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パキスタン|多様な歴史と課題が紡ぐ現在の姿【気になる世界の国々#16】

パキスタンの基本プロフィール

パキスタンは南アジアに位置する国で、面積は約79.6万平方キロメートル、人口は約2億3000万人(2024年推定)と、世界で5番目に多い人口を抱えています。首都はイスラマバード、最大都市はカラチです。公式言語はウルドゥー語と英語であり、イスラム教が国民の大多数を占めるイスラム共和国です。

なお、時差については、日本(東京)はパキスタン(イスラマバード)より4時間進んでいます。例えば、日本が午後7時の時、パキスタンでは同じ日の午後3時です。


地政学的要衝としての位置づけ

パキスタンは南アジア、中央アジア、中東を結ぶ交差点に位置しており、その地理的重要性は国際的にも評価されています。隣国にはインド、中国、アフガニスタン、イランがあり、アラビア海にも面しています。このため、古代シルクロード時代から現代の中国主導の「一帯一路」構想に至るまで、貿易や物流のハブとして活躍しています。

また、パキスタンのグワーダル港は中国と中東を結ぶ重要な拠点であり、中国の海上貿易ルートを補完する役割を果たしています。一方で、インドとの国境問題や、アフガニスタンとの不安定な関係は地政学的リスク要因となっています。


歴史と文化の融合

パキスタンは1947年8月14日にイギリスから独立を果たし、インドから分離してイスラム教を基盤とする独立国家となりました。この分離独立は、宗教的対立や歴史的背景から生じたもので、ヒンドゥー教徒が多数を占めるインドに対して、イスラム教徒が多く住む地域を分離独立させる形で成立しました。この出来事は「インド・パキスタン分離独立」と呼ばれ、大規模な移住や宗教的暴力が発生したため、多くの国民にとって悲劇的な歴史として記憶されています。

さらに、1971年には、当時の東パキスタン(現在のバングラデシュ)が独立を求めて分離し、バングラデシュとして独立するに至りました。この内戦もまた、パキスタンの国民に深い影響を与え、政治的・文化的な課題を生み出しました。

歴史的背景

パキスタンの歴史は、古代のインダス文明にさかのぼります。インダス川流域では、約5000年前に高度な都市文明が栄え、モヘンジョダロやハラッパーのような都市遺跡がその証拠として残っています。この文明は農業、商業、建築技術において驚くべき発展を遂げており、当時の住民は高度に組織化された社会を形成していたとされています。

その後、アケメネス朝ペルシア、アレクサンドロス大王、マウリヤ朝、クシャーナ朝、イスラム帝国、ムガル帝国といったさまざまな支配者や文化がこの地域を支配しました。特にムガル帝国時代には、イスラム文化が強く影響し、現在のパキスタンにおける文化や建築、宗教的伝統の基盤が形成されました。ラホールのバードシャーヒ・モスクやカラチのマクリ・ヒルなど、多くの歴史的建造物が現在も残っています。

多文化共生と地域性

現代のパキスタンは、パンジャブ州、シンド州、バロチスタン州、カイバル・パクトゥンクワ州、ギルギット・バルティスタン地方、アザド・カシミール地方など、多様な地域で構成されています。これらの地域ごとに異なる言語、文化、伝統が存在し、それぞれがパキスタンの多様性を象徴しています。

  • パンジャブ州: パキスタンの人口の約半数が居住する地域で、パンジャブ語が話され、伝統的な舞踊「バングラ」が有名です。農業が盛んであり、特に綿花や小麦の生産が重要です。

  • シンド州: カラチを含むこの州は経済の中心地であり、シンド語が話されます。シンド地方の文化は、インダス文明やイスラムの影響を強く受けています。

  • バロチスタン州: 自然資源が豊富で、バローチ族が多く住むこの州では、バローチ語が話されています。

  • カイバル・パクトゥンクワ州: パシュトゥーン人が多く住み、パシュトゥー語が話される地域で、独特の音楽や詩が特徴です。

  • ギルギット・バルティスタン地方: 北部の山岳地帯で、多様な民族と言語が共存しており、美しい自然景観と観光地としても知られています。

伝統文化

パキスタンは工芸品や伝統文化が豊かな国として知られています。特に、カシミール地方の織物や刺繍品、パンジャブ地方の陶器、シンド地方のブロックプリント布(アジュラク)は国内外で高く評価されています。また、伝統音楽では、カッワーリー(イスラム教スーフィズムに関連した音楽)やフォークミュージックが広く親しまれています。

国民性

パキスタンの国民性は、多様な民族や文化的背景を持ちながらも、イスラム教を中心とした共通の価値観が国民を結びつけています。国民の多くは、家族を最も重要視し、親族や地域社会との強い絆を保ちながら生活しています。日常生活において、他者への親切心やホスピタリティ(おもてなし)の精神が広く見られ、特に来訪者や旅行者に対して温かく迎え入れる姿勢が国際的にも知られています。

一方で、地域や階級ごとに文化や価値観が異なることから、国民全体としての統一感を形成するには課題もあります。特に、経済的格差や都市部と農村部の生活水準の差が顕著であり、これが社会的不平等の原因となっています。


経済の現状と主要産業

為替

パキスタンの通貨であるパキスタン・ルピー(PKR)は、2025年1月時点で1ドル=約278.8パキスタン・ルピーの為替レートとなっています

出典:Investing.comより

GDP

パキスタンのGDPは約3760億ドル(2024年推定)です。世界に占める名目GDPの割合は約0.32%、購買力平価GDPでは約0.81%です。
なお、2025年~2029年のGDP成長率は、3.2%,  4.0%,  4.1%,  4.5%, 4.5%となっています。画像はGDP成長率の推移です。

International Monetary Fundのデータ

インフレ率と失業率

2024年12月のインフレ率は4.1%。

出典: Trading Economicsより

直近の失業率は6.1%。

出典: Trading Economicsより

人口動態

出典:PopulationPyramid.net

2024年時点のパキスタンの人口ピラミッドを見ると、若年層(0~14歳)が全人口の約36%を占めており、高い出生率が特徴的です。この若年層の多さは、将来的な労働力の供給源として重要視されています。一方で、この層に対する教育や健康への投資が不十分な場合、潜在的な経済成長への影響が懸念されます。

労働年齢層(15歳から64歳)は全人口の約58%を占めており、この層が現在のパキスタン経済を支える基盤となっています。農業、繊維産業、海外出稼ぎ労働などがこの層の主な就業先であり、特に海外送金はパキスタン経済にとって重要な外貨収入源となっています。また、国内では若年層が豊富であるため、適切な雇用機会と技能開発の推進が必要とされています。

65歳以上の高齢者層は全体の約4%程度と少なく、高齢化の影響は比較的少ない状況です。ただし、医療や福祉のインフラが整備されていない地域が多いため、高齢者へのサポート体制が今後の課題となる可能性があります。

全体的に、パキスタンは「人口ボーナス期」にあるとされ、若い労働力を活用することで持続的な経済成長を達成するポテンシャルがあります。

全体像はこちら。

出典:PopulationPyramid.net

主な輸出産業・品目

出典: Harvard Growth Lab - Atlas of Economic Complexity

図はパキスタンの経済活動および輸出品目を示したものです。
読み取れる内容をざっくりまとめていきます。

  • 繊維製品(Textiles)
    繊維製品はパキスタンの輸出全体の中核を成しており、特に「家用リネン(House Linen)」が輸出の約10.44%を占めています。また、「男性用スーツやパンツ(Men's Suits and Pants)」が6.97%、「コットン生地(Woven Fabrics of Cotton)」や「綿糸(Cotton Yarn)」もそれぞれ主要な品目として挙げられます。これらの製品は特にヨーロッパや北アメリカ市場で需要が高く、パキスタンの豊富な労働力と綿花生産がこの輸出品目を支えています。

  • 農産物(Agricultural Products)
    農産品では、「米(Rice)」が輸出全体の約5.57%を占め、バスマティ米などの高品質な品種が中東やアフリカ市場で人気です。また、「皮革製品(Leather Apparel)」や「牛皮(Tanned Hides of Bovines)」も輸出品目の一部を占めています。

  • サービス産業(Business and Transport Services)
    サービス産業の中でも「ビジネスサービス」が輸出全体の14.38%を占めており、パキスタンのアウトソーシング業務やIT関連サービスが含まれます。また、「輸送(Transport)」や「旅行・観光(Travel & Tourism)」も一定の割合を占めています。

パキスタンの輸出構造は、繊維製品を中心としながらも、多様な農産物や製造品に支えられています。また、近年ではITサービスやアウトソーシングが成長分野として注目されています。


汚職と法の支配

・Corruption Perceptions Index(腐敗指数)
Rank 133/180
・Rule of Law Index(法の支配指数)

Rank 129/142

パキスタンは、腐敗指数で180カ国中133位にランクインしており、依然として汚職が深刻な問題となっています。特に、公的機関や地方自治体における不正が指摘されており、政治的な汚職や公務員の腐敗が国民の信頼を損なう要因となっています。政府はこれまでに複数の汚職撲滅キャンペーンを展開し、国家説明責任局(National Accountability Bureau, NAB)を通じて調査や処罰を進めていますが、その効果には限界があり、透明性向上の取り組みには多くの課題が残っています。さらに、2023年にはNABがイムラン・カーン前首相を汚職容疑で逮捕するなど、汚職対策の一環として高官への捜査も行われました。これらの状況から、パキスタンにおける汚職問題は依然として深刻であり、政府の取り組みにはさらなる強化が求められています。

一方、法の支配指数に関しては、パキスタンは142カ国中129位と非常に低い順位にとどまっています。司法制度は公式には独立しているとされていますが、実際には政治的影響を受けやすいとの批判があります。特に、裁判の遅延や法の執行力の低さが問題視されており、国民にとって司法制度へのアクセスが困難な状況が続いています。

イノベーションと平和度

Global Innovation Index(グローバルイノベーション指数)
Rank 91/125
Global Peace Index(世界平和度指数)
Rank 140/163

パキスタンは、グローバルイノベーション指数で125カ国中91位にランクインしており、イノベーション分野で中位程度の評価にとどまっています。パキスタンは、情報通信技術(ICT)やスタートアップ支援に注力し始めており、特にラホールやカラチといった都市で、IT関連の企業やアウトソーシングビジネスが成長を遂げています。

一方、世界平和度指数では163カ国中140位に位置しており、治安や社会的安定性の面で大きな課題を抱えています。特に、テロリズムや国内の政治的不安定さがこの低い順位に反映されています。一部地域では、武装勢力の活動や宗教的対立が治安の悪化を招いています。


成長を目指す前に解決すべき“足元の問題”とは?

外へ向かう前に足元を見つめる必要性

パキスタンは世界で5番目に多い人口を抱え、豊富な自然資源や農業基盤、繊維産業をはじめとする輸出産業もあり、成長のポテンシャルを秘めた国です。しかし、その潜在力を最大限に発揮するには、まず国内の課題に向き合い、基盤を整える必要があります。

最も大きな課題の一つが、国内外の紛争とその影響です。パキスタンは独立以来、インドとのカシミール問題を巡る緊張状態が続いており、これまでに複数回の戦争や衝突を経験しています。この対立は、外交関係や国防費の増加だけでなく、国内の政治的・社会的な不安定さにも影響を及ぼしています。また、アフガニスタンとの国境地帯では、武装勢力やテロリストの活動が活発であり、これが治安の悪化を招いています。

https://www.afpbb.com/articles/-/3240309 より抜粋

国内に目を向けても、地域間の紛争や宗教的対立が深刻な問題となっています。一部地域では部族間の対立や宗教的な少数派への迫害が続いており、これが社会全体の分断を引き起こしています。これらの問題は、国民の安全を脅かすだけでなく、投資環境や経済活動にも悪影響を与えています。

このような紛争や治安問題は、パキスタンが成長に向かう前に解決しなければならない「足元の問題」の象徴と言えます。

足元の問題:治安と法治国家の確立

パキスタンが直面する最も深刻な課題の一つが、治安の悪化と法治国家の欠如です。この問題は国民の安全を脅かすだけでなく、経済活動を停滞させ、国内外からの投資を妨げる要因となっています。法の支配指数で142カ国中129位にランクインしていることからも、法治の確立に向けた道のりが険しいことが明らかです。

治安の現状
パキスタンの治安問題は、主に以下の要因に起因しています。

1.テロリズムと過激派活動: パキスタンは長年、国内外の武装勢力や過激派組織の活動に悩まされてきました。特に北西部のカイバル・パクトゥンクワ(KP)州やバロチスタン州(位置はおおよそ図の中の丸の部分)では、アフガニスタンとの国境を越えて活動する武装勢力の影響が大きく、一部地域では治安の悪化が続いています。このような状況は、国際社会からも警戒され、パキスタンのイメージ低下を招いています。

https://www.anzen.mofa.go.jp/info/pchazardspecificinfo_2023T013.html?utm_source=chatgpt.com#ad-image-0  の画像を編集

2.内部の宗教対立と民族紛争: パキスタンでは、宗教的少数派に対する迫害が深刻な問題となっており、特にキリスト教徒への攻撃が顕著です。これらの迫害は社会的な分断を深め、治安の悪化や国際的な批判を招いています。

3.犯罪率の高さ: 都市部では、窃盗や暴力事件が頻発しており、特にカラチやラホールといった大都市では治安の悪化が深刻です。これにより、国民の生活の質が低下し、都市の社会経済活動にも悪影響を及ぼしています。

法治国家の欠如
パキスタンの司法制度は公式には独立しているとされていますが、実際には政治的干渉や権力者による影響が問題視されています。法の支配が十分に機能していないため、次のような課題が顕著です。

  • 司法制度の遅延: 多くの裁判が数年単位で遅延するなど、司法制度の効率性が著しく低いです。この状況は、国民にとって司法制度への信頼を損なう原因となっています。

  • 汚職と不公正: 法執行機関や司法制度の内部での汚職が、法の公平性を損なっています。政治的影響を受けた裁判や、特定の利益集団への有利な判決が繰り返されることで、国民の間に不満が広がっています。

  • 地方における慣習法の影響: 一部の地域では、部族法や慣習法が優先されるケースがあり、国家の司法制度が適切に機能していない状況が続いています。

3つ目について補足します。
かつてパキスタンには「FATA(連邦直轄部族地域)」という特別な地域があり、通常の法律ではなく、部族の伝統やイスラム法に基づく独自のルールが適用されていました。この地域では、裁判は部族長が主導し、弁護士を立てる権利や控訴する権利が認められず、殺人でも罰金で済む場合があるなど、近代的な司法制度とは大きく異なっていました。また、犯罪を犯した人だけでなく、その家族や一族全体が責任を負わされる「共同責任」という慣習も存在していました。さらに、武装勢力やテロリストの活動が活発で、治安の悪化が深刻化していたことから、国際的な批判を受けていました。2018年、政府はFATAを廃止し、通常の司法制度を導入する改革を進めましたが、法律やインフラ整備が遅れており、完全な統合には依然として課題が残っています。

参考:https://www.moj.go.jp/isa/content/930002706.pdf


終わりに

パキスタンが抱える課題は山積していますが、その解決に向けた取り組みを進めることで、成長のポテンシャルを最大限に引き出すことが可能です。特に中国との「一帯一路」構想や国際援助を活用しつつ、国内の制度改革を進めることで、安定した経済基盤を築くことができます。

ただし、これらの課題解決には、政府だけでなく、民間企業や市民社会の協力が必要不可欠です。パキスタンの未来を切り開くには、国民全体が一丸となり、自国の基盤を強化する意識を持つことが求められます。

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