エンバペとレアル・マドリーの7年間

生まれた赤子が、かけ算を覚えるほどの時がすぎた。

2024年6月、マドリディスタは絶頂の1週間を過ごした。聖地ウェンブリーで15度目の欧州王者に輝いた翌日、待望の男がベルナベウにやってくることが発表された。

「エンバペがくる」

この言葉をどれだけ聴いてきたことか。待ち侘びていた。2年前に裏切られた記憶がまだ色濃く残っていた。複雑な気分だ。絶縁したつもりだった。しかし交渉は続き、次第に憎しみは薄れた。大観衆が詰めかけるベルナベウでの入団セレモニーで、エンバペはマドリディスタの心を虜にした。

15度目の戴冠を果たした王者の陣容に、世界最高の男が加わるのだ。胸を高ぶらせずにはいられない。7年間、メディアはマドリディスタを翻弄し続けた。そのメディアすらも、オオカミ少年たる自覚はなかったのかもしれない。彼らも翻弄され続けたうちの一人であるからだ。しかしエピソード・ゼロは完結した。そして8月、新たな章の幕が上がる。

感慨をもってこの物語をふり返りたくなった。エンバペとレアル・マドリーが、そしてその周囲の事情が複雑に絡みあったこの7年間を、Marcaの一面を辿ってさかのぼってみたい。

16-17シーズン - 台頭

モナコの宝石(2017/03/22)

夏の移籍市場の主役候補として、欧州サッカー界の至宝として、当時18歳のエンバペがMarcaの一面に躍り出た。所属元のモナコは、2016年夏にマンチェスター・シティからの4000万ユーロのオファーを断ったようだ。モナコでのプロデビューからわずか2年、少年の活躍は話題を呼び、16-17シーズン終了後の動向に注目が集まった。

16-17シーズンのモナコは、直近で最もいいシーズンを送っていた。予選から勝ち上がったチームとしては初の快挙となるCL準決勝に進出し、リーグ戦ではPSGの4連覇を抑えて17年ぶりの優勝を果たした。今ではビッグクラブで活躍する選手が多数在籍したこのチームで、エンバペはリーグ戦29試合15ゴール、CLで9試合6ゴール。これが2年目の18歳。世界中からの求愛を呼び寄せる、魅惑のプレーを連発した。

レアル・マドリーは、第1次ジダン政権の2年目だった。伝説となったCL3連覇の2年目ともいえる。アタッカーだけをみても、BBCにイスコを加えた盤石の布陣。12度目のCL制覇は、マドリディスタに黄金時代の到来を確信させた。

エンバペはマドリーでプレーしたいと公言していた。幼い頃からクリスティアーノ・ロナウドのファンであることは有名だった。母国の英雄・ジダンが指揮をとっていることもあるだろう。マドリディスタの間には、無邪気な少年を心から歓迎するムードで溢れていた。その期待に沿うように、モナコのストライカーはフロレンティーノのビッグターゲットとなった。

当時のマドリーには、アザールやディバラといった他の獲得候補がいた。だが彼らはアセンシオの台頭により、獲得の優先順位が下げられていた。

エンバペには若さがあった。若さと成長があった。エリートとしての歩みを進めることで、さらに高い価値がつくことが期待されていた。

彼はマドリーに来たがっている(2017/05/05)

2017年6~7月 - 時間の問題

PSGやマンチェスター・ユナイテッドといった競合に先んじて、レアル・マドリーとモナコは移籍に合意したと報じられた。移籍金総額は1億8000万ユーロ。エンバペ本人はマドリーへの移籍を希望しており、「マドリーにいくか、どこにもいかないかだ」とコメントしていた。

マドリディスタは浮かれ気分だった。頭の中ではもはや移籍は完了し、BBCといかに共存するか、アセンシオ、イスコ、コバチッチとの序列はどうなるか、あるいは成熟を待つためにモナコに残留させるのか、クラブの判断は?といった話題に花を咲かせた。クリスティアーノ・ロナウドの退団騒動も持ち上がっており、スカッドの変化次第では獲得を前倒しする作戦もありうると報じられていた。

"ただマドリーでプレーしたいだけだ"(2017/06/19)

エンバペ獲得の基本合意:1億8000万(2017/07/26)

2017年8月 - PSGのプロジェクト

しかし、夏。エンバペの側近はPSGを望んだ。エンバペ本人はためらったが、父親の意思が決定的な後押しとなった。移籍金はマドリーと同額の1億8000万ユーロ。エンバペの父は、自分たちの街であるパリに戻りたいと主張した。BBCとレギュラー争いをすることについては懐疑的な姿勢を示し、同年PSGに加入したネイマールとの共演を望んだ。

PSGのケライフィ会長は、カンプ・ノウの奇跡に敗者として名を残したことに激怒していた。CLのラウンド16でバルセロナ相手に見せた大敗北に憤慨した会長は、無敵のチームを作ろうとしていた。解任を覚悟していたウナイ・エメリは驚いた。来季はネイマールとエンバペをチームに加えることになった。

マドリーは結局、エンバペの父親を説得できなかった。PSGが掲示する賃金は破格であり、センターフォワードのポジションも確約していた。これに対抗するなら、ベイルを売却し、18歳の選手を厚遇して賃金体系を破壊する必要があった。複雑な事情が重なり、エンバペはマドリーの手の届かない選手となってしまった。もう1年モナコに残留するという希望も持ち得たが、はやい段階でエンバペはPSGでプレーする決心を固めた。マドリディスタは大きな喪失感を味わった。

エンバペ、マドリーをかわしてPSGと契約(2017/08/11)

こうしてエンバペのマドリー移籍は阻止された(2017/09/01)

17-18シーズン - 邂逅①

PSG移籍初年度の冬、エンバペはMarcaのインタビューを受けている。このシーズンのCLで、PSGはバイエルンと同居するグループステージを首位通過し、ラウンド16でレアル・マドリーとの対戦が決定した。

19歳になったばかりのエンバペは、マドリーへの憧れを隠すことはなく、しかしPSGへの配慮を忘れない受け答えをこなした。夏のビッグターゲットは、半年後には恐るべきライバルとなった。

結果として、PSGはマドリーに敗れた。マドリーはこのシーズンもCLを制覇した。3連覇の3つめだ。準々決勝、準決勝とギリギリの戦いを勝ち上がり、決勝では意気軒昂なリヴァプールを下した。

エンバペ「世界にメッセージを残すためにベルナベウへ行く」(2017/12/27)

2018年7月 - 世界王者

ロシアで開催されたワールドカップで、フランスは優勝した。エンバペは19歳にして世界王者を経験した。7試合に出場して4ゴール。決勝でも4点目となるゴールを決めた。彼はラッキーボーイとしてこの大会の主役に名を連ね、フランスの黄金時代を長く牽引していくことを予感させた。

19歳にしてW杯を制したエンバペは、わずか23歳で次のカタールW杯を迎える。その次の2026年ですらも、2018年のグリーズマンと同じ年齢で迎えることになる。フランスの未来はエンバペと共にあることが印象付けられた。試合後のコメントで、彼はPSGへの忠誠を誓った。

「僕は100パーセントPSGに残る。僕はキャリアのスタート地点にいる」

二つ星(フランスが2度目の世界王者)(2018/07/16)

2019年6月 - 契約延長を阻止せよ

18-19シーズンのレアル・マドリーは、新たな時代を迎える必要に迫られていた。3連覇を達成したジダンが退任し、クリスティアーノ・ロナウドが退団した。チームは得点力不足に陥り、慌ただしい就任劇の記憶だけが印象深いロペテギも早々に解任された。クラシコでの敗戦やCLのラウンド16での敗退が重なり、チームは低迷した。3月、またジダンに戻ってきてもらうことになった。リーガは3位フィニッシュ、獲ったタイトルはクラブW杯のみ。3連覇を達成したクラブの風向きは、明らかに変わりつつあった。

一方のエンバペは、過去最高のペースで得点を重ねていた。リーグ戦29試合で33ゴール。CLでも8試合4ゴール。このシーズンから背番号を7番に変更し、わずか20歳と3ヶ月にしてリーグ通算50得点に到達した。しかしクラブは、CLのラウンド16でマンチェスター・ユナイテッドに敗れた。獲得したタイトルは、モナコですでに成し遂げていたリーグ・アンの優勝だけだ。2年前の時点からすれば、予想外の出来事だった。彼がPSGと契約した大きな目的は、CLで優勝し、バロンドール争いに加わることであった。

2017年にエンバペとPSGが交わした契約は、2022年6月までの5年契約だった。この2年間でそのポテンシャルを遺憾なく発揮したエンバペは、20歳で世界のスターとなった。エンバペには、PSGとの契約を延長する意思がなかった。この契約を延長するかどうかは、エンバペの将来を選択する重要な鍵となる。契約が残り2年となる2020年夏までに延長されなければ、クラブは当然売却を視野に入れなければならない。しかしケライフィ会長は、エンバペを移籍不可能な選手だと宣言した。

エンバペとの将来を夢見ていたマドリーは、この動向を注意深く見守っていた。契約延長を阻止することこそが、エンバペがマドリーと契約するための鍵であった。エンバペとPSGの、契約延長へのカウントダウンがはじまった。

エンバペのロードマップ(2019/06/29)

19-20シーズン - 膠着と不透明

19-20シーズンのCLグループステージで、マドリーはPSGと同居することになった。9月のグループステージ第1戦は、PSGの圧勝だった。3-0のスコアのうち、2得点をディ・マリアがあげた。この9月の試合には、エンバペはいなかった。マドリーは不安なシーズンを歩み出していた。この時点ではフェデ・バルベルデとロドリゴはまだ爆発しておらず、アザールもベストフォームから遠ざかっていた。加入2年目のヴィニシウスは、ジダンの招集リストからも外れがちな日々を送っていた。

11月のグループステージ第5戦、PSGはすでに首位通過をほぼ手中に収めていた。ベルナベウでのこの1戦は、2-2のドローに終わった。ベンゼマのドブレーテでリードするも、終盤にエンバペとサラビアが立て続けにゴールを奪った。

Covid-19の影響で大きな中断を挟むことになるこのシーズン、PSGはトゥヘル監督のもとCL決勝進出を果たした。国内のタイトルをすべて獲得し、4冠を達成した。ようやくPSGのプロジェクトが花開いたように思えた。一方のマドリーはリーガで優勝するも、CLは2年連続のラウンド16敗退。対照的なシーズンを送った。

契約更新へのカウントダウンは、着実に進行していた。エンバペは契約を更新するつもりがないことを、クラブはオファーに耳を貸さないことを明言していた。エンバペは世界最高の選手になりたいという意欲があった。PSGでその過剰な野心を管理することは、どうやら難しそうに見えた。20歳の若者は、すでにモナコの少年ではない。この最年少のスターは、バロンドーラーとして輝ける天地を求めていた。

マドリーはベンゼマの後継者を探していた。この年加入したヨビッチはうまく結果を出せず、9番候補が待望された。そんな中、エンバペよりもハーランドの獲得を優先する声が高まりつつあった。エンバペは2022年に契約が切れるとすれば、2021年の退団が現実的だと考えられた。

エンバペのシナリオも変わってきていた。彼のプランでは、CLで好成績を収め、EURO2020、東京オリンピックに出場したのちに将来を決めるというものだった。しかしCLは中断し、夏の国際大会の見通しも立たない。Covid-19の影響で市場は不透明な状況となり、膠着状態に陥った。

エンバペは新しいマドリーを測定する(2019/11/26)

エンバペがロープを引き締める(2019/12/10)

ハーランド、そのあとエンバペ(2020/04/13)

「エンバペはレアル・マドリーでのプレーを望むだろう」(2020/04/22)

20-21シーズン - ひたすら待つ

エンバペとPSGの交渉は続いた。2022年6月までの契約を、エンバペは更新する意思がなかった。のみならず、彼は契約満了の1年前となる2021年夏での退団を希望した。

パンデミンックによる経済的な穴から抜け出すために、レアル・マドリーは新たなロードマップを突き進んだ。ベルナベウに観客が戻ってくるのがいつになるのか、それは誰にもわからない。予定していた戦略を変化させ、いくつかの進んでいた獲得交渉をストップさせた。売却と賃下げで黒字を作り、ファンが戻ってきたときに、より大きな事業を進めるつもりだ。

CL3連覇の世代が終わりを迎えるころ、エンバペは間違いなくマドリーの次なるプロジェクトを率いるだろう。エンバペと新ベルナベウは、マドリーの未来を支える柱石となる。

PSGは説得のためのあらゆる手を尽くしたが、反応は常に否定的だった。CL決勝でバイエルンに敗れたあと、彼はタイトルを獲得することだけを目標に、あと1シーズンはPSGに残ると語った。しかしそれ以上は望まなかった。PSGは決断を迫られる。2017年におこなった投資の大部分を、この退団で回収することになる。マドリーは両手を広げて彼の到着を待っている。

今やマドリーにクリスティアーノはなく、ジダンにも退任の可能性があった。PSGでは、ネイマールがメッシの獲得を推し続けていた。メッシがくるとなると、給与がそのぶん高くなる。チームに経済的な空白を作らなければならなくなり、エンバペの引き留めが難しくなることが予想される。エンバペが、PSGがどういう選択をするのか。すべてはPSGの態度次第であり、契約更新の合意に達するかどうかにかかっている。経済状況は誰にとっても厳しく、それはPSGも例外ではない。

レアル・マドリーは待った。

ここで待ってるよ(2020/09/14)

マドリーは青信号を待っている(2021/01/28)

2021年 夏① - メッシの移籍

1年おくれのEURO2020で、フランスはラウンド16で敗退した。エンバペとPSGの契約延長交渉は、まだ決着していない。マドリーはその動向を見守った。EUROの終了直後が、決定的瞬間になると思われていた。エンバペがPSGのディレクターに即時退団を求めたという噂が出回り、マドリー側は沸き起こった。その程度の噂でも湧き上がるほどの、長い待ち時間だった。しかし確信はあった。エンバペは契約更新に抵抗している。わずかな希望であった。

この夏、PSGにメッシがきた。カタールを後ろ盾とする資金力を、改めて世界に見せつけた。クラックとの別れを惜しむバルセロナを横目に、レアル・マドリーは考えた。この状況がエンバペとの契約にどう影響を及ぼすのか。普通に考えれば、エンバペを売却するだろう。PSGの選手の中には、他に退団を考えているビッグネームはいない。

レアル・マドリーは、ただ待つことに集中した。エンバペが射程圏内に入ったとき、はじめて仕掛けるつもりだった。すべてはPSGに委ねられている。PSGが門を開けるかどうかで決まる。不確定な要素を含むプレシーズンにおいて、アンチェロッティは手持ちの選手でシーズンに備えることを強いられた。

日に日に緊張感は高まる。この沈黙が破られるのはいつになるのか。契約は残り1年だ。ここで更新も退団もしなければ、来年夏にフリーで退団ということになる。あらゆるプレッシャーがエンバペに襲いかかる。ケライフィ会長やポチェッティーノ監督、PSGサポーター、そしてセルヒオ・ラモスやメッシのような新戦力までもが、彼の残留を望んでいた。

エンバペのロードマップ(2021/06/25)

PSGが鍵を握る(2021/08/07)

もしエンバペが来たら…(2021/08/21)

2021年 夏② - マドリーのオファー

移籍市場が終了する1週間前、ついにレアル・マドリーが正式にオファーを掲示した。移籍金は1億6000万ユーロ。PSGとエンバペの緊張が頂点に達したタイミングで、マドリーはこの友好的な作戦を開始した。来夏にフリーで放出するくらいなら、これだけの移籍金を準備できるマドリーと交渉するのは自然な流れのように思えた。あと1年足らずで契約が切れる選手への、寛大すぎるオファーのアピールだ。

しかしPSGは動かなかった。ケライフィ会長は公の場で「エンバペは残る」と語った。PSGはこのシーズン、メッシ、ネイマール、エンバペという歴史に残る3選手を擁し、結果だけでなくブランディングの面でも、彼らを最大限に活用しようと決めていた。

PSGのディレクターであるレオナルドも、メディアに対してクラブの立場を明かした。PSGの方針は、いつだって契約更新だった。マドリーのオファーはクラブが考えている金額とはかけ離れており、2018年にPSGがモナコに支払った1億8000万ユーロを下回っていた。パリにとって十分な金額とはいえなかった。

レアル・マドリーからすれば、1億6000万ユーロという金額は、来夏フリーになる選手に対する額としては破格である。それ相応のリスペクトをこめたオファーであったため、レオナルドの発言に驚いた。

マドリーはさらに金額を上げ、1億7000万+1000万(変動要素を含む)のオファーを掲示した。もはやハーランド獲得のプランBもない。市場終了間際に獲得したカマヴィンガと、フリーで獲得したアラバだけが、今夏のマドリーの主だった補強である。PSGからの返事を待った。

しかしPSGは首を縦には振らなかった。マドリーは可能な限りの手を尽くしたが、期待通りの反応は得られなかった。最終的には2億ユーロがテーブルに上がっていたが、PSGは譲らなかった。

マドリディスタの夢は、来夏に持ち越した。1年後にフリーで獲得できることを夢見て、この夏の移籍市場を終えた。

すでにマドリーからオファーが届いている!1億6000万(2021/08/25)

エンバペが去りたければ去るだろうが、マドリーのオファーは十分でない。(2021/08/26)

170+10: エンバペ、瀬戸際(2021/08/27)

最後まで(2021/08/30)

君にはいつでもマドリーがいるよ(2021/09/01)

21-22シーズン - あと1年

契約終了まで、あと1年を切っている。契約がのこり半年となる1月1日からは、他クラブとの自由な契約が可能になる。PSGの目的は、あくまで契約更新であった。PSGは自由交渉の時期が到来するまでの時間稼ぎとして、2021年夏にエンバペを売却しないという選択をした。マドリーは破格のオファーを掲示した。PSGは選手をタダで失うリスクを犯しながらも、契約更新の交渉を続けることを選んだ。

エンバペは少なくとも、パリであと1年過ごさなければならない。雰囲気を悪くしないためにも、契約更新への扉を閉ざしていないと語りつつ、前提にあるのは退団希望であることを公に認めている。

2022年1月1日、自由交渉が許される日がやってきた。この日になっても、PSGとエンバペの交渉はまとまらなかった。この日以降、いつでもマドリーとエンバペが契約を締結する可能性があった。まだ時間は残されている。しかし、エンバペがPSGに希望を与えることなくこの日を迎えたのだ。彼にとって、マドリー移籍が明確なロードマップとなっているのは間違いない。

レアル・マドリーは楽観していた。そしてPSGは悲観していた。これはほとんど決定的だった。来季には新ベルナベウの落成式が行われる。そんな重要な年に、新銀河系の中心人物がやってくる。

PSGとレアル・マドリーは、このシーズンのCLラウンド16で対戦した。ベルナベウでの2nd legで敗れたエンバペは、マドリディスタからの愛情と、マドリーの選手たちからの敬意を受けた。契約が結ばれ、シーズン終了後にそれが正式発表されることを、誰もが確信していた。

「7月にPSGに退団したいと伝えた」(2021/10/05)

今年こそエンバペが主役になる(2022/01/01)

パルク・デ・プランス(2022/02/15)

2022年5月 - 合意

その時はきた。誰もがそう確信していた。エンバペがマドリードを訪問し、そのタイミングで合意に達したと各紙は報じた。まだサインされているわけではないが、この合意は代理人への契約締結ボーナスや肖像権に関する取り決めまでをも含む、かなり具体的なものだという。リヴァプールとのCL決勝に向けて意気込むマドリディスタは、その日の近いことを喜んだ。

唯一、サインがないことが不穏な空気をもたらした。2017年の記憶がある。これまでで最も移籍に近づいている瞬間だった。サインだけが残されている状況で、エンバペとPSGは退団のための交渉を続けた。マドリーは待った。

Yes: エンバペとの契約がまとまった(2022/05/17)

2022年5月 - 品格

何が起きたのか分からなかった。CL決勝の1週間前の出来事だった。

PSGとエンバペはリーグ・アンのシーズン最終戦で、彼が2025年までPSGでプレーすることを発表した。スタンドは騒然となった。エンバペはPSGとの契約更新にイエスと答えたのだ。

すでに1週間前、レアル・マドリーとエンバペは契約条件のすべてについて合意に達していた。その中には契約金として1億3000万ユーロを支払うことや、肖像権に関する取り決め、そして1シーズンあたり約2600万ユーロという高額な年棒についての条項も含まれていた。

しかしエンバペは、カタールとマクロンからの政治的圧力に常に取り囲まれながら、最終的にPSGが掲示する3億ユーロの契約金、そして1億ユーロの年俸という天文学的な数字を受け入れた。気の遠くなるようなその数字以上に、PSGは彼に一人の選手である以上の権限を与えた。

レアル・マドリーでは疑念よりも怒りの声が大きかった。マドリディスタは激怒した。エンバペがレアル・マドリーでプレーする機会は、未来永劫訪れないだろう。

マドリーでプレーするには、かなりの品格が必要だ(2022/05/22)

フロレンティーノとお金の話はしていない(2022/05/24)

22-23シーズン - 扉を閉ざす

扉を閉ざしたマドリーは、その後エンバペの話題を持ち出さなかった。

レアル・マドリーはもう何もしない。もはや我々には関係がない。パリで起こるすべてのことに関与せず、チームを作り上げるだけだ。エンバペの居場所はない。彼がいなくても、ロドリゴ、ヴィシウスがいる。そしてバロンドーラーのベンゼマがいる。それだけだ。エンバペは金と権力を選んだ。アンチェロッティの努力とリーダーシップによって築かれた将来のチーム計画に、エンバペは入らない。何も変わらない。レアル・マドリーの将来にエンバペはいない。

2022年のカタールW杯で、エンバペのフランス代表はファイナルに進出した。決勝では、PSGのチームメイトであるメッシのアルゼンチン代表と対戦し、敗れた。この2人を擁するPSGは、このシーズンもCLラウンド16で姿を消した。相手はバイエルンだった。勝ち取ったのは6度目のリーグ優勝のみ。その偉業がバロンドールをもたらすことはない。

はっきりしろ(2022/10/12)

CLで勝ちたいのなら…(2023/03/09)

2023年 夏 - 繰り返し

タイムリープしているのかと思った。

エンバペは2024年以降の契約を延長しないことを決めたと、レキップ紙が報じた。1年前に締結した2025年までの契約は、2024年までの契約に1年の契約延長オプションが付帯したものだった。そのオプションを、エンバペは行使する気がないという。

さらにレキップ紙は、PSGが2023年夏のエンバペ売却を検討していると語る。今夏契約を延長するか、そうでなければ即退団。また同じ交渉が繰り返される。長い夏が始まった。

レアル・マドリーはベンゼマの退団によりストライカーを失っていた。PSGが今夏の売却を決断した場合、マドリーが獲得することになるだろう。議論は再燃した。

どうやらPSGはスター選手の出入りに疲れ果て、将来を見据えたプロジェクトの全面的な立て直しの時期が来たことを受け入れ始めているようだ。メッシやラモス、ネイマールの退団にみられるように、新戦略ではクラブ以上の存在を置かない方針だ。

ケライフィは立場を明言した。彼が残留を望むなら、クラブも残留を望む。ただそこには新しい契約が必要だと。世界最高の選手をタダで放出するわけにはいかない。それは不可能だ。エンバペもタダで去りたいとは思っていないと常々言っていた。エンバペには3つの選択肢しかない。契約更新か、今夏の退団か、1年間の追放か。

2年前と比べると、多少は売却に前向きな姿勢になっていたのかもしれない。W杯はすでに終えた。カタールからの圧は以前ほどではないだろう。この夏に移籍市場を賑わせていたサウジ方面からのオファーもある。エンバペ本人は行きたくないと明言しているが、そのオファーに応えれば、レアル・マドリーに足元を見られることもない。

PSGはエンバペの放出を念頭に、後釜の確保にも動いていた。バルセロナから電撃移籍したデンベレもまた、エンバペ放出の後押しとなりそうだ。さらにベンフィカからゴンサロ・ラモス、最終日にはフランクフルトからコロ・ムアニを獲得した。ルイス・エンリケ体制1年目のこの動きは、スター選手を必要としない新たなクラブ方針を示唆していた。

PSGはエンバペの移籍金を2億5000万ユーロに設定した。レアル・マドリーは、ベリンガムを獲得した夏に追加で大金を動かすことを考えていない。この価格設定は支払可能額を超えており、金額が下がらないならば契約終了を待つだけだ。2年前のような交渉を展開する気はなかった。

PSGは疑心暗鬼となった。エンバペがすでにマドリーと裏で手を組み、2024年6月にフリー退団するための事前合意に達しているのではないか、とFIFAに訴えようとした。いずれにしても、マドリーから見た状況は2年前と同じだ。ただ待つのみ。

またしても、夏のうちに答えは出なかった。エンバペはプレシーズンの日本ツアーに帯同せず、リーグ・アンの開幕戦はスタンドで観戦した。そのままクラブに干される、なんてことはなく、彼は練習に復帰した。エンバペはケライフィの要求に対して一歩も譲ることはなく、今季も残留するという考えを崩さなかった。

再び注目(2023/06/13)

移籍決断のタイムリミットは、7月31日(2023/07/19)

アラビア、エンバペ獲得に3億ユーロを掲示(2023/07/25)

あとは価格を決めるだけ(2023/07/29)

エンバペが試合を変える(2023/08/14)

23-24シーズン - オオカミ少年

もはやマドリディスタとしては、何を信じればよいのかわからない。

ベリンガムの活躍によってエンバペの影は薄れ、まるで関心を失ったようだった。それでもメディアが話題にすれば気になってくる。ひょっとしたら?と心を揺さぶられる。

状況は2021年と同じだった。自由交渉をスタートできる1月1日までのカウントダウン。エンバペがマドリーにくることは既定路線だと言われても、2年前の悪夢がある。もし本当にエンバペが来るのなら、このシーズンオフが本当に最後のチャンスだ。ここしかあり得ない。一度は閉ざされた扉だった。可能性は再燃していた。

レアル・マドリーのドレッシングルームは、かつてないほどに団結力を高めていた。記憶に新しい15度目のCL制覇、その原動力となったエネルギーだ。ヴィニシウス、ベリンガム、ロドリゴ、カマヴィンガ、チュアメニ、バルベルデ。ここに来季はエンドリックが加わる。そして…。 夢の布陣を思い描くには、まだ現実味がない。

マドリーは沈黙を守るが、2024年には白星を上げるだろう(2023/11/02)

今すぐ言え!(2024/02/01)

23-24シーズン - 決断

どうやら決断したらしい。しかしこの報道が出たところで、2年前の記憶が強く残っているマドリディスタにとっては、まだ何も信じることができなかった。

「エンバペは今シーズン限りでPSGを退団する」
「エンバペがPSGに退団を申し入れた」

これまでに幾度となく耳にしてきた。またか。公式発表があるまでは何も信じられなかった。カウントダウンはすでに始まっていた。あれから7年。7月1日にはエンバペの加入が現実のものになろうとしていた。

2024年2月20日、マドリーとエンバペの合意報道が出た。この時点ですら、我々はまだ信じられなかった。7年間で3度目の合意報道だ。信じろというほうが難しいだろう。メディアの話題は、具体的な年棒や契約ボーナスに移った。マドリーの他のプレイヤーたちと給与水準を揃える必要があり、彼がPSGで受け取っていたものとは比べ物にならないほど低かった。移籍金を払わなくてすむ代償として、契約ボーナスをエンバペに渡さなければならないらしい。色んな数字が飛び交っていて、わけがわからない。本当に来るのか?

契約の話題が尽きたかと思ったら、次は来季のフォーメーションを夢想する遊びが流行した。これもかつて経験した興奮だった。今シーズン、CLを制覇することになるスカッドに、新たにエンドリック、そしてエンバペ。誰がはみ出てしまうのか?放出されるのは誰か?ベンチに座るのは?ベリンガムの位置は?誰もが関心を持っている。しかしまだわからない。本当に来るのか?

PSGはこのシーズン、CL決勝ラウンドでレアル・ソシエダとバルセロナを倒し、ベスト4まで進んだところでドルトムントに敗れた。レアル・マドリーはライプツィヒ、マンチェスター・シティ、バイエルンといった強敵を薙ぎ倒して決勝に進み、ドルトムントを下して15度目の欧州王者に輝いた。

去れ、こい(2024/02/16)

すべてがまとまりつつある(2024/02/17)

すでにサインした(2024/02/20)

2024年6月 - その日

ほんとうに来た。

公然の秘密として扱われていたこの移籍は、CLでレアル・マドリーが優勝した翌日に公式発表された。7年間の熱望。18歳のモナコの宝石は、25歳のスーパースターになっていた。2億円を断られたこともあった。直前で逃亡されたこともあった。だれもがエンバペを諦めていた。しかし彼は来た。

噂を聞いている段階では、気持ちの整理がつかなかった。これまでの経緯を忘れ、諸手を挙げて喜ぶことができるだろうか。2年前のことを思い出すたびに、二度と来るなよと心で叫んだ。しかし大会でスーパープレーを見せるたびに、いつでも待ってるぞと心で呼びかけた。CL優勝の直後の公式発表は、そんな揺れ動く気持ちを蹴り飛ばしてくれる最高のタイミングだった。

CL王者のクラブは、理想的な舞台だ。エンバペはCL王者のタイトルとバロンドールを視野に入れ、すべてを勝ち取ろうとする野心に燃えている。ベリンガム、ヴィニシウス、そしてエンバペ。彼らが世界最高のスタジアムに集結する。クラブは新たな次元に突入する。

夢見たもの(2024/06/04)

¡GUAU!(2024/07/17)

すべては2017年にはじまった。この2,546日におよぶ関係は、ついにハッピーエンドで幕を下ろした。7月16日、75,000人の大観衆が詰め寄せるベルナベウで、ユニフォーム姿を披露した。「夢」という言葉を連呼する彼は、クリスティアーノとおそろいの自己紹介を演出した。

7年間。長すぎるエピソード・ゼロだった。永遠に続くかと思った。7年の時を経て、キリアン・エンバペはレアル・マドリーの選手となった。すべてを勝ち取るための挑戦がはじまる。世界最高のチームで、世界最高のスタジアムで。


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