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キンモクセイの香りで思い出す人      ③中3秋~冬

9月の半ばに俺と蘭ちゃんは付き合い始めた。             それ以来、学校の後に週1回くらいは会っていたと思う。        お互い塾に行っていたから、塾の時間まで地元のショッピングセンターのフードコートでしゃべったり、公園でグタグタするくらいだったけど。   中学生の恋愛なんてすごく純粋だ。                  確かに思春期だのなんだので性欲はあり余ってるけど、そのために付き合っているような高校生・大学生の恋愛とはやっぱり違う。         例えば俺は、地元の駄菓子屋で蘭ちゃんと待ち合わせして、結局雨が降ってきて30分雨宿りしただけの日も、すごく幸せだった。          親がいないときを見つけて家に呼んだこともあったけど、セックスをするわけではない。                            俺はすでにそこまでいったことがあったが、蘭ちゃんとはそこまではしなかった。                               笑われるかもしれないが、チューをするだけで気持ちよくなっていた。  塾の帰りに会うこともあった。                    10時前にはいつも会う公園で落ち合って、30分位そこでしゃべって、途中まで送って別れる。

初めて会った日に分かれたT字路の掲示板の前で少し話して「またね」と言って、どちらかが視界から消えてしまうまで手を振った。        ある日、じゃあ帰るかって言ってから、T字路の信号が青になるまで少し時間があった。                            蘭ちゃんが突然ポケットからマーカーペンを出して「ヨシ、そこに立って、ピンってして。」と言った。                     掲示板の柱に背をつけて立つと、蘭ちゃんが精一杯背伸びをして俺の身長のところにマークをつける。                      「はい。次、蘭のマークつけて。」後退して次は俺が蘭ちゃんの身長のところにマークをつけた。                        俺達は20㎝くらいの身長差だった。                  「これ消えちゃわないかなあ~」「大丈夫だろ。油性でしょ?ずっと残ってるよ。」「ずっと?」蘭ちゃんはニヤニヤして言った。         すぐに信号が青になって、その日は手を振って別れた。

月に1回くらいはデートにも行った。                  9月は映画を見に行った。                      何を見たかは覚えていないけど、海辺に行って時間をつぶしたりもした。 10月は焼肉を食べに行った。                     この時に撮った写真が俺のお気に入りで、待ち受けにしたり、SNSで使った覚えがある。焼肉を食べた帰り、俺は蘭ちゃんの家の前まで送った。   蘭ちゃんの家はアパートで、俺たちはそこで少しだけ話していた。    高校に行ったらバイトするとかしないとか。              何回かハグをした。                         お互いに焼肉のにおいまみれで、クサイねって言って笑った。      涼しい秋の風が吹くと、蘭ちゃんが思いっきりスーッと鼻で空気を吸い込んだ。

「いつまで焼肉の匂いかいでんだよ。」                「ちーがーうよ。キンモクセイ。ほら、そこにあるでしょ。」      蘭ちゃんが指で示したところに1本のキンモクセイが植えてある。    俺も少し鼻で空気を吸ってから言った。               「秋の匂いがするね。」                      「そう!秋の匂い。季節の匂いが分かるんだね!蘭は季節の匂いが分かる人が好き。」                             蘭ちゃんが俺の胸に横顔をうずめて抱きつきながら言った。       俺は結構においに敏感な方なので、季節の匂いはよく分かる。      俺の場合、においは人や場所と一緒になって記憶される。        だから今もキンモクセイのにおいを嗅ぐと蘭ちゃんを思い出す。

冬になると蘭ちゃんの誕生日があって、すぐに俺の誕生日が来る。    蘭ちゃんの誕生日はちょっと出かけてオムレツを食べた。        俺の誕生日にはいつもの公園で塾帰りに会った。            蘭ちゃんに目隠しをされてしばらく歩くと砂場に入った。       「じゃーん。」                           目から手が離れると、そこには大量のロウソクで誕生日を祝う言葉が書かれていた。                              少し風の吹いた日だったから、火が消えてしまって大変だっただろうなと思う。                               「どう?」                             蘭ちゃんは自身ありげに笑ってこちらを見ている。          「嬉しい。写真撮っとかなきゃ。」                  何枚か写真を撮った後、中央においてあった大きな紙袋を取る。    「見ていい?」                           蘭ちゃんが頷いたので俺は中を見た。                 ちょっと前に欲しいとはなしていたブランドのパーカーが入っていた。  俺は嬉しい気持ちを素直に表現するのが苦手だ。            どうしたら今の気持ちを伝えられるのか、よく分からなかった。     恥ずかしいから、蘭ちゃんを思いっきり抱きしめて「ありがとう、嬉しい。」とだけ言ったと思う。                     後にこのときのことを蘭ちゃんは「反応薄いから、マジで嬉しいのか全然分かんなかったね!」と言ってきたけど、無理もないと思う。       やっぱり男の子は喜びの感情を表現するのが苦手なのだ。

12月の31日は親に友達の家に行くと嘘をついて蘭ちゃんの家へ泊った。 そこで初めて蘭ちゃんのお母さんに会った。              お母さんは見た目は完全に30代で、顔は蘭ちゃんにそっくりだ。    テレビをみながら高校の話とか、学校の話、蘭ちゃんのお姉ちゃんのバカな彼氏の話をした。                          姉ちゃんは8月に俺たちが祭りで会ったときの190㎝の彼氏とは別れて、次は俺より背の低い、ガニ股歩きのヤンキーと付き合っていた。     夜ははじめて一緒に過ごして、何もなかったのだけど、次の日に蘭ちゃんのお母さんが蘭ちゃんにLINEで、「ヨシはムラムラして寝られなかったでしょ(笑)」と送ってきた。                       蘭ちゃんのお母さんはオープンで面白い人だった。           元旦は神社へ行った。                        テキヤの肉おにぎりが美味しかった。

つづく

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