四月ばかの場所13 男友達
あらすじ:2007年。メンヘラで作家志望のキャバ嬢・早季は、皮肉屋の男友達「四月ばか」と一年間限定のルームシェアをしている。社会のどこにも居場所を感じられない早季は、定住しない四月ばかの生き方をロールモデルとしていた。トリモトさんという変わった男性と知り合った早季は彼が気になり、デートする仲になる。
※前話まではこちらから読めます。
◇
十代の頃はじめてタンポンを使ったときからずっと、タンポンをすると虚しいような淋しいような気分になる。
特にひもを引っ張ってタンポンを取るとき。あの瞬間、世界中であたしはひとりぼっちだ、と思う。他の人はそんな気分にならないのだろうか。聞いてみようと思うのに、いつも聞くのを忘れる。
なんで熱のある頭でそんなことを考えているのかというと、ナプキンの残りが少ないことを思い出したのだ。
それよりもタンポンを引き抜くときの言いようのない空虚感のことが気になってしまい、枕元の携帯を手に取る。メール作成画面の「宛先」のところに女友達の名前を表示させ「タンポンしたときって」まで打って、ばかばかしくなって消去する。鼻水が垂れてきた。
頭がぼーっとして、本を読んでいても集中できない。布団の中でじっとしていると、淋しさが心の奥までしみしみと浸透してきた。
携帯を手に取り、電話帳を「あ」から順に見ていく。誰彼かまわずメールしたかった。けれど、適当に選んだ友人の名前を「宛先」に表示させ、いざ本文作成画面にすると、言葉が出ない。
『ひさしぶりー!元気?あたしは風邪ひいて寝込んでるよ~。近いうちに遊ぼう』
そこまで打って、同情を誘っていると思われたくなかったので「風邪ひいて寝込んでる」の部分は消去した。
その唐突な短いメールを男友達に送る。内容をコピーして、他の男友達三人にも送った。
こういうとき、女友達よりも男友達のほうがメールするハードルが低いと感じる。あたしは男好きなのだろうか。
メール着信音が鳴った。さっきメールしたうちのひとり、飲み仲間のフクちゃんから、おざなりな返信が来る。
それに対してのレスを打っていると、画面の上に手紙のマークが表示された。きっと、さっきメールしたうちの誰かからだろう。
フクちゃんへのメールを打ち終えて送信すると、案の定、新しく受信したメールは他の男友達からだった。一度だけ寝たことのある、友達の彼氏の友達。その人への返信を打っていると、また手紙マークがぽっと出た。たぶん、フクちゃん。
二人の男と同時にメールしていると、自分がひどくずるい人間のような気がしてくる。
そして、男友達へのメールを読んでいるときも書いているときも、あたしはトリモトさんを思い出している。
◇
先週、またトリモトさんと会った。
あたしはわざと花火大会の日に約束を取り付け、映画を観てお茶をして、「そういえば今日、花火大会なんですよ。これから行きましょうよ」と誘った。何が「そういえば」だ。我ながら気持ち悪い。
しかしトリモトさんは「あ、そうなんや」と言って素直についてきてくれた。二十九年の人生の中で一度しか女の子とつきあったことのない(それも三ヶ月で終わったらしい)トリモトさんは、計算も、計算間違いも見抜けない。
四月ばかには、トリモトさんとのメールやデートでの進展を逐一報告している。奴は「そいつのどこがいいの」という顔をしつつもまだ見ぬトリモトさんに興味津々で、にやにやしながら「今日のトリモト」を聞きたがる。
トリモトさんが『パワーパフガールズ』のイラストがついたTシャツを着てきた(!)ことや、ずっと「人ごみ嫌いや……人ごみ嫌いや……」とぶつぶつくり返していたこと、最初の一発目が打ち上がった音にびくっと体を強張らせたこと、はじめて花火を見た類人猿のようにぽっかりと口を開けて花火を見ていたことなどを話すと、四月ばかは嬉しそうに笑った。
◇
玄関のドアが開く音がしたのと、フクちゃんからのメールを受信したのは同時だった。
玄関からまっすぐあたしの部屋へ足音が近づいてくる。「大丈夫かー」の声と一緒にあたしの部屋のドアが開き、日に焼けた四月ばかの顔がのぞいた。
「大丈夫じゃなさそうだな」
「おかえり」
「今日、仕事は?」
「休んだ。熱出た」
四月ばかは何がおかしいのかふふっと笑う。
「なんか欲しいもんあるか?」とお決まりのせりふで聞いておいて「桃缶だな」と決めつける。
「ヤクルト」
鼻がつまっていて瀕死の動物のような声になってしまった。
「あと、ナプキン買ってきて」
「おい」
「もう少しでなくなっちゃうんだよ」
「わかった」
案外、あっさりと引き受けてくれた。
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