肉体派受験生におすすめの『百式英単語』<ADHDの息子の大学受験日記>
8月11日
夏休み初日。いま私の手元には、「進路の手引き」という冊子がある。これは年度初めに息子の通う高校から毎年配布されるもので、大学受験の説明や前年度の受験結果などが詳細に書かれている。
これがなかなか面白く、私の愛読書になっている。各教育産業企業のコンプライアンスが手を届かせたくても届かない場所からの発信であるため、わりと受験生の本音が書かれていて、「どういう勉強をした子が志望校に受かっているのか」が明け透けにわかってしまう。
今回の「進路の手引き」には、有名私立のW大に見事合格したHくんの「受験体験記」があった。その一部をご紹介したい。彼の「英語の勉強法」として掲載されていた文章だ。
「英語は単語がわからないと話にならない。3年間、とにかく単語を暗記した。暗記した。暗記した。暗記・暗記・暗記した」
内容的にもリリック的にも最高の文章だ。かの松尾芭蕉の名句「松島や ああ松島や 松島や」を思わせるリフレイン。『ピプノシスマイク』のキャラクターたちもびっくりのバイブス。この文章を活かせば、都の西北にあるW大だけでなく、三田や湘南にあるK大にも受かったんじゃないだろうか。「ペンは剣よりヒプノシスマイク」と、福沢先生も言ってくれるんじゃないだろうか。
……と、勝手な文芸批評は置いておくとして、Hくんの文章が、受験英語の勉強の真実を示していることに注目したい。
「英語はまず単語から」
これは、有名予備校講師であれ、生徒の三分の二がシャブに手を出しているようなド底辺公立校の教師であれ、英語の教育に携わる者はみんな言っていることだ。シャブだのバイブスだのと、カタカナ大好き小池都知事も使わないようなカタカナを綴っている私でさえ、息子にさんざん言ってきた。
「英語は言葉なんだ! 言葉は単語からできているんだ!」
最初の部分がどこかで聞いたようなフレーズなのはご容赦していただくとして、どんな言葉も単語の組み合わせからできているのは紛れもない真実だ。日本語だって「わたし/は/女子高生/です」と単語として分けることができ、その中で「女子高生」という単語の意味がわからなければ、こんな簡単な文章さえ理解がしにくくなる。
ごくたまに「ジョシコウセイ? うーん、意味はわからないけど、なんだか若い女の子のにおいがする言葉だな……デュフフ……」と、野生の勘というか変態パワーで単語の意味をつかめる人もいるだろうが、そういう人は天才言語学者になったり刑務所に入ったりする特別な存在なので、一般的には「単語の意味がわからなきゃ、言葉はわからん」が正解だろう。
話は長くなったが、とにかく「英単語の暗記」が、大学入試という千里の道の第一歩目だ。とにかく暗記あるのみである。
しかし、我が家の息子には、この単語の暗記に大きな壁が立ちはだかる。ADHDの影響による言語能力の低さと、ワーキングメモリの弱さだ。ここらへんの説明は、以前のnoteを参照していただくとして、とにかく「英語が苦手、暗記が苦手」とご理解いただきたい。
その特性のせいで、高校入学後も小文字のbとdの見分けがつかなかったり、debtを「デブ」と平気で読んでしまっている息子に、どうやったら英単語を暗記させられるか――それが私のミッションだった。
明らかにインポッシブルなミッションだけれども、ポッシブルにしなくてはいけない。まさにこれは戦だ。私と息子の記憶能力との合戦だ。息子が高2になった直後の昨年の春、戦闘開始のほら貝の音を空耳で聞いた私は、さっそく学参売り場に行き、いくつかの英単語帳を購入してみた。
有名どころの英単語帳は、きちんとまとまっているし、あまり非は見当たらない。あるとすれば、うちの息子のゆるふわ頭脳に合わないだけだ。息子の頭脳のほうを合わせるとなると、ヤバい医者とかに脳改造手術をお願いするしかなくなるので、これは却下。
しかしそうなると、該当する英単語帳はゼロになる。マジか。受験勉強もここで終了か……いや、あきらめたらそこで試合終了だよな……と、ゆるふわ頭脳に合う英単語帳を求めてジャングルの奥地に旅立とうとしていたとき、あるツイートを発見したのだ。
私が勝手に信頼を置いている予備校講師の長瀬正志先生が、「最後まで全部覚えきれる単語帳ランキング」のナンバーワンに挙げていたのが、『百式英単語』だった。
これは書店でチェックするしかないと、私はこのツイートを見たその日のうちに書店に行き、中身を確認してみた。そして「……これはすげぇ!」というのが、最初の感想だった。
この英単語帳のキモは「覚え方」だ。ふつうの英単語帳では、「ゴロで覚えろ」「文章の中で覚えろ」「グダグダ言わずに覚えろ」と、「うるせぇ! それで覚えられたら苦労しねぇんだよ!」と言い返したくなるようなことを言ってくるが、『百式』は違う。簡単にいうと、短期記憶よりも長期記憶を活用した覚え方の英単語帳だ。
ここらへんも「短期? 長期? なんじゃそりゃ?」という方がほとんどだろうが、ADHDやディスレクシアに関する知識のある方であれば、「おお! それは画期的!」と思ってくださるだろうし、勘の鋭い変態ならば「俺には関係のない言葉だな」とさっさと立ち去ってくれるだろう。
息子は生まれつき短期記憶の能力が弱い。そのぶん、長期記憶はそこそこ優れている。なので、『百式』を見たとたん、「これは息子のゆるふわ頭のために作られているのでは???」と勘違いしながら即購入し、1週間で覚える分をその日から実践してみることにした。
結果、マジで覚えられた。1週間で100語も覚えられたのだ。bとdの見分けもつかず、「英語のない国に行きたい」と、共産主義国家への亡命希望者のようなことを言っていた息子が覚えたのだ。
「俺ってバカじゃなかったんだなぁ」
最初の100語を覚えきったとき、息子はそう言ったほどだ。そうだ、君はバカじゃない。頭脳の一部がちょっとゆるふわなだけだ。
それでも、部活でヘトヘトになって帰ってくる息子にとって、毎日『百式』の暗記をするのは大変だったと思う。体力的・メンタル的にしんどそうなときは休ませたり、覚えた単語の復習にあてるなどしていたので、本書の売り文句である「1日20分25時間で2023語」のとおりには行かなかったけれど、コツコツと覚えていった。
そして、この夏休み初日に、すべてを覚え終えた。おそらくこの知識が、息子の受験勉強の屋台骨となり、大黒柱となり、土台となるはずだ。
『百式英単語』が息子に合っていたのは、「体に英単語を馴染ませる」ような覚え方だったからだと思う。失礼な言い方をすると、『百式』の覚え方は頭を使わないのだ。英語の単語と意味をひたすら頭に染み込ませる。debtという単語を見たら、「デブ」ではなく、反射的に「デット、借金」と読み方と意味を言えるようになるのが、『百式』の覚え方だ。
だから、理屈で覚えるのが得意な人には向かないかもしれない。肉体派ではなく頭脳派、『相棒』ならば右京さんタイプ、『MIU404』ならば伊吹ではなく志摩タイプであることを自認する人は、『鉄なんとか』とか『ターゲットなんとか』とか『システムなんとか』など、ほかの英単語帳をすみやかに選んでほしい。「私は志摩タイプなんですけど、伊吹推しなんです」と言われても、それは知らん。
また、英単語帳に関しては、学校から英単語帳を強制的に購入させられることもあるだろうけど、「それはそれ、これはこれ」で、自分に合ったものをちゃんと買って暗記したほうがいい。ちなみに息子の高校では、ビリギャルで一躍有名になった『DataBaseなんとか』を採用していたが、息子は見事に挫折していた。
なお、『百式』でのくわしい暗記法は、ここには書かない。知りたい方は、ぜひ購入してほしい。これはいわゆるダイマってやつだ。ちなみに著者の太田義洋先生からは一銭ももらっていない。くれるならもらうが、もらってはいない。
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