同じ月を見ていた①
「いつおれのものになってくれるの?」
甘えるような試すようなそんな声だった。
「さぁ……」
わたしはそうはぐらかすとベッドの端に腰掛けてペットボトルの水をひと口飲んだ。
「……怒ってる?」
言葉とは裏腹に、唇の端をキュッとあげて何か楽しげな笑みを浮かべている。きれいな顔だ。いつ見ても見蕩れてしまうほど。如月遼。それが彼の名前だ。
「いつもその質問して飽きない?」
「今日は違う答えが返ってくるかもしれないでしょ」
「同じだよ」
「ちゃんと答えてくれるまで離さない」
遼はそういうと、わたしを傍に引き寄せる。
視界が白く染まる。白いシーツと遼の白いシャツのせいだ。そして甘いシャンプーの香り。遼が働くサロンで使われているものだ。
「ふふ……いい匂い」
「はぐらかさないで」
「どうしていつもわざわざ家から持ってくるの?ホテルにあるの使えばいいのに」
「灯里さんをおれと同じ匂いにしたいからだよ」
遼はそう言うと、わたしの反応を伺うように顔を覗き込んでキスをした。
「ひとりで家に帰っても寂しくない」
ドキッとしてしまった自分を見透かされているようで恥ずかしくなって、わたしは遼から目を逸らした。
「ねぇ、答えて。答えてくれないとまたキスするよ」
「じゃぁ黙ってる」
「……ふうん」
諦めたように呟いてきれいな唇の端にまた笑みを浮かべると、遼は唇を重ねてきた。優しく、強く。何度も何度も。時折かかる吐息が熱い。
「……今日はそろそろ帰らなきゃ」
「彼が待ってるの?」
「そうよ」
「ダメだよ……まだ行かせない」
切なく潤んだ瞳でそう言うと、遼は熱い唇を首筋に押し当ててくる。
「今だけはおれのものだ……」
心地よい疲れに少しまどろんでいたわたしは、時計をみてハッとした。
いけない。。約束の時間を1時間もすぎている。
シャワーを浴び、身支度を整えると、さっきまですやすやと寝入っていたはずの遼が起き上がってこちらを見ていた。
「そんな頭で帰っちゃダメでしょ。こっち来て。髪やってあげる」
ひとつに縛っただけで部屋を出ようとしたわたしを諌める。遼は慣れた手つきでボサボサの髪をさっとかわいくセットしてくれた。
「はい、いいよ」
「ありがとう……じゃぁ行くね」
後ろ髪を引かれる思いでそう言うと、遼はいつものように哀しそうに微笑って言った。
「またね」
このままでいいはずはない。こうして会う度に、今日で最後にしよう、と思うのに、あんな風に哀しい顔で「またね」と言われてしまうと、どうしても頷いてしまうのだ。
ホテルを出るとすぐタクシーをつかまえることができた。ラッキーだ。家まで15分で着く。
わたしは急いで家で待っているであろう「彼」に連絡を入れる。
『ごめん、ジムに行ってたら遅くなっちゃった』
これでこの嘘は何度目だろう。胸がチクリと痛む。
返信はすぐだった。
『おつかれ。急がなくて大丈夫だよ。俺もさっき来たところ』
『よかった。何か買って帰るものある?ビールは冷蔵庫に入ってるけど』
『やった!先に風呂に入っていい?灯里が帰ったら一緒に飲もう』
『OK!』
送信してから、ふうっとため息をつく。
そう……わたしは……わたしは……
最低の女なのだ。