生まれ育った街をぶらり・・・
なかなか遠くにお出かけできない今だから・・・
私は 昭和45年(1970)中央区の病院で生まれ 木場というこの街に住み始めて50年 自転車業の修行で 数ヶ月だけ埼玉におりましたが それ以外は ずーーーーっと江東区民
そんな自分でしたが 旅行が好き 昨年は 1年間のうちに 石垣島に6回 久米島に2回 高知に2回 島根に2回 しまなみ海道に1回・・・などなどいろいろなところを飛び回らせてもらいました
が 今年は 一度も飛行機に乗っていない・・・・でも それは巡り合わせ そんな時期もあるさ!と割と自分では納得できています
むしろ このタイミングだからこそ 今一度生まれた町並みを眺めてみるのは それはそれで 良いのではないか・・・?意外と知っているようで知らないところがあったりするもんです 本日のnoteは そんな 吉田家から徒歩圏内の風景をいくつかご紹介します 過去にご紹介した場所もありますがそれも含め下町 木場ー富岡ー門前仲町付近ということで・・・
うちのお店はこのあたり・・・
東京は東西に長いですが うちはその中でも江東区皇居のすぐ東に位置しています
皇居→東京駅→日本橋→隅田川 渡ると 江東区 です
その中でも 門前仲町→富岡→木場 は もう少し北部も含め 深川と総称されます 時代劇では時々出てくる 地名だと思います(江東区には深川と呼ばれている町名もありますが そこだけじゃなくもっと広い範囲の地名となっています)
まずはなんといっても 富岡八幡宮
1627年に創建された 八幡宮です 江戸時代 徳川家光のころですね いろいろな意味で有名な神社ですので ここで詳しい説明は省きますが あまり知られていない 境内にあるものをいくつかご紹介してみたいと思います
伊能忠敬翁の銅像
(いのう ただたか)江戸時代後期の測量家ですね この方 門前仲町に住んでいたようです 測量旅行に出る時は 必ずこの八幡宮を参拝していたことから縁の地として銅像が建てられたんだそうです ちなみに見落とされがちなのがこちら・・・
これ! 銅像の隣にあります
国土地理院で新地球座標系による国家基準点(三等三角点)を設置 つまり 昔の地図の方の隣に 現代の地図の基準点が並んでいる GPSとかの座標ですね 考え家や次第では歴史のロマンです
大関力士碑
今の大相撲 そのルーツとなった江戸時代 勧進相撲とよばれるものが この八幡宮の境内で行われたことから 相撲とのつながりが深く 大関力士碑はこの参道の東側に 横綱力士碑は 社務所奥にあります まずは大関 なぜかこちらのほうが良い場所な気はしますが・・・
力士碑の左には 身長の碑があり写真の 巨人の 巨のじの左に線がある高さが 大きな力士の身長だそうです 昔 後楽園ホールに全日本プロレスを見に行きましたが ジャイアント馬場さん(2m9cm)よりでかいです
手もでか!!! この手で張り手されたら 体ごと吹っ飛びそう・・・
お神輿
この建物の中に 日本一の黄金神輿があります 某運送会社さんから寄贈されたもので 左の大きい方は4.5tもあります
ガラス扉の中なので光ってしまってうまく撮影できませんでした・・・
昨年 増えました・・・
「昭和天皇 救国の決断碑」というものです
参道だけでも 見るところたくさんです
社殿周りに関しては 次回また やるとして 先程 大関の碑をご紹介しましたので 次は 横綱の碑をご紹介します
ここを右斜め前に進みます
ここの下をくぐります すると右手に・・・
横綱力士碑があります こちらの碑 正面の階段を上がり石碑を間近に見ることができます
同じ世代の方々には 懐かしいおなじみの名前がずらり・・・
裏側には 最新の・・・
ずらりと並んでいます ちなみに この富岡八幡宮の裏手には小学校があります
区立数矢小学校(かずや)があります そう ここは父やおば そして自分もここで学んだ母校なんです そう この富岡八幡宮周辺は その頃の遊び場や通学路 当然景色も変わりました まだまだネタがあるので そちらは次回に続く・・・ということにしましょう・・・
この鉄橋の話は 次回・・・
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