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建築士と建築家【1-1】

↑今日の話はこの話の脇道です。

父からの勧めもあり、私は建築士を目指し。
そしてどうやら、私がなりたいのは建築家ではないらしいと気がついた時の話し。


設計事務所は狭き扉

私は小学生低学年の頃に建物、特に日本の城や海外の城、寺院を絵に書くことが好きだった。
それもあり父は私に建築士という仕事を勧め、私も建物が好きだったので何の疑いもなくその道に進むと決めた。

無知だった私は建築士になるには建築の勉強だと近くにある工業高校に通うのだが、高校3年生になり就職というタイミングで、高卒では設計事務所には、入れないことを知る。

通常、どこかの設計事務所に入るには。大学を卒業する。有名な設計事務所ならその先生の研究室に入らないと厳しいなど、今でこそ求人が割とあるものの、当時はそもそも就職が難しい職種だった。

今考えるとその選択は正しかったと言えるのだが、当時は仕方なく設計事務所に就職することができないため、名古屋のゼネコンに就職し現場監督として約5年働くことになる。

現場監督として、木造以外の建物の施工管理を行い、自分に自信がついたところで設計事務所に転職しようか学び直すかを考え、私は学び直すことにしたのだが、いまから大学に進んでもつまらないだろうと留学を決意し、単身イタリアに建築留学をした。

約1年の建築留学から帰国し、現場監督時代のスキルとイタリア留学で作成した課題のポートフォリオを持参して、名古屋の設計事務所に片っ端から電話をした。

すると雇えないが面白そうだから話を聞いてあげる、という設計事務所がいくつかあった。
※きっと暇だったのだ(笑)
そこで自己紹介をしつつ、話を聞いてもらえそうな事務所を紹介してもらう。という売り込みをおこなった結果、1月ほどでインターンからならいいよと言ってもらえた事務所に入ることができた。

その時は、1ミクロンも開かない扉が開いた気がして嬉しかったのだが、設計事務所の悪しき雇用環境がそこにはあった。

週5、朝10:00から17:00までと時間的拘束はないのだが、インターンという曖昧なスタートでお給料は月3万だった。4年間その設計事務所にお世話になったが最後は確か月6万円だった様な気がする。

設計事務所は狭き扉(門なんて立派なものじゃない)だからこそ、モチベーションの搾取が横行し、雇用主である設計事務所の主宰もまた、そうした丁稚(でっち)のような身分から這い上がったことで、雇用環境が劣悪なことに違和感や罪悪感は皆無なのだ。

それどころか、若い奴は勉強がたらない。という持論をいつも聞かされていた。これは私が入った設計事務所がひどい、という話ではなく。
当時の設計事務所はどこもそんな感じだったとおもう。
※だから設計事務所のアシスタントは当時、女性が多かった気がする。結婚というリタイアがあるから設計事務所は都合がいいのだ。


建築家


ある日、設計事務所の主宰とその友人の建築家とご飯に行かせていただいたことがある。
ご飯を食べながら、主宰と友人の建築家が話している内容は、新建築の〇〇さんのあれみた?〇〇さんのあそこのディテールみた?などだった。

主宰からはよく、建築系の雑誌や建築家の本を読んでもっと勉強しなきゃだめだと言われていた。しかし私は促されて雑誌や本を買って読んでみるも、全く面白いと感じなかったのだ。

飲みながら建築家について楽しそうに話す建築家2人をみて、自分は違和感を感じた。

あ、僕がなりたいのこれじゃない。
実際には確信に変わるのはもっと後だが、その時にその感情は芽生えた。


建築家とは、建築家に興味がある人が多いのだ。

私は純粋に建物が好きだった。そしてそれを使う人のことを考えるのが好きだった。

もちろん、私の前にいた建築家の方々もそう言った感情をもちあわせていたのだろうけど。
それよりも、建築家たるものはとか、建築家として自分のディテールはとか、建築家としての表現は。というものが強かったように感じた。きっと建築家としての自分と他者との差別化を図りたいのだろう。

僕は建築士になりたかったが、建築家には極論をいうとなりたくなかったのだ。
何が違うのか?と思われるかもしれないが。
簡単にいうと、建築士という「仕事」「役割」は楽しく興味があるのだが、建築家という「思想」「生き方」をシンプルに独りよがりでダサいと感じてしまったのだ。

設計事務所の雇用環境が劣悪だったのもこれによるところが大きい。

丁稚(でっち)という美学。
ただシンプルにビジネスができてないのだ。
お金を稼げていないだけなのだ。
そしていつ途切れるかわからない収入に怯える割に、プライドから泥臭い営業はしないのである。

建築家のすべてがそうだとは言わないが、すくなくとも私が設計事務所にいたころは、半数は上記に該当していただろうとおもう。


だから私はある程度仕事を覚えたところで、設計事務所を退所し、ザ・建築家の道を進むことをやめた。


建築家でないならなんなのか。





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