明日、大嶋が僕に勝ったら心から賛辞を送りますよ。日本バンタム級タイトルマッチ堤聖也対大嶋剣心②
メインイベンターの、明日の主役が入り口に姿を現した。
纏う空気に刹那、部屋に緊張が走った。
まるで試合直前のような緊迫感。できれば誰とも言葉を交わさず視線も合わせたくない。堤聖也は全身にそんなバリアを張り巡らせていた。
そのバリアに挑んだ男がいた。挑戦者・大嶋剣心だ。
「遅かったじゃん!」
まるでデートに遅れてきた彼女に向けたような、甘い親しみを感じさせる口調。顔を見れば本当に嬉しそうだ。
親しい者同士の戦いは珍しくないが、計量ではさすがにお互いに一線を引く。
堤がどう反応するのか少しはらはらする気持ちで見ていると、
大嶋の「遅かったじゃん」のあと、堤はしばし沈黙し、このまま無言を貫くのかと思われたころ、
「だって2時開始だろ」
表情を崩さぬままひとこと言うと、背を向け服を脱ぎ始めた。
「目も合わせてくんないし、よそよそしかったですね」
ドクターチェックを受ける堤にカメラを向けたりもしていた大嶋は、計量をパスし、大きなペットボトルに入ったドリンクを飲んで一息つくと、少し残念そうな表情でコメントした。
「もうちょっとフレンドリーに話せるかなと思ったんですけど、ファイトモードだったんで、ああ思い詰めてんなと」
逆になぜ明日戦う相手にこうフレンドリーに接することができるのかと尋ねると、
「あいつというより、俺にとっては自分との闘いなんで。自分に勝って自分のボクシングをすれば結果は自ずとついてくる。だからです」
基本に忠実。いかにも帝拳ジムらしい綺麗なボクシングが身上の大嶋は、
「今までの10戦で俺、まだ自分のボクシングを見せられてないんで」と言った。
「堤の怖さはパンチ力。それから負けないボクシングを徹底したら、強い。一戦ごとに仕上がってきている。勝ちづらい、と思います」
それまで見せていた無邪気さを消し、挑戦者はその日初めてファイターの顔を見せた。
「でもね、勝つ自信がなかったら俺、今ここにいないんで」
大嶋はこの日の堤を「思い詰めているな」と表現したが、思い詰めているとか入れ込んでいるというより、集中しかしていない、とように私には見えた。
計量後、用意していた飲み物を少しずつ口に含みながら、日本王者は大嶋の無邪気さや様子について淡々と話をした。
「何もいらっとしなかったですよ。ああいうやつなんで、いつものあいつだなって。
ただ、いい仕上がりになってましたね」
「中嶋一輝、比嘉大吾戦で、8対2、7対3で圧倒的不利とされた僕が引き分けに持ち込んだ。不利と言われて開き直った奴の強さと怖さを身をもって知ってるんで、今回、不利と言われている大嶋のことはもちろんあなどれないと思ってます」
先日、Twitterから「Twitterを始めて二年です」というお知らせが届いた。二年前、Twitterを始めたのは比嘉大吾VS堤聖也の記事を配信するためで、あれから二年かと当時を懐かしく思い出した。
この二年で堤は変わったなと思う。中嶋、比嘉という強豪相手に「負けなかった」結果は、評価と認知度を上げた。が、勝ててもいない。
当時の堤には、世界を目指す自分の可能性を信じてはいても、どこか暗闇の中をそろそろと心許なく、手探りしながら進んで行っているような印象があった。
それは本当に感覚的なもので、根拠を聞かれてもうまく言葉にできないのだが、自分を信じられる力が強くなったという気がする。それがタイトルを取るという事実がもたらす重さなのか。
「中嶋にも比嘉にも、対応する、という力は出せたと思うんです。でも重きをおいていた対応すること、はできたけど勝ちに繋げられなかった。この前の澤田戦からは、その対応より自分のボクシングを意識して、実際それがうまくいって結果も出てやっと1個報われた。ああ自分の生き方はこれでいいんだ、とやっと思えた。それが自信になったっていうのはありますよね。
でもね、1つの試合に勝っただけなんですよ。偉くなんてないし、すごくもない。そこを勘違いしないようにしてる。
だってやっと、0になったところなんですよ。世界という目標に向けて、やっと始められるスタート地点に立っただけ。ここから本当の勝負に入っていく。
大嶋との試合もそう。防衛戦という意識はないです。これからはいいパフォーマンスをという意味ではなくて、一戦ずつ自分の実力を示していかないといけない。僕のボクシングがどういうものか、求める強さがどういうものかは、明日、試合を観て欲しいです」
自信のほど、勝利への決意に、堤はありふれた言葉を使わなかった。
「大嶋が明日俺に勝ったら、最大の、心からの賛辞を送りますよ」
強烈な自負心を残すと、
「じゃあ帰ります」
そう言って堤は帰って行った。
まだ見せられていない自分のボクシングをして勝つ。二人ともが言う。お互いの性格を熟知し合った二人の戦い。どんな駆け引きが起こり、どんな技術と頭脳の戦いになるのか。
堤聖也対大嶋剣心。
まもなく。