アルゼンチン | バカ・ムエルタがもたらすエネルギーの新時代【気になる世界の国々#2】
更新情報
この記事は、2024年12月26日に内容を更新しました。アルゼンチンで進行中のシェールに関する情報を追記しています。
アルゼンチンの基本プロフィール
アルゼンチンは、南アメリカ大陸の南端に位置する国で、面積は約278万平方キロメートルと広大で、日本の約7.5倍の広さを持ちます。人口は約4,600万人(2024年推定)で、その大部分が首都ブエノスアイレスやその近郊に集中しています。アルゼンチンは、自然豊かな国土、多彩な文化、そして経済的な可能性から、世界的に注目される国の一つです。一方で、経済の不安定さや社会的課題も抱えています。
なお、時差については、日本(東京)はアルゼンチン(ブエノスアイレス)より12時間進んでいます。例えば、日本が午後7時の時、アルゼンチンではちょうど午前7時です。
パンパとアンデス
アルゼンチンは、東は大西洋、西はアンデス山脈に接し、北部は熱帯地域、南部はパタゴニアの寒冷地域と、多様な気候と地形を持っています。特にパンパ(大平原)は農業の中心地であり、穀物や牛肉の生産が盛んです。これにより、アルゼンチンは「世界の食糧庫」とも呼ばれています。
一方で、アンデス山脈では鉱業が発展し、リチウムや銀、銅などの鉱物資源が輸出の重要な柱となっています。また、自然景観は観光産業にも寄与しており、イグアスの滝やパタゴニア地方などが世界的な観光地として知られています。
ヨーロッパとラテンの融合
アルゼンチンの文化は、スペインの植民地時代の影響を強く受けつつ、ヨーロッパからの移民、特にイタリアやドイツ系の影響を受けています。このため、食文化や建築、音楽にはヨーロッパ的要素が色濃く反映されています。
また、タンゴはアルゼンチンが生み出した世界的な音楽文化の一つであり、ブエノスアイレスでは今も多くの人々がタンゴを踊る姿が見られます。さらに、アルゼンチン人は教育水準が高く、特にブエノスアイレス大学はラテンアメリカでも有数の名門校として知られています。
アルゼンチンの過去
アルゼンチンは、南米の中でも特異な歴史を持つ国の一つです。その過去を振り返ると、かつての繁栄、政治の混乱、繰り返される経済危機が織り交ざっています。アルゼンチンを語るには、この振り子のように揺れる歴史の流れを理解することが重要です。
かつての先進国
19世紀後半から20世紀初頭、アルゼンチンは「世界の大農場」として知られ、その経済は飛躍的に発展しました。肥沃なパンパの大平原では、大量の穀物や牛肉が生産され、それらが輸出品として国の繁栄を支えました。この時期、一人当たりのGDPは世界トップクラスに達し、ヨーロッパ諸国やアメリカとも肩を並べる存在となりました。
アルゼンチンの成功の背景には、いくつかの要因がありました。まず、広大で肥沃な自然資源が、農業生産の基盤を支えました。加えて、ヨーロッパからの移民が労働力と文化的多様性をもたらしました。鉄道などのインフラが整備され、イギリスを中心とした国際貿易も発展しました。この時期の首都ブエノスアイレスは、「南米のパリ」として華やかな文化と繁栄を象徴していました。アルゼンチンは、まさに世界の先進国の一つとみなされていました。
政治の不安定とポピュリズム
しかし、20世紀中盤に入ると、アルゼンチンの黄金時代は終焉を迎えます。その転換点は、1946年にフアン・ペロンが大統領に就任したことでした。ペロン主義と呼ばれる政治体制の下、アルゼンチンは労働者階級を支持基盤に社会福祉政策を拡大し、国家主導で産業振興を図りました。鉄鋼や自動車産業の育成が行われ、労働者の待遇改善や中産階級の拡大といった成果もありました。
しかし、こうした政策の一方で、政府支出が膨張し、財政の健全性が損なわれました。外資排除や国家経済の過度な統制が経済の活力を奪い、最終的に政治的混乱を引き起こしました。軍事クーデターが繰り返され、アルゼンチンは政治の不安定さに苦しむ時代に突入しました。ペロン主義はアルゼンチンの政治文化に大きな影響を与えましたが、その裏側には経済的な問題が積み重なり続けました。
経済危機とデフォルト
アルゼンチンの歴史の中で、1980年代から2000年代にかけての経済危機は特筆すべき転換点でした。この時期、アルゼンチンは度重なるデフォルト(債務不履行)や高インフレに見舞われ、国際社会の注目を集めました。
1980年代には、軍事政権下での過剰な借入が原因で債務危機が発生しました。続く2001年には、外貨準備が枯渇し、約930億ドルの対外債務が履行不能に陥り、史上最大の国家破綻として知られるデフォルトを経験しました。これにより、国際市場から孤立し、国民の生活は大きく打撃を受けました。
経済の現状と主要産業
アルゼンチン経済は、農業と鉱業を中心に成り立っていますが、インフレ率の高さや通貨ペソの不安定さが問題です。
為替
アルゼンチンの通貨であるアルゼンチン・ペソ(ARS)は、2024年12月時点で1ドル=約1000アルゼンチン・ペソの為替レートとなっています。
GDP
2024年のGDPは約6,000億ドルで、一人当たりのGDPは約13,000ドルです。GDP成長率は-3.5%。世界に占める名目GDPの割合は約0.61%、購買力平価GDPでは約0.74%です。
なお、2025年~2029年のGDP成長率は、5.0%, 4.7%, 3.9%, 3.3%, 2.4%となっています。
インフレ率と失業率
2024年11月のインフレ率は166%。
直近の失業率は6.9%。
人口動態
2024年時点での人口ピラミッドを見ると、アルゼンチンは比較的バランスの取れた構造を持っています。特に、15歳から64歳までの労働年齢層が全人口の大部分を占めており、これは経済を支える重要な基盤となっています。この層の割合が多いことは、農業や工業、サービス業などの主要産業において十分な労働力を提供できる点で強みとなります。
また、人口の若年層(0〜14歳)の割合が20%以上あることから、アルゼンチンは将来的にも労働力を維持できる可能性が高いと考えられます。ただし、高齢化の進行も徐々に見られ、65歳以上の割合が増加しつつあります。
全体像はこちら。
主な輸出産業・品目
図はアルゼンチンの経済活動および輸出品目を示したものです。
農業
アルゼンチンの輸出の核を成しているのは、農業関連産業です。特に注目すべきは、トウモロコシ(Corn)が輸出全体の約9%を占めることです。また、大豆由来の固形残渣(Solid soybean residues)や大豆油(Soybean oil)も主要輸出品であり、アルゼンチンが世界的な大豆生産国であることを示しています。これらの製品は主に飼料や食用油として使用されます。食品
アルゼンチン産の冷凍牛肉(Beef, frozen)は輸出品の重要な一角を占めており、アルゼンチンの畜産業の強さを表しています。加えて、濃縮ミルク(Milk, concentrate)やチーズ(Cheese)などの乳製品も輸出されています。鉱業およびエネルギー
原油(Petroleum oils, crude)および精製石油製品(Petroleum oils, refined)の輸出も行われており、エネルギー産業がアルゼンチン経済の一部を支えています。
アルゼンチンは、農業製品が輸出の大部分を占めていますが、畜産業やエネルギー産業も重要な役割を果たしています。
汚職と法の支配
・Corruption Perceptions Index(腐敗指数)
Rank 98/180
・Rule of Law Index(法の支配指数)
Rank 63/142
アルゼンチンは、腐敗認識指数(Corruption Perceptions Index)で180カ国中98位にランクインしており、世界的に見ても汚職が課題として残る国の一つです。政府機関や行政の透明性には改善の余地があり、特に政治家や公務員の腐敗が社会的信頼を損なう要因となっています。
一方、法の支配指数(Rule of Law Index)では142カ国中63位に位置しており、司法制度や法執行において一定の信頼性を維持しています。
イノベーションと未来展望
・Global Innovation Index(グローバルイノベーション指数)
Rank 76/125
アルゼンチンは、グローバルイノベーション指数(Global Innovation Index)で125カ国中76位にランクインしており、イノベーションの分野で一定の進展を見せています。ただし、この順位はまだ世界的な競争力を確立するには課題が多いことを示しています。
バカ・ムエルタでのシェール革命
バカ・ムエルタの地理と規模
バカ・ムエルタ(Vaca Muerta)は、スペイン語で「死んだ牛」を意味する名前を持つ、アルゼンチン・パタゴニア地方に位置する世界有数のシェール層です。エネルギー省の推定によれば、ここには約270億バレルのシェールオイルと約22兆立方メートルのシェールガスが埋蔵されており、それぞれ世界第4位と第2位の埋蔵量を誇ります。この豊富な資源は、アルゼンチンをエネルギー供給国として国際市場での地位を高める潜在力を持っています。
なぜバカ・ムエルタにシェールがあるのか?
バカ・ムエルタが世界有数のシェールオイル・シェールガス埋蔵地となった理由を、シンプルに整理して説明します。
1. 昔は海の底だった
約1億6,000万年前、バカ・ムエルタの場所は浅い海(内海)でした。この海には植物プランクトンや動物プランクトンがたくさん住んでいて、死後、これらが海底に堆積しました。
酸素が少ない環境
当時の海底は酸素が少なく、有機物(プランクトンなどの死骸)が分解されず、そのまま海底に蓄積されました。この環境が、後にシェールガスやオイルを生む「有機物の層」を作る基盤となりました。
2. 堆積物が積み重なった
その後、長い年月の間に、砂、泥、火山灰などが海底にどんどん積み重なり、有機物を含む堆積物が何千メートルもの厚い層を形成しました。
重みで変化
厚い堆積物の重みによって、有機物が圧縮され、高温・高圧の環境下で炭化水素(オイルやガス)へと変化しました。
3. 地殻変動で現在の姿に
その後、プレート運動(地殻変動)によって、バカ・ムエルタが海底から地上に押し上げられました。
アンデス山脈の形成の影響
南アメリカプレートとナスカプレートの衝突により、海底だった場所が隆起して陸地になりました。これが現在のバカ・ムエルタ地域の地形を作り上げました。
4. 現在の地質が採掘に適している
バカ・ムエルタのシェール層は、地下約2,000~3,000メートルの深さにあり、ここはシェールオイルやガスを生成・保存するのにちょうどいい温度と圧力条件が整っています。
技術的な利点
堆積層が厚く均一で、現在の掘削技術(水平掘削や水圧破砕)を使うのに適しています。このため、大規模なシェール資源の開発が可能になっています。
バカ・ムエルタは、地質学的な奇跡とも言える条件によって形成されたエネルギー資源の宝庫なのですね。
開発の背景と進展
バカ・ムエルタの開発が本格化したのは2010年代初頭です。技術革新と国際的なエネルギー需要の高まりを背景に、アルゼンチン政府と外国企業は協力してこの地域の開発に取り組んできました。アメリカでのシェール革命をモデルとし、水圧破砕(フラッキング)と水平掘削技術が導入されました。
初期段階では、資本投資の不足や規制の課題が進展を妨げていましたが、近年ではYPF(アルゼンチン国営石油会社)を中心に、多国籍企業(シェブロン、シェル、トタルエナジーズなど)も開発プロジェクトに参画しています。これにより、石油と天然ガスの生産量は急速に増加しています。
シェール資源を採掘するだけでは意味がない
ネウケン盆地は内陸部に位置しているため、ここで採掘されたシェールオイルやガスを国内外の市場に届けるには、海岸までの効率的な輸送が欠かせません。そのため、輸送インフラ、特にパイプラインの整備が最優先課題の一つとなっています。
現在進行中の「Vaca Muerta Sur」プロジェクトでは、YPF、Pan American Energy、Vista Energy、Pampa Energía、Chevron Argentina、Pluspetrol、Shell Argentinaといった主要なアルゼンチンのエネルギー企業が協力し、輸送インフラの拡充に取り組んでいます。このプロジェクトでは、全長437kmに及ぶパイプラインを建設し、最終的にはPunta Coloradaに新しい輸出用ターミナルを設置する計画です。
このパイプラインは、1日あたり最大550万バレルの輸送能力を持ち、さらに必要に応じて700万バレルまで拡張可能です。総投資額は約30億ドルとされており、アルゼンチンのエネルギー輸出における国際競争力を大きく引き上げることが期待されています。
アルゼンチンの輸送ネットワークを考慮すると、Punta ColoradaはBahía Blancaよりもバカ・ムエルタからの距離が短いという地理的な利点を有しています。また、Punta Coloradaの港湾は水深が深く、浚渫(しゅんせつ)作業を最小限に抑えられることが大きなメリットです。これにより、輸送コストを削減できるだけでなく、港湾設備の建設・維持にかかる費用も抑えることが可能です。こうした条件から、Rio Negro州のPunta Coloradaがエネルギー輸出拠点として最適とされ、インフラ整備が進められています。
浚渫作業とPunta Coloradaの利点
浚渫作業とは、水深が浅い港で泥や砂を取り除き、船が安全に航行できるようにする工事のことです。これには高額な費用や環境への影響が伴い、さらに継続的な維持作業が必要となります。Punta Coloradaの利点は、距離はもちろん、港湾の自然な水深が十分に深いことです。これにより、以下のようなメリットがあります。
コスト削減:浚渫作業が不要、または最小限で済むため、初期費用や維持費を抑えられる。
建設の迅速化:浚渫を行う必要がないため、ターミナル整備が早く進む。
環境保護:生態系への影響を最小限に抑えられる。
これらの理由から、Punta Coloradaはエネルギー輸出拠点として最適とされています。一方、Bahía Blancaはアルゼンチンの主要港湾の一つであり、長年の運用実績がありますが、水深が浅いため、浚渫作業が頻繁に行われています。
バカ・ムエルタの経済的影響
バカ・ムエルタの開発は、アルゼンチン経済に以下のような重要な影響を与えると考えられています。
1. エネルギー自給率の向上
アルゼンチンはこれまでエネルギーの輸入に依存していましたが、バカ・ムエルタの開発により、自国でのエネルギー供給量が大幅に増加しています。これにより、エネルギー輸入への依存を減らし、将来的にはエネルギー輸出国としての地位を確立する可能性が高まっています。
2. 外貨獲得と経済再建
バカ・ムエルタは、アルゼンチンにとって重要な外貨収入源となっています。エネルギー輸出による収益は、慢性的な財政赤字やデフォルトの危機に直面しているアルゼンチン経済を立て直すうえで、重要な役割を果たしています。特に、国際市場へのエネルギー供給が増えれば、外貨準備高の増加と通貨安の改善が期待されています。
3. 雇用創出
バカ・ムエルタのシェール産業の成長により、多くの雇用が生まれています。直接的な石油・ガス採掘業の雇用に加え、関連するインフラ整備やサービス業、さらには地域経済への波及効果によって、地元住民にも恩恵をもたらしています・
バカ・ムエルタの開発は、アルゼンチンのエネルギー政策における転換点となるだけでなく、経済再建や雇用創出の面でも大きな効果をもたらしています。
終わりに
アルゼンチンは、エネルギー資源や文化的な多様性といった強みを持ちながらも、経済の不安定さ、特に深刻なインフレや外貨不足といった課題に直面しています。しかし、バカ・ムエルタの開発は、こうした問題を克服する鍵となる可能性を秘めています。
バカ・ムエルタは、エネルギー自給率の向上や外貨獲得、雇用創出といった多方面での効果が期待され、アルゼンチン経済を再建する大きな原動力となりつつあります。また、リチウム採掘や再生可能エネルギーへの投資とも相まって、国際市場での新たな地位を築く可能性を秘めています。
経済的な課題に直面しつつも、豊かな資源を活用しながら未来への希望を見出すアルゼンチン。その挑戦がどのような成果をもたらすのか、引き続き注目が集まっています。