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ベトナム | 人口ボーナスを成長の原動力に 戦争の傷跡を越える挑戦【気になる世界の国々#9】

ベトナムの基本プロフィール

ベトナムは東南アジアに位置し、面積は約33万平方キロメートル、人口は約1億人(2024年推定)を超える急成長中の国です。首都はハノイ、最大の経済都市はホーチミン市です。北は中国、西はラオスとカンボジアと国境を接し、東は南シナ海に面しています。ベトナムは経済成長が著しく、東南アジアの中でも特に注目されています。

なお、時差については、日本(東京)はベトナム(ハノイ)より2時間進んでいます。例えば、日本が午後7時の時、ベトナムでは同じ日の午後5時です。


南シナ海を望む地理的重要性

ベトナムの地理的位置は非常に戦略的です。南シナ海を挟んで他国と接しており、この海域は貿易の重要な海路であるため、地政学的な価値が高いです。また、中国との国境を持つため、歴史的にも現在も多くの経済的・外交的影響を受けています。さらに、海洋資源が豊富で、漁業や石油・天然ガス開発のポテンシャルが高いエリアとしても知られています。


歴史と文化に見る中国、フランス、アメリカの影響

ベトナムの歴史は、中国、フランス、アメリカという三つの大国の影響を受け、その中で強い独立精神と国民性を育んできました。中国による約1000年にわたる支配(紀元前111年〜939年)は、ベトナム文化や行政制度、儒教思想の基盤を築きました。一方で、ベトナム人はその間にも自らの文化を保持し、中国からの独立を果たした後(939年)、独自の国家を築き上げました。

19世紀後半からはフランスによる植民地支配が始まり、ベトナムはフランス領インドシナの一部として統治されました。この時期、フランス語教育やインフラ整備、農業生産の変革が進められましたが、同時に多くのベトナム人が低賃金労働を強いられ、フランスに対する抵抗運動が広がりました。特にフランス料理の影響は、現在のベトナム料理にも残されており、バインミー(フランスパンのサンドイッチ)やコーヒー文化などがその例です。

20世紀に入ると、アメリカとの関係がベトナムの近代史を大きく変えました。第二次世界大戦後、ベトナムはフランスからの独立を求め、第一次インドシナ戦争(1946年~1954年)に突入します。この戦争の末、ジュネーブ協定により北緯17度線で南北に分割され、北は社会主義、南は資本主義の陣営となりました。しかし、冷戦の影響を受けた南北の対立は激化し、アメリカは共産主義の拡大を阻止するため南ベトナム政府を支援しました。そして1965年、本格的なベトナム戦争が勃発しました。

アメリカ軍は圧倒的な軍事力を背景に、空爆や枯葉剤の散布など、強硬な戦術を展開しましたが、北ベトナムと南ベトナム解放民族戦線(通称「ベトコン」)は、ゲリラ戦術や地域に根差した戦略で応戦しました。ベトナムの人々は、長期にわたる戦争にも屈せず、「自分たちの国を守る」という強い意志を持ち続けました。この粘り強さと団結力が、1975年の北ベトナムによる勝利へとつながりました。

戦争終結後、1976年に南北が統一され、現在のベトナム社会主義共和国が誕生しました。この歴史的な勝利は、外部の干渉に屈せず、独立を守り抜くベトナム人の精神力と忍耐の象徴となっています。

ベトナムの国民性

ベトナムの国民性は、その歴史を反映し、以下の特徴が挙げられます。

  1. 強い独立精神と粘り強さ
    長い歴史を通じて、ベトナムは中国、フランス、アメリカという大国による支配や干渉を受けてきましたが、そのたびに独立を勝ち取り、自国の文化と主権を守ってきました。特にアメリカとの戦争で示されたように、困難に直面しても諦めず、長期的な視点で粘り強く戦う姿勢が国民性の核心にあります。

  2. 勤勉さと柔軟性
    ベトナム人は勤勉で、与えられた仕事を効率よくこなすことで評価されています。農業や製造業を中心とした労働環境で培われたこの特性は、現在の経済成長の土台となっています。また、柔軟性も高く、外来文化や新しい技術を吸収し、自国の特性に合う形で活用する能力に長けています。

  3. 地域の結束と団結力
    戦争時代の村単位での支援体制や協力関係が、現在の地域社会にも息づいています。コミュニティ内での助け合いや団結心は、ベトナム社会を支える重要な要素です。


経済の現状と主要産業

為替

ベトナムの通貨であるベトナムドン(VND)は、2024年12月時点で1ドル=約25,000ドンの為替レートとなっています。

出典:Investing.comより

GDP

ベトナムは急速な経済成長を遂げており、2024年のGDPは約4000億ドルと予測されています。GDP成長率は6.1%。世界に占める名目GDPの割合は約0.41%、購買力平価GDPでは約0.81%です。
なお、2025年~2029年のGDP成長率は、6.1%,  6.5%,  5.8%,  5.8%, 5.6%となっています。画像はGDP成長率の推移です。

International Monetary Fundのデータ

インフレ率と失業率

2024年11月のインフレ率は2.77%。

出典: Trading Economicsより

直近の失業率は2.24%。

出典: Trading Economicsより

人口動態

出典:PopulationPyramid.net

2024年時点のベトナムの人口ピラミッドを見ると、労働年齢層(15歳から64歳)が全人口の約68%を占めており、経済成長を支える主要な基盤となっています。この層はベトナムの製造業、農業、観光業、輸出産業など、幅広い分野を支えています。
若年層(0~14歳)は全人口の約23%を占めており、出生率は依然として高い水準を維持しており、将来の労働力供給を確保するポテンシャルを示しています。
一方で、65歳以上の高齢者層は全人口の約8%を占めていますが、今後の高齢化を見据えた医療や社会保障の整備が重要な課題となるでしょう。

この人口構造は、ベトナムが現在「人口ボーナス期」にあり、適切な教育政策や雇用機会の創出を通じて、持続可能な経済成長を加速させる余地が大きいことを示しています。同時に、高齢化への備えを進めることで、長期的な安定と発展が期待されます。

全体像はこちら。

出典:PopulationPyramid.net

主な輸出産業・品目

出典: Harvard Growth Lab - Atlas of Economic Complexity

図はベトナムの経済活動および輸出品目を示したものです。

  • 無線通信機器(Transmission Apparatus for Radio, Telephone)
    輸出全体の約12.27%を占め、ベトナム最大の輸出品目です。この分野では、主にアメリカ、中国、欧州諸国への輸出が中心となっています。携帯電話(Telephones)は、輸出全体の約6.28%を占め、スマートフォンの製造が特に活発です。サムスンやフォックスコンなどの大手企業がベトナムでの生産を拡大したことが、この分野の成長を後押ししています。

  • 電子集積回路(Electronic Integrated Circuits)
    輸出全体の約3.27%を占めており、半導体関連産業の発展がベトナムの輸出を支えています。これに加え、半導体デバイス(Semiconductor Devices)が輸出全体の約1.81%を占めており、これによりベトナムはグローバルな半導体サプライチェーンの一部として重要な役割を担っています。これらの輸出品目は、世界的な電子機器製造の中でベトナムの地位を確立するための柱となっています。

  • 農産物
    農産物では、コーヒー、カシューナッツ、米といった商品がベトナムの輸出品目として重要な位置を占めています。それぞれの割合は輸出全体において比較的小さいものの、コーヒーの生産量で世界第2位を誇り、カシューナッツでは世界最大の輸出国として知られています。具体的には、コーヒーの輸出額は全体の約0.67%、カシューナッツは約0.63%を占めています。米(ライス)もベトナムの重要な輸出品目であり、アジアやアフリカを中心に多く輸出されています。

ベトナムの輸出構造は、電子製品、繊維製品、農産物といった多様な分野で成り立っており、これらの分野のバランスが同国の経済成長を支える重要な原動力となっています。


汚職と法の支配

・Corruption Perceptions Index(腐敗指数)
Rank 83/180
・Rule of Law Index(法の支配指数)

Rank 81/142

ベトナムは、腐敗指数で180カ国中83位にランクインしています。政府は透明性向上や汚職防止の取り組みを進めていますが、一部の公務員や地方政府における不正行為や不透明な資金運用が依然として問題視されています。近年、大規模な汚職事件が摘発され、政府の取り締まりが強化されていますが、国民の信頼を回復するためにはさらなる努力が必要です。特に、地方行政や公共事業における透明性の確保が求められています。

一方、法の支配指数では、142カ国中81位にランクインしており、法の執行における公平性や透明性には課題が残っています。特に、一部の裁判において政治的な影響が指摘されており、司法の独立性を強化する必要性が高まっています。

イノベーションと平和度

Global Innovation Index(グローバルイノベーション指数)
Rank 44/125
Global Peace Index(世界平和度指数)
Rank 41/163

ベトナムは、グローバルイノベーション指数で125カ国中44位にランクインしており、アジア諸国の中でも着実に存在感を示しています。この順位は、ベトナムが技術革新やスタートアップ環境の発展、ビジネス環境の整備において一定の進展を遂げていることを示しています。

世界平和度指数では163カ国中41位と、安定した社会を維持している国として中程度の評価を受けています。ベトナムは、国内の治安が比較的良好とされており、主要都市や観光地では安全性が確保されています。外国人投資家や観光客にとって魅力的な環境が整っている一方で、南シナ海における領有権問題が地域の平和と安全に影響を及ぼしています。特に、ベトナムは南シナ海での軍事プレゼンスを強化しており、中国との間で緊張が高まっている状況です。このため、南シナ海に関連する地政学的リスクには注意が必要です。


成長する世界の工場、ベトナムの現状と課題

工場進出と海外投資が進むベトナム

ベトナムへの工場進出
近年、ベトナムは外国企業の工場進出が急増し、東南アジアにおける製造業のハブとして注目を集めています。2024年1月から9月までの対内直接投資(FDI)は、新規・拡張の合計で3,519件(前年同期比10.4%増)、認可額は211億9,771万ドル(37.8%増)と大幅な増加を示しています。JETRO

この背景には、以下の要因が挙げられます。

  • 安価で豊富な労働力: ベトナムの平均賃金は、中国やマレーシアと比較しても低く、若くて豊富な労働人口を有しています。これにより、製造業を中心に多くの海外企業がベトナムを生産拠点として選んでいます。

  • 地理的優位性: ベトナムは中国や東南アジアの主要市場へのアクセスが良好で、南シナ海に面しているため、アメリカや欧州、日本など主要輸出市場への輸送も容易です。

  • 政府の投資誘致政策: ベトナム政府は、外国直接投資を促進するために税制優遇措置やインフラ整備を進め、工業団地や経済特区を整備することで、海外企業がスムーズに事業を展開できる環境を提供しています。

  • 米中貿易摩擦の影響: アメリカと中国の貿易摩擦により、多くの企業が生産拠点を中国からベトナムへ移行させています。これにより、サムスン、インテル、フォックスコンなどの大手企業がベトナムに生産施設を構えています。

  • 自由貿易協定(FTA)の活用: ベトナムはEUとのFTAやTPP-11(環太平洋パートナーシップ協定)など多国間協定を積極的に締結し、これにより多くの輸出品目で関税が削減され、海外市場へのアクセスが容易になっています。

ベトナムへの投資
2024年1月から7月20日までの期間で、ベトナムは前年同期比8.4%増の125億5,000万ドルの外国投資を受け入れました。Reuters

一方で、急速な経済成長と外国企業の進出に伴い、以下の課題も浮上しています。

  • 労働者のスキル向上: 高度な製造業やICT分野の発展には、労働者の技能向上が不可欠であり、教育や職業訓練の充実が求められています。

  • 環境保護: 工業化の進展に伴い、環境汚染や自然破壊のリスクが高まっており、持続可能な開発のための環境保護対策が必要です。

  • 労働条件の改善: 労働者の権利保護や労働環境の改善が求められており、労働基準の強化や労使関係の調整が課題となっています。


社会主義国家の課題

ベトナムは、1986年に導入されたドイモイ政策により市場経済を取り入れ、急速な経済成長を遂げてきました。しかし、社会主義体制の下で、国家の統制が依然として強い分野も存在し、特有の課題に直面しています。

経済面の課題

  • 国有企業の影響: ベトナムには多くの国有企業が存在し、その中には非効率な経営を行っているものもあります。これらの企業は、民間企業の競争を制限し、経済効率の向上を妨げる要因となっています。国営企業の再編や民営化の取り組みは進行中ですが、共産党幹部の天下り先としての役割などもあり、改革は停滞しています。

  • インフラ整備の遅れ: 道路、港湾、空港、電力などのインフラ整備が不十分であり、特に電力不足は経済成長や輸出産業に悪影響を及ぼす可能性があります。政府はインフラ整備を最優先課題としていますが、財政赤字や公的債務の増加により、進行が停滞するケースも見られます。

社会面の課題

  • 都市部と農村部の格差: 都市部と農村部の経済格差が指摘されています。農村部では教育や医療インフラの不足が深刻であり、所得格差も広がっています。

  • 労働環境の改善: 外国企業の工場進出が進む一方で、労働者の賃金や労働条件の改善が十分でないとの指摘があります。最低賃金は上昇傾向にありますが、労働生産性の向上や労働環境の改善が求められています。

  • 表現の自由の制限: 社会主義体制の下で、表現の自由や報道の自由が制限されていることが国際的に批判されています。情報の統制や言論の自由に対する制約が存在し、これらの分野での改革が求められています。


終わりに

ベトナムは近年、外国企業の進出と急速な経済成長を背景に、東南アジアの中でも特に注目される存在となっています。製造業を中心とした輸出産業や多国間の自由貿易協定を活用した貿易戦略は、ベトナムを「世界の工場」としての地位へと押し上げています。一方で、社会主義国家としての課題や、インフラ整備の遅れ、労働環境の改善、都市と農村の格差といった問題も依然として存在しています。

これらの課題に対応し、持続可能な成長を実現するためには、国内改革を推進し、労働者のスキル向上や環境保護、インフラ整備を加速させることが不可欠です。また、海外からの投資を安定的に取り込むために、法制度の透明性や汚職防止への取り組みを一層強化する必要があります。

ベトナムは、これまでの歴史の中で数多くの困難を乗り越え、粘り強く発展してきた国です。その独立精神と柔軟な適応力は、今後のさらなる成長を支える重要な要素となるでしょう。地域の経済大国としての地位を確立し、国民一人ひとりの生活がより豊かになる未来を目指して、ベトナムは新たな挑戦を続けています。これからのベトナムの動向に注目が集まります。

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