キンモクセイの香りで思い出す人 ①中3の夏~出会い~
中3の夏、俺の22年の人生の中で一番良かった頃は15歳の夏だと思う。この夏に俺は1人の女の子と出会い、未だにその影響から抜け出せずにいる。 人は本気で他人を好きになると、無邪気になる。 年齢は関係ない。 しかし一度その愛を失うと、もう二度と同じように無邪気になれないのかもしれない。たとえその愛を取り戻しても、だ。
俺が通っていた中学の女子はなぜかとてつもなくガキだった。 もちろんあちらからしたら俺も似たようなものだったんだろう。 けど、公平公正にして見ても、控え目に言っても、どうしようもないガキだった。 ヤンチャな男友達のメンバーは隣の中学か、電車で2つ離れたところにある団地だらけの地域のギャルと付き合っていた。 俺は一歳上のギャルと何となく付き合って、なんとなく別れた後で、夏休みはとにかく暇だった。
うちの地元ではヤンチャな奴も皆、高校へ行く。 手の甲に自堀りを入れた奴が、塾の受験対策コースに行くんだから噴飯ものだ。
俺は結構勉強ができた(というより記憶力が良かった)ので、もれなく塾の夏期講習に参加していた。 多分あれは塾の外にあるローソンの前で、友達とからあげくんの最後の一個をお互いに譲り合っていた時だったと思う。 俺はTwitterで隣の中学の一番可愛いと噂される女の子が、「ちょっと誰か、この問題の答え教えて。」と数学の問題の写真をアップしているのを見つけた。 俺はからあげくんを容器から投げ出すように口に入れると、バックから数学の教科書を引っ張り出した。 ツイートには”いいよ”とリプを送ってみたけど、相手は俺の事情を知っているだけに、DMでは完全に冗談だと思われているような反応だった。
-数学分かるの?
ー意外とできるよ
ーほんとかな(笑)
ーほら
俺は教科書を見たりしながら出した答えをノートに書いて写真で送った。
ーうわ、ちゃんと途中式書いてるwww
ー完全にバカにされてる気がするんだけど・・・
ーだって絶対勉強してないイメージだもん(笑)ありがとうございました。 これ明日の塾の宿題だった。
これだけだった。けどちょっとうれしくて、その子のツイートにある写真をいくつか見てみる。
「あ、蘭ちゃんね。可愛いよね。大人っぽいし。」からあげくんの次に Lチキをむさぼる友達が言った。 目がぱっちりしていて、ちょっと面長でデコが広い。 中学生だけど、目立たない程度に化粧をしていて、左右のバランスがとれた美人だ。
その日から何となく一日2,3通のメッセージをやり取りした。 俺はがっつく男が嫌いだったから、LINEを交換しようとは言わなかった。
2週間位した頃、俺はちょっと期待してTwitterにLINEのQRコードを載せた。ちょうどLINEのアカウントを変えたタイミングだったから、それを口実にした。 蘭ちゃんからはDMが来て、追加していいかと聞かれた。 俺は嬉しさを隠して、「いいよ」とだけ答えた気がする。
その週には俺の中学の地区と蘭ちゃんの中学の地区の間の公園で祭りがあった。 お互いの地元の友達といて、ほとんど直接は話さなかった。 そもそもLINEをする以上に仲良くしようとは思ってなかった。 女の子にランクを付けるのは失礼な話だが、蘭ちゃんはランクが高すぎる。
俺は当時、元カノともたまに会っていたから、本気で狙っているわけではなかったのだ。
さらに次の週の金曜日だったと思う。 蘭ちゃんがタイムラインに”明日のお祭り、まだ行く人決まってない子いない?”と青ざめた絵文字と一緒に載せていた。 俺はほとんど期待はせず、ただ、いいねだかハートだかを押した。 すると個人ラインで
ー一緒に行こうよ。アヤもリナも一緒に行けないんだってさ。
とメッセージが送られてきた。 はっきり言ってかなり驚いたのを覚えている。 当日は夕方まで家でダラダラ過ごした。 当時は高校生ラップ選手権が流行っていて、第7回の動画をクリップボックスに入れて家で流していた気がする。
祭りにはチャリで行った。 この間もイヤホンで何かくだらないラップを流していた。 音の記憶がいいので、未だに細かく思い出せる。 待ち合わせのコンビニに着くと、蘭ちゃんは白っぽいワンピースに麦わら帽子だった。 キレイな女の子が本気でおしゃれをして来ると、男という生き物はなぜかビビってしまう。 中学生でも整った顔の子がきちんと化粧をして、オシャレをすれば5歳は上に見える。 俺はひどく自分が子供に感じたけど、それよりも蘭ちゃんが誘ってくれたことと、ちゃんと準備をして来てくれたことに対する嬉しさの方が勝っていた。
祭りでは終始、蘭ちゃんのペースで行動することになった。 「まずキュウリ食べて、それから輪投げでしょう。その後射的もしたい。金魚すくいは最後ね?それからー。」あまり覚えてないけど、色々なものを食べた気がする。 「あと一口だけどお腹おっぱいだから食べて。」と言われて、アーンをしてもらったら、ただそれだけで何故か俺はすごく浮かれていた。 蘭ちゃんは金魚すくいが下手くそで、全くとれないまま紙を溶かしたのに、最後の最後に”フチ”を使って荒業で1匹取ってきた。 これはものすごく笑えた。
その後俺は二人分の金魚をぶら下げて、蘭ちゃんに先導されるまま近くのショッピングセンターへチャリを漕いだ。 そこには共通の友達が何人かたまっていた。 俺達はフードコートの奥の方の席で、マックのポテトだかうどん屋のからあげだかをつまみながら、学校の話や塾のはなしをした。 そろそろ帰ろうかと思っていたら、友達が何故か100円玉を4つか6つ持ってきて、ニタッと笑ってこう言った。 「プリ、撮っちゃえよ~。」
蘭ちゃんと俺は、こいつがどうしようもない位ガキで、どうしようもない位いい奴だと分かっていたから、大笑いしながら小銭を受け取った。 初めて撮ったプリクラは、今も俺の家に眠っていると思う。 ぎこちないような感じではなかった気がする。 チャリで帰る道の途中で、俺は多分また、蘭ちゃんとこうして2人で会うんだろう。 もしかしたらお互い好きになって、付き合うかもしれない。なんて考えていた。
2人の家の方向が逆になるT字路で、町内会の掲示板に寄りかかりながら、ちょっとだけ話をして、「金魚、落っことすなよ。」と言ってその日は別れた。
つづく