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バングラデシュ|歴史と経済改革が形作る現在の姿【気になる世界の国々#15】

バングラデシュの基本プロフィール

バングラデシュは、南アジアに位置する新興国で、ベンガル湾に面した国です。面積は約14万7000平方キロメートルで、日本の約3分の1程度の大きさですが、人口は約1億7千万人(2024年推定)を超え、世界でも人口密度が高い国の一つです。首都はダッカで、同国の政治、経済、文化の中心地となっています。特に衣料品の生産で世界的な注目を集めており、新興経済国としての地位を確立しつつあります。
バングラデシュは、2026年11月24日に後発開発途上国(LDC)からの卒業を予定しています。 LDC卒業に伴い、これまで享受してきた関税優遇措置や輸出補助金などの特典が終了するため、特に衣料品産業への影響が懸念されています。

なお、時差については、日本(東京)はバングラデシュ(ダッカ)より3時間進んでいます。例えば、日本が午後7時の時、バングラデシュでは同じ日の午後4時です。


ガンジス川とベンガル湾がもたらす地理的重要性

バングラデシュは、ガンジス川、ブラマプトラ川、メグナ川の下流に広がる広大なデルタ地帯に位置しています。この地理的条件は、農業に非常に適しており、肥沃な土壌を提供しています。また、ベンガル湾に面していることで、国際貿易や物流の拠点としての役割を果たしています。特に、主要港であるチッタゴン港は、南アジア地域の海上貿易における重要な拠点です。一方で、海面上昇や洪水のリスクが高く、気候変動への対応が重要な課題となっています。


イギリス植民地時代から独立戦争に至るまで

イギリス植民地支配の余波と社会的変化

イギリス植民地時代、ベンガル地方は経済的に重要な拠点とされ、ジュートや茶、米などの生産が拡大しました。しかし、この繁栄は現地の人々に均等に恩恵をもたらしたわけではなく、多くの労働者が低賃金で過酷な労働を強いられる一方、利益の多くはイギリス本国に吸い上げられる構造が続きました。また、イギリスの政策は宗教や民族間の分断を助長しました。これにより、社会的な緊張が高まり、やがて民族主義運動が勃興する土壌が形成されました。

ベンガル分割令(1905年)と民族主義の台頭

20世紀初頭、イギリスは「分割統治」の一環として、1905年にベンガル分割令を施行しました。この政策は、ベンガル地方を宗教的に区分けし、ヒンドゥー教徒の多い西ベンガルとイスラム教徒の多い東ベンガルに分割するものでした。イギリスはこの政策を行政効率の向上を目的とすると説明しましたが、実際には、民族主義運動の分裂を狙ったものでした。この分割に対し、ヒンドゥー教徒を中心とする反対運動が起こり、分割令は1911年に撤回されました。しかし、この出来事によって宗教間の対立が激化し、ベンガル地方の社会的分断がより深刻なものとなりました。

インド独立運動とムスリム・リーグの台頭

インド全体では、マハトマ・ガンディーを中心とするインド国民会議(コングレス)による独立運動が進む中、イスラム教徒の間では「ムスリム・リーグ」が台頭し、イスラム教徒の権利を守るための政治運動が活発化しました。1940年、ムスリム・リーグは「ラホール決議」で、イスラム教徒のための独立した国の設立を目指す方針を打ち出しました。この動きは、将来的なパキスタン(東西両パキスタン)の成立に繋がる重要な転換点となりました。

1947年:インド・パキスタン分離独立と東パキスタンの誕生

1947年、イギリスの植民地支配が終結し、インドとパキスタンがそれぞれ独立しました。このとき、現在のバングラデシュにあたる東ベンガルは「東パキスタン」としてイスラム教徒主体のパキスタンに編入されました。しかし、西パキスタン(現在のパキスタン)と東パキスタンの間には、言語、文化、経済政策における大きな違いが存在し、統治の難しさが浮き彫りになりました。

特に、経済的には、西パキスタンが国全体の利益を独占し、東パキスタンは経済的な搾取の対象となりました。これにより、東パキスタンの人々は次第にパキスタン中央政府に対する不満を募らせるようになりました。

1970年:アワミ連盟と選挙の勝利

その後も、東パキスタンは経済的・政治的な差別に苦しみました。1970年には、東パキスタンを基盤とする「アワミ連盟」がパキスタン全土で行われた総選挙で圧勝し、東パキスタン出身の指導者、シェイク・ムジブル・ラフマンが首相就任を目指しました。しかし、西パキスタンの支配層はこれを認めず、東パキスタンでの政治的独立運動がさらに強まる結果となりました。

1971年:バングラデシュ独立戦争

1971年3月、西パキスタン政府は東パキスタンでの独立運動を武力で抑え込むべく軍事行動を開始しました。この行動は「ジェノサイド」とも呼ばれる大規模な弾圧を伴い、数十万人から数百万人が犠牲になったとされています。これに対し、東パキスタンの人々はバングラデシュとして独立を宣言し、独立戦争が勃発しました。

同年12月、インドがバングラデシュ独立側を支援する形でパキスタンとの戦争に参戦し、最終的に東パキスタンはバングラデシュとして独立を果たしました。

バングラデシュの国民性

バングラデシュの国民性は、長い歴史と厳しい自然環境を背景に形作られています。同国の人々は勤勉で、家族や地域社会を大切にする価値観を持っています。植民地時代や独立戦争を経て、また度重なる自然災害を乗り越えてきた経験から、忍耐強く前向きな姿勢が特徴です。

さらに、イギリス植民地時代の影響で、多文化的な社会が形成されました。その結果、バングラデシュの人々は寛容で、他者を受け入れる精神を育んできました。異なる宗教や文化が共存するこの社会では、助け合いの精神が今でも強く根付いています。


経済の現状と主要産業

為替

バングラデシュの通貨であるバングラデシュ・タカ(BDT)は、2025年1月時点で1ドル=約121バングラデシュ・タカの為替レートとなっています。

Investing.comより作成

GDP

バングラデシュのGDPは約4,000億ドル(2024年推定)で、近年は毎年6%以上の経済成長を遂げています。その成長の原動力は、衣料品産業です。
GDP成長率は4.5%。世界に占める名目GDPの割合は約0.4%、購買力平価GDPでは約0.6%です。
なお、2026年~2029年のGDP成長率は、7.7%,  7.3%,  6.7%, 6.5%となっています。画像はGDP成長率の推移です。

International Monetary Fundのデータ

インフレ率と失業率

2024年12月のインフレ率は10.89%。

出典: Trading Economicsより

直近の失業率は4.2%。

出典: Trading Economicsより

人口動態

出典:PopulationPyramid.net

2024年時点のバングラデシュの人口ピラミッドを見ると、労働年齢層(15歳から64歳)が全人口の約66%を占めており、これは国の経済成長を支える主要な基盤となっています。この豊富な労働力は、繊維産業、農業、IT産業といったバングラデシュの主要な輸出産業や経済活動を下支えしています。特に、衣料品製造業は世界市場で高い競争力を持ち、この労働力の豊かさがその成功に大きく寄与しています。

若年層(0~14歳)の割合は全人口の約28%を占め、非常に高い水準にあります。これにより、バングラデシュは依然として「人口ボーナス期」にあり、今後も十分な労働力を維持できる可能性を示しています。この人口構造は、教育やスキル開発の分野での投資を通じて、さらなる経済成長を促進する機会を提供しています。

一方で、65歳以上の高齢層の割合は全体の約6.5%と比較的低く、バングラデシュはまだ高齢化社会には至っていません。このような人口構造は、バングラデシュが若い労働力を活かし、持続的な経済発展を遂げる可能性を秘めていることを示しています。

主な輸出産業・品目

出典: Harvard Growth Lab - Atlas of Economic Complexity

図はバングラデシュの経済活動および輸出品目を示したものです。

  • Tシャツ(Knit T-shirts)
    バングラデシュの最大の輸出品目はTシャツで、輸出全体の約12.04%を占めています。同国の衣料品産業の競争力を反映しており、世界市場においても高い需要を誇ります。この分野はバングラデシュの経済成長を支える柱の一つです。

  • セーター、プルオーバー、スウェットシャツ(Knit Sweaters, Pullovers, Sweatshirts)
    セーターやプルオーバーなどのニット製品は、バングラデシュの輸出全体の約10.12%を占めています。寒冷地向けの衣料として需要が高く、特にヨーロッパ市場で人気があります。これらの製品は、バングラデシュの繊維産業の技術力を示すものです。

  • 観光業(Travel & Tourism)
    観光業は輸出全体の約0.69%を占めていますが、バングラデシュの文化的遺産や自然を背景に、今後の成長が期待される分野です。特に、世界遺産に登録されているスンダルバンスのマングローブ林や歴史的建造物が観光客を引きつけています。

バングラデシュの輸出は、Tシャツやセーター、スーツなどの衣料品が圧倒的に中心となっています。


汚職と法の支配

・Corruption Perceptions Index(腐敗指数)
Rank 149/180
・Rule of Law Index(法の支配指数)

Rank 127/142

バングラデシュは、腐敗指数で180カ国中149位にランクインしており、汚職が依然として深刻な課題となっています。特に、公共部門や司法制度、地方政府における透明性の欠如が問題視されています。

一方、法の支配指数では142カ国中127位に位置しており、評価は低い水準にあります。司法制度の独立性や法執行の公平性が不十分であり、特に地方での法執行の一貫性が課題とされています。また、ビジネス環境における法的保護の欠如が、企業活動を阻害する要因となっています。

イノベーションと平和度

Global Innovation Index(グローバルイノベーション指数)
Rank 106/125
Global Peace Index(世界平和度指数)
Rank 93/163

バングラデシュは、グローバルイノベーション指数で125カ国中106位にランクインしており、イノベーション分野ではまだ多くの課題を抱えています。

一方、世界平和度指数では163カ国中93位と中程度の評価を受けています。バングラデシュは、比較的安定した政治状況と治安を維持していますが、時折発生する抗議デモや社会的不安がこの評価に影響していると考えられます。


2024年の夏に発生した大規模な抗議デモ

バングラデシュにおける2024年夏の抗議デモは、単なる瞬間的な不満の爆発ではなく、長年にわたり蓄積された社会的不平等、若年層の失業問題、そして政府に対する信頼の喪失が背景にあります。この出来事は、近代バングラデシュが直面してきた構造的な問題を象徴するものであり、その起源は1971年の独立以降の歴史にまで遡ることができます。


1. 社会的不平等の蓄積

バングラデシュは、1971年の独立以降、経済的に成長を遂げてきましたが、その恩恵は一部のエリート層に集中しています。都市部では経済成長の果実が享受されている一方、農村部や低所得層には行き渡っておらず、所得格差や教育機会の不平等が拡大しています。農村部では雇用機会が限られ、若者たちは都市部に移住していますが、都市部の労働市場も彼らを十分に吸収できていないため、スラムの拡大や貧困の増加といった問題が深刻化しています。

さらに、政府が特定の地域やグループを優遇する政策を行ってきたため、他の地域やグループが不公平感を抱き、これが社会的緊張を引き起こしています。若者たちは、十分な機会が得られない現状に不満を感じており、これが社会的不満の蓄積につながっています。


2. 若年層の失業問題

バングラデシュは現在、労働年齢層が多い「人口ボーナス期」を迎えていますが、この利点を十分に活用できていません。高等教育を受ける若者が増加している一方で、それに見合った雇用の創出が追いついていない状況です。特に公務員職や大企業への就職は競争率が非常に高く、多くの若者が失業状態に陥っています。

公務員職はバングラデシュで社会的地位と経済的安定を象徴する職業であるため、就職希望者が集中しています。しかし、採用制度における不透明性や縁故主義(コネ)が問題視され、公平性が失われているとの不満が若者たちの間で高まっています。


3. 公務員採用の特別枠と抗議運動の発生

バングラデシュでは1971年の独立戦争に参加した「自由の戦士(フリーダムファイター)」の子孫や女性、後発地域の住民に対し、公務員職の一定割合を割り当てる特別枠(クオータ制度)が設けられていました。しかし、この制度は公平性に欠け、若年層の就職難を助長しているとの批判を受け、2018年に廃止が決定されました。

ところが、2024年6月にバングラデシュ高等裁判所がこの廃止決定を違憲と判断し、特別枠を復活させました。この判決により、公務員職を目指す多くの若者たちは「さらに不公平が拡大する」と強く反発し、全国規模の抗議運動が勃発しました。特に学生を中心としたデモが激化し、交通封鎖や治安部隊との衝突が発生。これにより多数の死傷者が出る事態となりました。


抗議運動は、経済成長の中で広がる社会的不平等と若年層の失業問題、さらには不透明な採用制度や特別枠政策への不満が積み重なった結果として起こりました。特に、公務員採用の特別枠をめぐる政策変更が若者たちの怒りを爆発させ、全国規模の抗議運動に発展したのです。この出来事は、バングラデシュ社会が抱える構造的課題を浮き彫りにしています。


終わりに

バングラデシュは、歴史的、地理的な背景を持つ南アジアの重要な国であり、多文化的な融合や豊かな国民性、そして目覚ましい経済成長の可能性を秘めています。しかし、その発展の陰では、社会的不平等や若年層の失業問題、政府への信頼の欠如といった課題が積み重なってきました。これらの課題が2024年の抗議運動を通じて顕在化したように、バングラデシュは現在、過去の問題と向き合いながら未来を見据える重要な岐路に立っています。

衣料品産業のような強みをさらに発展させる一方で、雇用創出や教育改革、公平な社会構築に向けた取り組みを加速することが求められます。また、汚職や不透明な行政運営に対処し、法の支配を強化することで、国内外の信頼を取り戻すことが不可欠です。若者たちが希望を持てる社会を築き、バングラデシュのポテンシャルを最大限に引き出すためには、持続可能な改革と包括的な成長が鍵となるでしょう。


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