【Overseas】ウクライナ戦争の実相
今回は、2022年4月に行われた国際シラー研究所によるリチャード・ブラック氏のインタビューの後半部分を紹介します。前半で彼がシリア内戦が始まった状況について話した部分は、『シリア内戦の起源−リチャード・ブラックの見てきたアメリカ』で取り上げたので、そちらも参考にしてください。
ウクライナを巡るナラティブ
日本のディストピア
シリア内戦に比べると、ウクライナ戦争の方が世界に対する露出度がはるかに高かったので、ここでブラック氏が話していることも今ではご存知の方も多いでしょう。しかし、これは2年半前の2022年4月のインタビューであることに注意を払ってください。その頃、全世界を席巻していた「プーチン悪魔・ゼレンスキー英雄」という報道がいかに偏り、歪んだものであるかを、他の多くの学者がやっていたように、ブラック氏も伝えようとしていたのです。
ウクライナの問題は2022年になって突然騒がれ始めたわけではなく、欧米大手メディアでさえ、少なくとも2004年のオレンジ革命以来ずっと継続的に報道していました。ですから、「2022年に突然、ロシアがウクライナに侵攻した」というナラティブの作り方そのものに既に大きな偏向が仕込まれており、実際そのような語られ方に僕は非常に驚いたのを覚えています。それは「突然始まった」のではなく、「とうとう始まった」のです。
ところが、日本のメディアに登場する「識者」たちは、これを「突然」の事件のように語る人がほとんどで(おそらく全部)、中世まで歴史を遡る人はいても、やはり「突然」の驚き感を全開にしていました。
要するに、この人たちはウクライナで何が起きているかを何も見ていなかったのです。そういう人たちが日本のメディアに登場し、「オレは知っている」ポジションを取りました。しかし、皮肉なことに、その「突然」を連発することによって、かえって「にわか識者」であることを露呈していました。それでも、彼らの言うことが一切のフィルターもなく、新聞、テレビ、ユーチューブ、SNSなどを通して、日本社会の隅々に配給されていき、Twitter/X などで少しでも異論をつぶやくと、火がついたように攻撃してくる人の群れが出来上がっていきました。日本は欧米メディアによるプロパガンダを鵜呑みにした国になったということです。これは恐ろしいことです。ジョージ・オーウェル的なディストピアの世界が現出しているということなのですから。
LIVE 『ウクライナ』の4人の識者
僕は2020年以来、LIVEイベントをやっていますが、そのプラットフォームを使って『ウクライナ』というタイトルでLIVEイベントをやったのが、2022年3月13日です。「これはおかしい、なんとかしなければ、日本もなんらかの形で引き込まれる」という危惧があったからです。もちろん、僕がLIVEイベントをしようがしまいが、その後日本はウクライナ戦争にずるずると引き摺り込まれていきます。西側のロシア制裁に飛び乗り、同年3月23日、日本は、ウクライナのゼレンスキー大統領にオンラインで国会演説をしてもらい、式次第に従って、れいわ新選組以外のすべての国会議員がスタンディング・オベーションで応えるという快挙を達成し、日本はロシアの非友好国リストに追加され、おまけにウクライナの莫大な額の借金を肩代わりするはめになりました。主語極大化でざっくり言えば、この時点で日本は騙されていました。しかも、日本が得たものは何一つありません。
上記のLIVEイベント『ウクライナ』の構成を簡単に紹介しておきますが、このイベントの趣旨は、2022年2月24日に始まるロシアによる「特別軍事作戦」に至った文脈について正当に知ってもらうことでした。ちょうどこのOverseas プランのシリーズがやろうとしていることと同じです。ウクライナを支持しようが、ロシアを支持しようが、それは最終的に各個人が決めるしかない。その前提として、出来る限り、意図的な歪みを取り除いた情報を共有することが目的でした。
そのイベントでは4人の著名人を取り上げています。
1人目は言うまでもなく、ジョン・ミアシャイマー教授(John Joseph Mearsheimer)です。彼が2015年6月4日に行った講義、"The Causes and Consequences of Ukraine Crisis"(ウクライナ危機の原因と結果)についての解説です。彼の講義の動画はたくさんありますが、2015年のものを取り上げたことには意味があります。その段階で、2022年に始まったウクライナ戦争は完全に予測されたことだったことが分かるからです。彼は非常に標準的な地政学的見地から淡々と語りますが、「突然」などという戯言が入る隙はどこにもありません。
2人目は、デヴィッド・ハーヴェイ教授(David Harvey)です。同年2月27日のアメリカ地理学会の講演録を取り上げました。これは上のミアシャイマー教授の講義とは対照的に、ウクライナ戦争勃発直後の講演です。この講演録は当時「突然」というメディアのナラティブを信用していない人たちが、ウクライナ戦争勃発の背景を理解するための知識を求めて、世界中に広く読まれました。彼はこの講演でウクライナの置かれた文脈を多層的に見ようとしています。本文はここで読めます。”Remarks on Recent Events in Ukraine: A Provisional Statement”(これにはSeiya Moritaという方が訳された日本語訳もあります。)
3人目は、ジョージ・ケナンです。国際政治の勉強をされる方にとっては、美空ひばりより有名な人です。戦前戦後を通してソ連の専門家として活躍した外交官であり学者です。アメリカの冷戦政策の基本となった「封じ込め政策」の考案者として知られています。ソ連/ロシアの専門家としてアメリカでは神的存在であったため、面白いことに全く同じタイトルの論文が別々の著者によって、2回発表されています。タイトルは、『What Would George Kenna Say About Ukraine? (ジョージ・ケナンならウクライナについて何を言っただろう?)』というものです。ソ連/ロシアの「封じ込め政策」を考えたジョージ・ケナンだからこそ、NATOの東方拡大が引き起こす問題を熟知していた人です。
1本目が Geoffrey Robert によって発表されたのが, 2014年5月25日、2本目が Paul C. Atkinson によって発表されたのが、2022年1月28日。この日付も興味深いです。前者の2014年はマイダン革命の危機、後者の2022年がウクライナ戦争勃発の危機。危機になると頼りたくなる存在ということなのでしょう。
4人目がヘンリー・キッシンジャーです。彼については、説明するまでもないでしょう。アメリカ外交を60年代後半から70年代、裏で表で支配してきたと言ってよいと思います。公職を退いた後も、彼の知見は求められ続けていました。彼の「プーチンを『悪魔的な存在』と呼ぶことは政策ではなく、それは政策がないことの証明だ」という言葉にキッシンジャーの洞察が現れています。
彼らはまったく違う立場にいる人たちですが、4人に共通するのは、①現実の観察に基づいているという意味でリアリストであること、②対立するどちらか一方に肩入れすることを目的としていないこと、そして、③危機に至った文脈を明らかにすることによって解決の方向を探求するという点です。
ここでは、上記LIVEについてこれ以上深入りしませんが、戦争の現場の視点から話をするリチャード・ブラック氏のインタビューには、上記4人の指摘することとオーバーラップすることがしばしば出てきます。
ウクライナ戦争直前史
さて、なぜ「突然」ではなく、「とうとう」であったのかについて、ブラック氏のインタビューに入る前に、IからVまでの5段階に分けて、簡略に説明を加えておきます。
I. オレンジ革命(2004年ー2005年)
ウクライナでは2004年大統領選挙をめぐり、親欧米志向のヴィクトル・ユシチェンコと、親ロシア志向のヴィクトル・ヤヌコーヴィチが激しく争っていました。最初の決選投票では中央選挙管理委員会がヤヌコーヴィチの勝利を発表しましたが、不正があったと主張する市民による大規模な抗議運動が勃発しました。抗議デモはキエフの独立広場(マイダン)に数多くの市民を集め、「オレンジ革命」と呼ばれる大規模運動へ発展しました。
ウクライナ最高裁判所は決選投票の結果を無効とし、再投票を実施します。2004年12月末の再投票でユシチェンコが逆転勝利し、2005年初頭に大統領に就任しました。
欧米メディアによるナラティブは、「このオレンジ革命は、ウクライナにおける民主化と欧米寄りの路線の象徴である」というものです。
もう一つのナラティブは、米国の関与に関するものです。この頃、旧ソ連圏で「カラー革命」と総称される革命があちこちで起こっています。ウクライナの「オレンジ革命」もその一つです。2003年のジョージアの「バラ革命」、その後に、2005年のキルギスの「チューリップ革命」などです。「アメリカをはじめとする西側勢力が裏で革命を扇動した」というのがもう一つのナラティブです。
「カラー革命」の背景には、それぞれの国民の間に、不正選挙に対する抗議、強権政治に対する不満、民主化への渇望などがあったのは事実でしょう。しかし、これは極めて国内的な問題です。
その一方で、アメリカ政府やNED(全米民主主義基金)、USAID(米国国際開発庁)、及びジョージ・ソロスのオープン・ソサエティ財団などが、それぞれの国の市民団体や選挙監視団体に資金援助をしていた事実は公的に確認されています。公式の目的は、アメリカ的民主主義の拡大ですが、それと政権転覆のための工作との境界線は極めて曖昧になります。カラー革命の背後にCIAの活躍の場があり、それが間欠的に発覚しメディアに晒されることがありますが、CIAの工作はアメリカの総合的なアプローチの一部でしょう。
万歩譲って、アメリカが純粋な善意によって全世界に民主主義を拡大しようとしているとしても、それが内政干渉を許し、他国の政権を転覆することを正当化する理由にはなりません。そして、最も本質的な問題は、「他人による民主化はもはや民主ではない」というパラドクスです。これを僕はアフガニスタンやイラクで見てきました。完全武装したアメリカ兵がある日突然、あなたの家のドアを蹴破って、大きなマシンガンを抱えて、家の中で怯える男、女、子供たちに向かって、しかもさんざん同胞の親族、知人、友人を殺した後に、「今日からお前たちは民主化した」と言って、民主主義は達成できるものでしょうか?そこに、民主の「民」の主体性はかけらもなく、あるのは、アメリカの徹底的な傲慢と民主主義に関する無知と、「民主化」される国民たちの恨み、怒り、悲しみでしょう。
アメリカによるカラー革命への関与が内政干渉である側面は否定できない。これが2000年代初頭のウクライナを巡る状況でした。
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