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落葉と想起

 気がつけば何も見えなくなっていた。暗くて狭い箱の中で、私はぎゅうぎゅう詰めになって、手も足も出ない。目は潰れているのか、暗闇に慣れるということもない。光はもちろん無い。

 随分落葉した。イチョウ並木の葉は、色づいたと思いきやすぐに散ってしまう。失われた秋は高い空に放たれ、冷たい風となった。もう冬が来るのだろうか。夏をやり過ごしたのち、涼しくなってくる気候の変化は、人の心を鷲掴んで揺さぶる。何かと昔のことが思い出されて、心境は苦かったり甘かったりする。
 今日も国道沿いを歩き、私は自分の一番落ち着ける空間へ辿り着いた。本を開いて、読み進めながらノートをとることが、私の世界においての貴重な静謐だった。ふと顔を上げれば、大きな窓は夕暮れの顔つき。そうして一日が終わる。

 私の心は常に、離れ離れになった人々と共にあった。その顔ぶれは私の背中に貼りつき、私を少し凍えさせる。離れることのない影法師となって、私の無様な姿を笑ったり、怒ったり、悲しそうにして見ている。その豊かな表情は、私にとっての生きる支えであり、生きる虚しさでもあった。
 人に手紙を書く時、本を読む時、服を着替える時、道を歩く時。私はあらゆることをきっかけとして、彼らを想起する。彼らを想起するということは、本質的に彼らの不在を意味する。私は懸念する。私の想像力のせいで不在という存在すら失われて、もはや非実在になってしまってないか。そうやって私は人を抹消しているのではないか。大切にしたい人を大切にできなかった過去によって、私の心はいつの間にかアザだらけだ。人を傷つけた分、返ってくるのだから。

 また会えることが叶った時、私は心の底から謝れるだろうか。落葉のかさり、という音が私の空っぽの頭に響く。

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