のことを2024年11月の記事で以下のように書いている。「不動産業界の仲間は必ずウィトコフを聡明で人当たりがよく、庶民的な感覚を持った才能ある交渉人だと評する」と。
ウィトコフとトランプの繋がりは、40年以上前に遡る。ウィトコフが1983年にロースクールを卒業後、ニューヨークの不動産法律事務所に勤務し始めた頃、彼のクライアントの一人がドナルド・トランプであった。 二人はこれをきっかけに友人になった。意気投合したのだろう。その後、長いつきあいが始まった。ウィトコフは1986年から不動産投資やデベロッパーの分野に乗り出し、莫大な財を築いた。
ウィトコフは外交にはまったく関わったことがなかったが、彼の交渉における才能が複雑な外交交渉にも使えるとトランプ独特の直感で閃いたのだろう。
トランプは、人材の登用においてmerit ということをしばしば強調する。実力主義(meritocracy)ということだ。その対極にあるものとして、DEIが位置付けられている。今、そのDEIが大統領令によって粉々にされている。
正確には二つの大統領令がDEIに関わるのだが、このニュースを見た時、僕は、ようやく、これをやる人が出てきたことに驚き、安堵し、感動さえした。そう言うと、はあ?って思う人がほとんどなのは知っている。
Diversity(多様性)、Equity(衡平性)、Inclusion(包摂性)のどれか、もしくは全部に反対するわけではないし、僕が長くいた職場では、それは完全に実行されていて文化的に当たり前のこととなっていたので、誰も意識さえしなかった。
ところが、これがDEIというキャッチフレーズになることによって、茶番化していく。制度化されることによって、形だけ整える慣行が始まる。DもEもIも中身がないがしろにされる。「DEIやってます」という意味の分からないことが重視されるようになる。社会、あるいは組織は、DEIをスローガン化することによって、逆行し始めるのだ。もし、あなたが所属する組織にDEI担当なるものがあれば、一度話してみればいい。僕が何を言ってるか直ぐに分かるはずだ。
これはDEIに限った話ではない。たくさんの言葉がこのようにキャッチフレーズ化され、もて遊ばれ、中身を骨抜きにされ、葬られていった。国際機関が関わる世界ではそのようなことが常にあるのを目撃してきたし、憤りもした。
SDGsはその代表的なものだろう。人々や企業や政府は、その17のgoals と169のtargets を理解し、検証し、推しているのだろうか?個々のtargets相互間に矛盾や衝突を発見しないだろうか?そんな話をすれば、いったん「SDGs=善」となった世界では、良くて慇懃無礼な無視、運が悪ければ、悪魔化されて罵られるかもしれない。
全部まるっとまとめてSDGsという言葉だけが、形として残る。それぞれのgoals を目指して、個々のtargets に真剣に取り組む努力よりも、SDGsのロゴをホームページにつけたり、パンフレットや、ポスターを作ったりすることがSDGsの推進になってしまう。それで何も1ミリも変わるわけはないのだが、当人たちは業績をあげた気になり満足する。この世界が持続するかどうかなんて話はもはやここにはない。
(話が逸れるので、DEIについてはここで止める。需要があれば、別途記事にする)。
交渉のプロ
話を元に戻すと、2025年1月、ウィトコフの矢は放たれた。彼に与えられた使命は、「1月20日のトランプ大統領の就任式までに、イスラエルとハマスの間の停戦と人質交換を達成する」というものだった。
ウィトコフは、中東に飛んだ。前線基地であるカタールのドーハに到着して直ぐに、彼はユダヤの安息日である金曜日であるにもかかわらず、夕方にイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相の補佐官に電話し、翌朝の土曜日に会談を要求した。ネタニヤフ首相の補佐官は、安息日が終わるまで待つよう提案したが、ウィトコフ氏はこれを拒否し、結果として、ネタニヤフ首相は翌土曜日の朝、ウィトコフ氏との会談に応じた(‘A stern message’: how return of Trump loomed over Gaza ceasefire negotiations)。外交慣例に従う熟練の外交官ならこんなことはするのはあり得ない。
そして、ウィトコフは、バイデン政権が1年近く交渉して達成できなかった「即時停戦」、及び「ハマスとイスラエルの間での人質の段階的交換」に、たった96時間でネタニヤフに合意させた。トランプの直感は当たったのだ。
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2月20日 21:30 〜 2月28日 01:30
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