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旅先での出逢い

彼女は突如として現れた.
花柄のワンピースは風にそよがせ,ショートカットの髪を揺らしながら現れた.大宮駅西口の地図の前.ネットで知り合った彼女に僕は会釈をした.
彼女は僕のことをとても心配してくれていた.車中泊をしている僕が,夏の暑さにうなだれていたので,元気付けてくれていたのだ.
「無理しないでくださいね」. 会う前に,何回もその言葉をメッセージでもらっていた. 会っている最中にも「眠いですか?」何回も気遣ってくれた.優しさが滲み出ていた.
会うやいなや,質問の嵐だった.
「なんで車中泊しようとおもったんですか?」「なんの仕事しているんですか?」それってどういうことですか?あれってなんですか?・・・26歳の彼女はまるで,幼い子供のようだった.好奇心に燃える瞳を輝かせて,ニコニコと質問してくれた.瞳孔はこれでもか,これでもかと開いていた.


まず,初めての大宮を散歩したあとに,偶然目にしたカフェで昼食をとった.
彼女が頼んだガパオライスの中に,彼女の大嫌いな椎茸とたけのこが,ふんだんに盛り込まれていたことが特筆すべきことである.渋い表情を浮かべ,眉間に皺を刻みながら戦々恐々とたべていたので,僕のマグロカツ茶漬けと交換してあげたら感謝された.彼女が大当たりを引いたことは非常に素晴らしいことだと感じた.
その後,小さなカフェに入って続きのお話をした.
彼女の生い立ちと現在の彼氏との結婚に関して思うところを中心に話をした.
印象的だったのは,彼女の瞳に涙が浮かんだ場面.
僕が,以前飼っていた柴犬が死んで悲しかった,と話したら,しばらく後に彼女は泣いた.
「なぜ?」と僕は聞いた.彼女は「わからない」と言っていた.
しかし,”彼女は美しく涙を流せる人”だということだけは分かった.
そこにどんな秘密が隠されているのだろう? 答えは彼女の中に.
ただただ僕は,ハッとさせられたのである.ここまで綺麗に涙を浮かべる女性がこの世にいたのか,と.


時間はあっという間に過ぎ去った.帰るべき時がやってきた.
彼女が電車に乗るということで,見送りをすることにした.別れの時が迫っているのかと思うと,寂しくなった.「寂しい」と僕が言ったら,彼女は笑った.
このまま終わりにしたくなかった.少しでもこの出会いを特別なものにしたくなり,僕は,彼女の手を握った.
彼女は手を握り返してくれた.小学生の時,仲のよかったあの子と手をつなぎ,学校から帰ったときのことを,僕は懐かしく思い出した.
彼女と別れてしばらく後に,事件が起きた.スマホを無くしたのだ.絶望.広大な都会の真ん中でスマホを失うことは,戦場に裸で突っ込むようなものである.

悲嘆に暮れて,ぼとぼと歩く僕の背中を何者かが叩いた.僕は振り返る.そこには息を切らした彼女がいた.手には僕のスマホ.なんということだろう.彼女は本来乗るべき電車をわざわざ降りてまで,ダッシュで追いかけ,届けてくれたのである.僕は感動したのだった.
感謝の印として,その後,僕は彼女が乗る電車までエスコートをした.おそらく彼女一人では,目的のホームまではたどり着けなかったであろう.僕は幾多の困難から彼女を守り,修羅の道をくぐり抜け,彼女をホームまで送り届けることに成功したのである.


…あんなに麗らかな女性とはもう二度と、会えないのかもしれない.
ただ…僕は絶対に忘れない.
大嫌いな椎茸を目の当たりにした彼女の,あの,限りなく渋い顔面だけは. 
fin.

(2割くらいフィクションです)

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